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にせ者王女の政略結婚  作者: 夢想花
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報酬

 食事が終わってエメルダはランダスと一緒に食堂を出た。

「ヌスランって何です?」

 二人っきりになるとエメルダはさっそく聞いてみた。

「ヌスラン宮殿のことだ。俺の居城なんだ」

 ランダスがこともなげに答える。

「居城って?」

「俺はここには住んでいない、ほとんどヌスランで暮らしている。おやじと顔を合わせたくないからな」

 なるほど、確かにあの父親との関係を考えれば頷けるが…。

「でも、あの部屋は?」

「だから、君と結婚することになってから準備したんだ。ここにいる時はあの部屋を使うが通常はヌスランに住むつもりだ」

 驚きだった、ここには住まない。

「じゃあ、私はどこに…?」

「もし、よければ、ヌスランに来てくれないか。もちろん、俺がヌスランに住む事を君が許可してくれたらの話だが、なにしろヌスランは君のものだ」

 まさか!! エメルダは声を失った。ヌスランはランダスが住んでいた所なのだ、つまりランダスの家なのだ、それを横取りしてしまった。とんでもない事だ。ヌスランが何なのかわからなかったから、ヌスランをもらうと言う事が何を意味しているのかまで頭が回らなかった。

「いえ、あの、つまり、ヌスランが何なのかわからなかったから…… すぐに国王陛下にお願いしてヌスランをもらうのはお断りします」

「かまわんよ、ヌスランは君のものでいい。俺はそんな事はなんとも思わない、どうせ一緒に住むんだからどっちのものでもいいじゃないか」

「だめです!!」

 エメルダはきっぱりと宣言した。

「ランダス様の家を横取りするなんて、そんな事はできません!!」

「結局、おやじは俺にヌスランをやるつもりはないんだ。だから、それはそれでいい。いつかは俺はこの国の国王になる、そうすればそんな事は問題じゃなくなる。そしてその頃は、たぶん、君はニレタリアの女王になっている」

 ニレタリアの女王!! エメルダは息を呑んだ。

「大臣達の考えもわからんではない、俺達の子供の代では両国は一つになる」

「私が女王だなんて、そんなことあるわけがありません。私はにせ者です。女王になるななて絶対にニレタリアが認めないと思います」

「認めるさ、俺が認めさせる。公式には君がラルリア王女なんだ。ニレタリアだってこれを否定できない。たぶん、ニレタリアがいろいろと画策してくるだろうが俺の方が上手だ。君にニレタリアをプレゼントしてやるよ」

 ランダスは自信たっぷりの顔をしてニヤリと笑った。ものすごい自信過剰な男だ。

「でも、やっぱりヌスランはお断りします、もらうわけにはいきません」

 エメルダはこんな誇大妄想の話は無視して話を元に戻した。

「もらっとけよ、くれると言うものはもらっとくもんだ」

「いやです!!」

 エメルダはキッとなって答えた。

「欲のない女だな。そもそも、君はこの任務でどのくらいの報酬をもらってるんだ?」

「報酬?」

 考えたこともなかった。

「何ももらっていません」

 エメルダは当たり前のように答えたが、ランダスがびっくりしている。

「もらってない? 一銭もか」

「はい」

「では、なぜ、この仕事を引き受けた?」

「殺すと脅されたんです」

 エメルダは真面目な顔をして答えた。

「こりゃ、驚いたな」

 ランダスはあきれたといった顔で天井を見上げた。

「ひどい話だ、こんな危険な任務をさせるのに何も報酬を出さないとは聞いた事もない、失敗すれば殺されるんだぞ。しかもそれだけではすまない、大変な外交問題になる。それなのに殺すと脅しただけの身代わりを送り込むとは……」

 エメルダはそう言われると返す言葉もない、ランダスに言われるまでもなくとんでもない奴らだ。

「では、何か報酬をもらうべきだとは思わないか?」

「報酬……?」

 どぎまぎしてしまった。そう言われれば確かにそうだ。

「ヌスランなんかちょうどいいんじゃないか」

 ランダスはニヤッと面白そうに笑う。しかし、まさか……。

「いえ、それは、やはり変です。だって、だます相手から報酬をもらったらおかしいでしょう」

 ランダスは大声を上げて笑いだした。

「なるほど、それもそうだ。では、もっといいものがある」

 ランダスは面白い事を思いついた子供のように目を輝かした。

「ラルリア王女の父親は俺の父親と違って子供に甘い、だから王女はすでに自分の領地をもらっている。つまり、ラルリア王女は広大な領地を持っているのだ。そして、その領地は公式には君のものだ。そうだろう」

「……」

 何が言いたいのかわからない、エメルタは不思議そうな顔をしてランダスを見上げた。

「たぶん、本物のラルリア王女はその領地は今でも自分のものだと思っているだろう、しかし、公式にはその領地は彼女のものじゃない。だから、公式の見解通りその領地を君のものにしてしまうんだ」

 エメルダは息を呑んだ。そんなばかな、そんな事が出来る訳がない。それに、そんな事をすればラルリア王女が怒るだろう、それは危険すぎる。

「だめです!」

「なぜだ? 自分のものを自分のものにするだけじゃないか」

「だって、ラルリア王女さまが怒ります」

「怒らないさ、君がラルリア王女なんだ」

「でも、どうやるんです。領地には監督官がいます。この人はラルリア王女と親しいはずです。私がその人と会えばにせ者だとすぐにわかってしまいます」

 どうにもならないように思えるのだが、それでもランダスはニヤニヤ笑っている。

「なんとかなるさ、これは面白くなってきた」

 そう言うとランダスはこのアイデアに取りつかれたのかエメルダをほったらかして一人で歩き始めた。エメルダはあわてて後を追ったが、もうヌスランの話はどこかに消え去っていた。



 ランダスはそのまま自分の部屋に入ってしまったのでエメルダは仕方なく自分の部屋に戻った。

 部屋に入ると数人に男達が立っているのに出くわした。彼らはエメルダを見るとうやうやしく頭を下げる。

「事務官の方々です」

 ブリジットが説明してくれる。どうやら、朝食の間に事務官の人たちが尋ねてきて、そのままここで帰りを待っていたらしい。

「キーカードをお持ちしました」

 先頭にいたいかにも偉そうな一人が口を開いた。

「まだ、ご結婚前ですがカードは皇太子妃として作っております。ご承知とは思いますがキーカードは極めて大事なものです。これで皇太子妃としての電子署名ができます。他の方に貸したりなくしたりなさいませんようにお願いいたします。なお、今までニレタリアで使われていたキーカードは無効となります」

「ええ……」

 この時代、手書きの署名もあったが、文書が電子化されているので電子署名の方が主流だった。電子署名は公開キー方式が使われており、だれもがカード型をした秘密キーのカードを持っていた。ちょうど実印みたいなものだ。もちろんエメルダも自分のキーカードを持っていた。

 彼が部下に合図すると部下が手錠でつながった金属製のケースをテーブルの上に置いた。ずいぶんと厳重にしてある、なにしろ皇太子妃の署名ができるキーカードが入っているのだ。さらに数人がそれぞれの鍵でケースの鍵を開けた。やっとケースが開くとケースの中にこれまた透明なプラスチックのケースに入ったキーカードが置いてあった。

 彼は白い手袋をした手でそのプラスチックケースをうやうやしく取り出すとエメルダの方に差し出した。

「では、お渡しいたします」

「はい……」

 エメルダも緊張しながらそのケースを受け取った。恐ろしいことにこれで皇太子妃としての正式な署名ができるのだ。

「指紋認証の登録をお願いします」

 キーカードは不正に使われないように指紋認証の仕組みが組み込まれているのだ。

 エメルダはキーカードを取り出すと、そのカードに人差し指を押し付けた。ピッと音がした。

「はい、これで、このカードは王女さましか使うことができません」

「はい……」

 ドキドキしてしまう、私はにせ者でもこのカードは本物なのだ。

 エメルダは大事にキーカードをプラスチックのケースに収めた。

「なお、メールアカウントや銀行口座の準備も出来ております。メールアカウントは皇太子妃としてのアカウントですし、銀行口座の移動作業もすべて滞りなく終わっております。こちらが、その資料です」

 彼は、綺麗に装飾がされた二つ折の台紙を差し出した。

 エメルダはその台紙を受け取ると開いてみた。メールアカウント名や口座番号が書いてある。これらにアクセスするためにもこのキーカードがいる、このキーカードは実印、身分証明書、財布の機能を併せ持っているのだ。

「あの、使い方をご説明いたしましょうか?」

 彼は聞くが、この時代、これの使い方がわからない人は生きてはいけない。

「いえ、大丈夫です」

「そうですか」

 彼は当然だろうと言うように頷く、それから一歩後ろに下がると直立の姿勢をとった。

「では、これで失礼いたします」

 彼はまたまたうやうやしく頭を下げる。

「はい…」

 つい誘われて、危うくエメルダも頭を下げるところだった。王女は事務官に頭を下げることなど決してしない。エメルダは偉そうに胸をはった。

「ご苦労でした」

 エメルダがそう言うと、彼らは急ぐと威厳がなくなるとでも思っているのか、おかしくなるほどゆっくりと歩いて部屋から出て行った。


 彼らが部屋を出て行くとブリジットがそっと顔を近づけてきた。

「もしよろしければ私のカードに王女さまの口座の部分的なアクセス権を付与していただけないでしょうか、王女さまのお買い物の支払いに王女さまのお手を煩わせる必要はないかと存じます」

 ブリジットがやや心配そうにエメルダを見つめている。エメルダは侍女の仕事をしている先輩から聞いた話を思い出した。侍女として主人の銀行口座のアクセス権をもらえるかどうかは主人から信用されているかいないかの重要なポイントなのだ、アクセス権をもらえなかったらかなりがっかりすると話していた。

「いいでしょう」

 エメルダがそう答えると、ブリジットが嬉しそうに笑顔を見せた。

「では、このカードにお願いします」

 ブリジットは自分のキーカードを差し出すと、手近にあったパソコンの準備を始めた。そして、なぜか王女の銀行口座番号をささっと打ち込んだ。

「では、認証をお願いします」

 王女が操作できるようにブリジットはパソコンの前から身を引いたが、エメルダはちょっと気持ち悪かった。私がいない間にあの台紙を見たのだ。それでもエメルダはさっきのキーカードをパソコンに押し当てた。

 ピッと音がして画面が変わった。その画面にはラルリア王女の預金残高が表示されていたが、その金額を見たとたん二人は同時に歓声を上げてしまった。ものすごい金額が表示されていたからだ、王女って桁違いの大金持ちなのだ。

「あの、はしたない声を出して申し訳ありませんでした」

 ブリジットが冷や汗をかきながら謝っている。しかし、むしろ自分の預金残高を見て歓声を上げた私の方もどうかと思うが……

「いえ、大丈夫よ」

 エメルダはなんとか答えたが、なぜ、こんな大金がこの口座にあるのか理由がわからない。

 ブリジットが部分的なアクセス権の設定を手際よくしていく、かなりの金額にアクセスできる設定にするとブリジットは再び身を引いた。

「承認をお願いします」

 庶民の感覚からすればむちゃくちゃな金額だと思ったが、何しろ王女の買い物だ、このくらいの金額がないと支払えないかもしれない、それに預金残高に比べたら何でもない金額だ。エメルダはカードをパソコンに押し当てた。ピッと鳴って画面が変わった。

「ありがとうございます」

 ブリジットが頭を下げる。

「ついでにメールも確認されてはいかがですか? 故郷のご両親からメールが来ているかもしれません」

 ブリジットはそう言うと勝手に画面をメールに切り替えていく。

「どうぞ」

 ブリジットはそう言うと、今度はパソコンの画面が見えない壁際の方に下がった、王女のメールを見てはいけないと思っているのだ。

 メールなんか来ているわけがないと思いながらエメルダはカードで認証した。画面が変わったがなんとメールが三通来ている。にせ者の私に誰がメールなんか送ったのだ。

 まず、一通目を開いた、聞いたことのない人から来ている。

 内容は非常に個人的で非常に親しげな内容だった。たぶん、これは本物のラルリア王女宛に来たものだ。なぜか本物宛のメールがこちらに来ている。

 エメルダは混乱してしまった。これはニレタリアの事務官が嫁いだのは本物のラルリア王女だと思っているからだ。だから王女宛のメールをこちらに転送するように設定してしまったのだ。つまりニレタリアの王宮の中ではこの件はかなり狭い範囲の人しか知らないらしい、事務官ですら知らないのだ。

 身代わりを押し付けられた時のあの時の混乱ぶりが頭に浮かんだ。たぶん、極々一部の無責任な人達だけでこの身代わりを決めてしまったのだ。

 王女宛のメールを最後まで読んでみたいとの誘惑に駆られたが、まあ、このメールは閉じて次のメールを開いてみた。

 残り二通は請求書だった。何を買ったか知らないがかなりの高額だ。王女にでもなるとものすごい無駄遣いをしているらしい。

 エメルダはメールを閉じたが、ふとある事に思い当たった。ニレタリアの事務官が嫁いだのが本物のラルリア王女だと思っているのなら王女の銀行口座のお金も全部こちらの口座に移したかもしれない。そう、さっきこちらの事務官が銀行口座の移動も終わったと言っていた。つまり、このお金はラルリア王女の全財産なのだ。だからこんなにすごいお金があるのだ。

 エメルダは呆れてものが言えなかった。とんでもないバカ者達だ、王女のお金をこちらに移してしまって今頃はさぞあわてていることだろう。しかし、だとしたら、間違いに気がついたら、このお金は元に戻されてしまう。エメルダはちょっとがっかりした気分だった。つかの間の大金持ちだったのだ。

 まあいい、どうせ悪銭身につかずだ、そんなお金を持ったらろくな事はない。





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