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第15話 はじめて、はじまる。





「シロ! ただいま」





 夕焼けが隠れてしまう頃。

 用務室のかたすみで眠る、ちいさくてあったかいシロを抱き上げた。


 両手におさまってしまうほどのカラダ。

 綿のような毛に頬ずりをする。


 どうやらあの最悪男はいない様子。

 これで落ち着いて、ふたりっきりを満喫できる。


「シロ、聞いて。あたしね、友達ができたの」


 床に腰を下ろして、ひざにそのやわらかいカラダをのせる。


 指をなめる姿に頬をゆるませつつ。

 抑えきれない感情を、言葉にしてつむいだ。


「みつきっていってね。なんだか雰囲気が独特っていうか、とにかくやわらかい子なの。そういうところはシロによく似てる。だから、だいじょうぶだって思ったのかも」


 みつきのケガは、一週間もすれば包帯が外せる程度のものらしい。


 ただ右腕のケガなので、思い切ってノートの代筆を申し出てみた。

 最初は遠慮していた彼女だったけど、最後にはうなずいてくれた。


 まだ距離はある。

 でも。

 

 だれかのために何かをしようなんて思ったこと、これまでなかった。


「教室なんてなにもなかったはずなのに、できたの。勉強以外にだよ? あ、もちろん勉強もするけどね」


 まだ教室の雰囲気や、視線にはなれない。

 だけど、あのころとは全然違う。


「勉強しかないって思ってたし、そのためになるようなことしかしてこなかった。だけどね、今は違うの」


 きっかけは、単純だった。


 シロといっしょにいたいから。

 そんな理由。


 いまは、鐘の音がシロのところにいける合図。

 授業に出るのは、あの先生やみつきがいるから。


「あたしね、いま、ちょっとだけ楽しい」


 学校なんて勉強だけが出来ていればいい、ただそれだけのなにもない場所。

 いい顔して、いつわって、作り上げたものは中身のないものだった。


 けれど、いまこの両手には。

 カタチあるたしかなものが、見えている。


「はじめて、学校に来てそんな風に思えたの」


 なにもなくて。

 鐘の音から逃げるようにして、生きていた。


 昨日までは。


 シロさえいれば、もうこのままでいいとさえ思っていた。

 でも、それを許してくれないひとがいた。


 口が悪くて、いやみで。

 最悪最低絶対権力の、あの男。


「ちょっと、だけ。感謝、かな」

「なにひとりでブツブツいってるんだ。ヒマなら手伝え。花の水やりくらいできるだろ」


 突然後ろから投げられた声に、カラダをすくませた。

 シロを抱えた腕に力をこめてしまって、立てられたツメがいたい。


 きったないプレハブ小屋。

 ドアに手をかけて、顔をのぞかせる男。


 不本意だけど。

 すごく、ふに落ちないけど。


 背中を突き飛ばしてくれたのは、まちがいなくこのひと。


「もっとやさしければいいのに……」

「おい、それは俺にいってんのか。俺のどこが優しくないんだよ。こんなにも親切じゃねえか」


 つぶやきが届いてしまったのか、最悪男は不機嫌な顔をあらわにして近づいてきた。


 影が伸びて、あたしを隠していく。


 のみこまれていく感覚と同時に、胸をうつ何か。

 まるですごいスピードで血が駆けめぐっているよう。


 なんで?


「ちょ、っと! こっちこないで!」


 自分でもわからないこの状態をこの男に知られるのがいやで、後ずさる。

 けれど、すぐ後ろには非常な壁。


 ますますなにかがこみ上げて。

 跳ね上がって、波打つ。


「こないでってば!」

「そういわれたら来るしかねえだろ。なあ」


 暗くて、よく表情が見えないけど、ぜったい面白がっている。

 まちがいなく。


 にやりとしたあの笑い顔が、目に浮かぶようだ。


「最悪! 最低! あんたなんて嫌い!」


 足音が鼓動にかさなって、それが体中に響く。


 おかしい。

 こんなのはじめてで、対処できない。


 来ないでといえば近づいてくるし。

 優しくないといえば、否定される。


 どうしようもなくなって、子どもみたいなことを叫んでしまった。


「残念ながら俺はあんたなんて名前じゃねえし、嫌いといわれようとなんともないんだよ」


 近づいてきた影はしゃがみこんで、目の前に大きなかたまりをつくった。

 黒から伸びてくる腕が、頬をかすめた。


 それだけで、カラダから熱いなにかが飛び出してしまいそうになる。


「っ、」

「お前、まだ熱でもあるんじゃねえか?」


 かすめた手は、おでこへ。

 ひんやりとした大きなてのひらが、前髪をかきわけて触れる。


「それともナニか? 俺を意識したとか、そういうことか?」


 近すぎる顔は夜に染まっていて。

 やっぱりその表情は、予想通りにやついていた。


「だれが、あんたなんか! 気安く触ってんじゃないわよ!」

「しおらしくなったかと思ったらすぐこれかよ。ったくシロより手間かかるな」


 おでこから離れていった手は、あたしから白いカラダをうばっていく。

 抱きかかえられて、遠ざかっていくシロ。


「トウゴだ」

「は?」


 立ち上がった影から、降る声。


「柏木トウゴ。俺の名前、覚えておけよ」


 いまだ熱のさめない頬をつままれて。

 そんなことを言われた。


「覚えておくわけないでしょ! 触んないでよ!」


 指先から火を灯されたかのように発熱していく顔。

 その手をひっぱたいてやろうと思ったのに、すんでで逃げられる。


「触らないでください、トウゴさん。だろ」

「うっさい! あんたなんて呼び捨てで充分よ」

「じゃ、呼んでみろよ」


 答えにつまってしまったのはなぜなのか。

 ひとの名前を呼ぶのに抵抗なんて感じたことなかったのに。


 たまらなくなって、近くにあったカバンを引っつかんで立ち上がる。


「あ、たし、帰る!」


 駆け出そうとしたところを、すれ違いざまに捕まえられた。

 同時に足も止まってしまって、先に進むことができない。


「こら、帰る前に手伝っていけ。人手不足なんだよ、こっちは」

「だから触んないでってば! と、トウゴ!」


 意を決して呼んだ名前。


 みつきの名前を呼んだ、あのときとはまったく違うこの気持ち。

 とにかく、はずかしくてたまらない。


 そんなあたしをバカにしてかなんなのか。

 トウゴは腕を引き離そうとするあたしを見て、あの腹立つ表情を浮かべた。


「にやにや、しないでよ」

「いや、しつけって意外にハマると思ってな」

「なにいってんの?」


 ムダな抵抗だとは思いつつも、力まかせに腕をひっぱった。

 けれど、がっしりとつかまれて離してもらえない。


 あたまのなかで打ち鳴らされるものがやかましくて。

 あの笑いがくやしくてしかたない。


「まあ、名前を呼ばれようとお前のいうことなんて聞かないけどな」


 腕をひっぱられ、抵抗むなしく引きずられていくカラダ。

 あの憎たらしい口から飛び出した言葉がカンにさわる。


 ちょっと感謝だなんて、そんなことを思ってしまった自分がうらめしい。


「ひきょうもの!」

「ほら、にゃーにゃーいってないで、手伝えよ。りこ」


 彼の腕のなか。

 鳴くのはシロ。


 引きずられていくあたしは、暮れていく空に大きな声を上げたのだった。







*******


ここまで読んでくださってありがとうございました!

第一部完結になります。


次話からは第二部、恋愛色が強くなっていく予定です。

ようやく恋愛小説らしくなると思います。


以下、予告となります。

ほんとうにここまで読んでくださったことありがとうございました。

ひとこといただければ幸いです。

第二部も、どうぞよろしくお願いします。





第二部 予告






空は青。

風は透明。


桜は薄紅を散らして、緑へと。



セカイに色が戻ったのに。


どうもあたしは、ちょっとおかしい。


その理由はわからないけれど。



「なにこれ? ここのカギ?」


「んなの生徒に渡すわけねえだろ。俺の家のだよ」


「は?」



らしくなく振り回される毎日。


あの最低最悪男の命令は、続く。



「猫以外にキスしたことあんの?」



これ。

どういう事態?



はじめてのことばかりで、もう心臓がもたない。



なのに。



それは突然、やってくる。



「だったら、もうここに来なくていいんじゃねえの」



空は白黒。

風は無色。


セカイから色が消えうせる。



気がついても、もう遅い。






――恋するモノクローム 第二部。

明日より開始。






なにもかもが、はじめて。


それはいつも。




「お前、俺がはじめてなんだよな」




彼が、くれた。





*******


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