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にせ者王女の政略結婚  作者: 夢想花
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ランダスと父親

 会場に料理が運び込まれ、ざわついた雰囲気になってきた。国王家族の前にも小さな丸いテーブルがいくつか置かれ軽食が運ばれてきた。

 国王の左側の席にいた女性が立ち上がると席の後ろを通ってエメルダの横にやってきた。

「妹のルシアナだ」

 ランダスが紹介してくれる。

「ルシアナです」

 彼女は嬉しそうに会釈すると、従者に椅子を持ってこいと手で合図する。

「ラルリアです」

 エメルダも笑顔で応えた。

「兄さんのお嫁さんってどんな人だろうって思って、お会いするのをずっと楽しみにしていたんです」

 ルシアナはエメルダとじっくりと話をしたくてたまらないらしく、従者が持ってきた椅子に座り込んだ。

「同じ、王女同士です。だからお姉様の事が知りたくてたまらないんです。あっ、もう、お姉様と呼んでかまわないでしょ?」

「えっ、ええ」

 『お姉様』と呼ばれて、かなり不思議な感じがした。相手はアマルダ王国の王女だ。エメルダにとっては雲の上の人だ。そんな人から『お姉様』と呼ばれるなんて。しかし、インチキ結婚とはいえ結婚すればそんな人の姉になるのだ。

「私、悩みがあります。だから同じ王女として、同じ悩みを持つ女性として、お姉様のお話をぜひ伺わせて欲しいんです」

「いえ、私など、とても……」

 王女の悩みなんて、貧乏人の私がそんな贅沢な悩みの相談に乗れるわけがない。

「お姉様はアマルダに嫁ぐと聞いた時どんなお気持ちでした? つまりですね、我が国とニレタリアは長年に渡って何度も戦争をしています。つまり敵国同士です。そんな敵国に嫁ぐなんて信じられました?」

「いえ… まあ…」

 こんな事になるとは信じられなかった、と言う点に関してはそうなのだが。

「そんな敵国に嫁ぐなんて、とんでもない事だとお思いになったと思うんです、あり得ない事だと。でも、なぜ、そんな敵国に嫁ぐ決心をなされたんですか?」

「いえ… 本当は行きたくなかったんですけど……」

 意味は多少違うがこれも本心だった。

「そうですよね、当然です。そのお気持ちよくわかります。なのによく決心されたと思います」

「行かないと殺すと脅されたんです」

 これまた本当の事だったが、ルシアナは冗談だと思って笑った。

「でも、王女ですもの、やはり最後は国の事を考えてご自分は犠牲になる、ご立派ですわ」

「犠牲になんかなる気はなかったみたいです……」

 つい、ラルリア王女への嫌味を言ってしまったが、ルシアナがこれを聞いて感動している。

「犠牲だとは思われてないんですね、ご立派ですわ。私はおろかにも犠牲だと思っていました。では、なんですか、義務ですか、それとも信念?」

 エメルダはルシアナを見つめた。この人はなぜか人の言う事を全部いい方に解釈してくれる。

「いえ…… ただ… 生き延びるためです」

 これも、本当の事だった。

「すばらしいですわ、両国が生き延びるためには絶対に同盟を結ぶ必要がある。この同盟を結ばせるためにはこうするしかないと思われたんですね。すばらいご賢察ですわ」

「はあ……」

 もはや言う言葉を思いつかない。

「でも、ラルリア王女が…… いえ、つまり、私が、嫁ぐのを嫌がって泣き叫んだと言う噂をお聞きになった事はありませんか?」

「王女だって人間です、心があるんです、鉄の心を持っているわけじゃありません。こんな結婚の話が来たら悩むのは当然だと思います。嫌だと思う事のどこが悪いんですか、当然じゃありませんか。それをそんなひどい噂を流すなんて、王女を何だと思ってるんですか、猫の子だとでも思ってるんですか、王女だって人間です。こんな噂を流す人の心が信じられません。なんと心の冷たい人たちなんでしょう。死刑にしてもいいくらいです」

 ルシアナは憤慨してまくし立てる。

「私も王女です。いつかはどこかの国に嫁いでいかなければならないと考えています。でも、もし敵対する国に嫁ぐ事になったら、お姉様のようにはいかないと思います。なかなか覚悟が出来ないと思って悩んでいます」

 ルシアナの言おうとしている事が始めてわかった。なるほど王女にも悩みがあるのだ。だから、同じ境遇のラルリア王女に親しみを感じているのだ。

「私の事を買いかぶりすぎています。本当に仕方なくて来たんです」

「ご謙遜なさらないで下さい。ここに来られただけで立派な事だと思います」

 ルシアナはエメルダを尊敬の眼差しで見つめる。

 ここまで誉めそやされると気持ちが悪い。たぶん、ランダスが笑っているだろうと思ってエメルダはランダスを見た。

「いや、俺も立派だと思っている。特に君の勇気には感心している」

 ランダスも褒めるが、どこかからかわれているように感じる。

「だから、殺すと脅されて仕方なかったんです」

「いや、それでも勇敢だと思う」

「勇敢?」

 ルシアナが口を挟んだ。

「そうですよね、敵国に嫁ぐと言う事は何より怖いですよね、殺される危険すらある。それなのに、こちらの宇宙船にいらした時のあの平然とした態度、私にはとても真似ができません」

 王女にそう言われてエメルダは身の縮む思いだった。これはかなりの誤解がある。あの時は足は振るえていたし平然となんかしていなかった。ランダスなら見抜いていただろうと思ってもう一度ランダスを見た。

「俺もそう思う。正直、あの時、この女なら妻にしてもいいと思った。いや、逆だ。妻にしたいと思った」

「あの… まさか……」

 エメルダはあせってしまった。今の言葉はラルリア王女ではなくてにせ者の私を妻にしたいと聞こえたからだ。

「お兄さん、すばらしい女性を奥さんに出来て良かったですね」

 ルシアナが笑顔で兄をからかう。

「俺もそう思う」

 ランダスは真面目な顔で答えた。

「あたしはこれで引っ込むわね、次の方が待ってあるから」

 ルシアナにそう言われて周囲を見ると、ひな壇の上には人が上がって来ていた。国王夫妻も立ち上がり話をしている。エメルダの周囲にも数人の人が立っていてルシアナとの話が終わるのを待っている。

 ランダスが立ち上がったのでエメルダも立ち上がった。

 それからは侯爵だとか伯爵だとか、ともかくものすごい肩書きの人たちとの挨拶が始まった。意味不明の難しい話になるのでエメルダは何も話せなかったが、ランダスがかなり辛口で彼らの意見に応じている。

「ついておいで」

 彼らとの会話が一段落したところでランダスがエメルダを連れて歩き始めた。

「ここにいたら何も出来ない。なにか食おう、腹が減っているだろう」

「ええ」

 エメルダも嬉しかった、堅苦しい挨拶は苦手だ。

 ランダスはひな壇を降りるとどんどん歩いて行く。会場の人が二人に気がつくとうやうやしく頭を下げて道を開けてくれる。ランダスは会場の横にある小部屋に入った。そのまま庭に通じているような部屋で誰もいない。

「ここがいい」

 ランダスが手近の椅子に座った。

「座れ」

 ランダスが命令口調で指示する。この人は命令することに慣れているのだ。エメルダも命令される事に慣れているので従順にランダスの横の椅子に座った。

 こじんまりした部屋で広い庭が見えており、会場の騒々しさから逃げるのに最適の部屋だった。こんないい隠れ場所があるのに誰もいないのが不思議だった。

「誰もいなくてよかったですね」

「ここは王室専用なんだ」

 ランダスがぶっきらぼうに答える。驚きだった。エメルダはあらためて部屋を見回した。王室とはいいものだ、なんでも別格なのだ。そして、そんな王室の一員にこの私がなるかもしれないのだ。

 召使いが軽食を運んで来てくれた。ランダスはすぐに食べ物に手を伸ばした。

「遠慮せずに食え、どんな家柄か知らんが、上品に構えるような家柄ではないんだろう」

「はい……」

 ランダスが家柄と言った事に少し戸惑った。王女でない事はわかっていてもそれなりの家柄だと思っているのだ。エメルダの家は家柄などとは無縁の極貧に近い生活だった。

「これは、ラニューラだ。食った事あるか」

 ランダスが料理の一つを指差す。

「いえ…」

 ものすごく高い料理だと噂で名前だけは聞いた事のある料理だった。

「じゃあ、食ってみろ、うまいぞ」

「はい……」

 エメルダは食べようとして料理に手を伸ばしたが、途中でその手が止まってしまった。ランダスは料理を手でじかにつまんで食べているが、女がそんな事をしていいんだろうか? この場合どうやって食べればマナーにかなうのかまるでわからない。

 エメルダは心の中で何かが急激にしぼんでいくのを感じた。心の中で皇太子妃になれるかもしれないと、どこかで期待していたのだ。仮の皇太子妃だがそれでも皇太子妃だ。しかし、あまりに育った環境が違いすぎる。ランダスが『妻に家柄などを求めていない』と言ったのも限度があって多少の家柄は必要なのだ。

「どうした、食えよ」

「いえ、お腹がいっぱいなんです」

 嘘をついた。

「男の前で、パクパク食うとみっともないと思っているのか、俺はそんな気取った女が大嫌いだ」

「本当にお腹いっぱいなんです」

 自分がなんのマナーも知らない事がわかってしまうのが怖かった。

「そうか」

 そう言うとランダスは一人で食べている。もう、食べろとは勧めない。

 エメルダはランダスの横に座ったまま彼が食べるのをじっと見ていた。ランダスはひとしきり食べ終わると立ち上がって、手をはたいた。

「さて、会場の様子でも見てくるか」

 部屋を出て行こうとする。エメルダも立ち上がろうとした。

「いや、ここにいろ。しばらくしたら戻って来る」

 肩をぐっと押さえつけられた。そしてランダスは会場の方へ出て行く。エメルダは振り向いたままランダスが出て行った扉をじっと見ていたが、ランダスがここにいろと命じるならランダスが戻って来るまで待っているしかない。

「さてと……」

 一人になったエメルダは両手の指を合わせた。目の前には食べ物がある。

 エメルダはお腹がペコペコだった。昨日は王女の身代わりになる事で頭がいっぱいでほとんど何も食べられなかった。エメルダは手を伸ばすと手づかみで食べ始めた。高い料理らしいが味はよく分からなかった。

 エメルダは食べながらランダスが出て行った理由がわかった気がした。私に食べさせるためだ。優しい人なんだ。

 お腹がいっぱいになった頃、後ろの扉が開いた。ランダスかと思って振り向いたら国王が立っていた。

「なんだ、一人か」

 国王が舌打ちをする。

「ランダスも困った奴だ、大切な花嫁をほったらかして、どこをほっつき歩いとるんだ、あのバカは」

「いえ、違うんです」

 エメルダはあわてて立ち上がった。

「来なさい、みんなが君に会いたがっている」

 国王が扉の所に立ってエメルダに腕を差し出す。エメルダはランダスの無実を説明したかったが、国王が来いと言っているのだ、行かない訳にはいかない。エメルダは国王の腕に手を通すと国王と一緒に会場に出て行った。

 会場に入るとたちまち人々に取り囲まれた。敵対していた国から嫁いできたラルリア王女は誰もが興味があるのだ。誰もがラルリア王女と一言会話を交わしたがっていた。エメルダにとってもこれだけの人気はさすがに楽しかった。本当に王女になったような気分だ。ほぼ挨拶程度の会話ですんだが王女の個人的な話になると笑ってごまかした。王女の個人的な事はたぶんこの会場にいる誰よりもエメルダの方が知らないからだ。国王はラルリア王女を連れて人ごみを分けて前に進む、こうする事よって大勢の人と会話が出来きた。

 やがて会場の中央付近でルシアナと出会った。

「お父さん、お兄さんから花嫁を取り上げたら兄さんがかわいそうでしょう」

「何を言っとる、あいつが花嫁をほったらかしにしておるから、わしが不憫に思ってエスコートしておるのだ」

「違うんです、ほったらかしにされていた訳じゃありません」

 エメルダは夢中で反論した。このままではランダスが誤解されてしまう。

「なんと… ランダスをかばうとは出来た花嫁じゃ」

 国王が感心している。

「いえ… まさか…」

 てれ笑いをするしかなかった。どうやらランダスは父親からはあまり信用されていないらしい。

「ほら、兄さんはあそこにいます」

 ルシアナが指差す方を見ると、ランダスが誰かと議論をしている。

「ルシアナ、あいつに花嫁がいる事を思い出させてやってはくれんか」

「はい」

 ルシアナがランダスの所に行き、声をかけるとランダスが振り向いた。エメルダが国王と一緒にいるのに気がつくと実に嫌そうな顔をしてこちらを見ている。そして渋々こちらにやって来た。

「ランダス! 何をやっとるか、バカもんが」

 国王が怒鳴る。

「これでも気を使ってるんです」

「どこが気を使っとるか、花嫁をほったらかしにしおってから」

「いえ、違うんです」

 エメルダが話に割り込んだ。

「私が食べやすいように部屋を空けてくれたんです」

 エメルダは事情を説明したが国王は意味がわからないらしく首を振った。

「まあ、いい、花嫁をみなさんに紹介しなさい」

 国王がエメルダがつかんでいる腕をランダスの方に差し出しだ。エメルダは手をランダスの腕に載せ替えたが、ちょっと気まずい雰囲気だ。ランダスは怖い顔をして父親を睨んでいる。

 と、いきなりランダスが早足で歩き出した。エメルダはあわててランダスについて歩いたが、ちょっと小走りしないとついて行けないくらいの早さだ。ランダスは人ごみの中を人がいない壁際を目指して歩く、ランダスの怖い顔に誰も声をかけてこなかった。

 壁際につくとランダスは足を止めた。

「くそ!!」

 悔しいそうにつぶやく。

「ごめんなさい」

 エメルダは必死で謝った。

「私がちゃんと事情を説明しなかったから、ごめんなさい」

「君の事を怒っているんじゃない!!」

 ランダスが怖い声で怒鳴る。エメルダはすくんでしまった。

「ごめんなさい……」

 涙が出そうだった。

「違う、君は気にしなくていい」

 ランダスはエメルダの肩をつかむとエメルダをしゃんと立たせた。

「すまん、声が荒いのはいつもの事なんだ、君を怒っているんじゃない。見ていればわかるだろう、親父だ、親父とはいつもこんな調子なんだ」

「……」

「親父は俺がやる事が気にいらんのだ、いつもそうだ。いつも食い違う」

 エメルダはランダスを見上げた。どうやら私に腹を立てている訳ではなさそうだ。

「親父は俺がやろうとしている事がわからない、子供の時からだ。なぜか気が合わないんだ。俺だってわかってるって事が親父にはわからない。今のだって、俺は君が食べ終わったら君をみんなに紹介するつもりだったんだ、わかるだろう」

「ええ」

 エメルダはランダスがそうするつもりだと分かっていたので、彼の気持ちが理解できていた事が嬉しかった。どこか本当の婚約者のような気がした。

「親父は俺が君との結婚を嫌がっていると思っている。もちろん、それはそうなんだ。俺はラルリアを徹底的に躾け直してやると宣言したからな。泣こうがわめこうが知ったことか、ラルリアには俺に服従する事を徹底的に叩き込んでやる。俺に逆らったら柱に縛り付けて鞭で打ち据えてやる!!」

 ランダスは驚くような事を言う。ランダスに睨みつけられていると、躾け直されるのはラルリアだとわかっていても、どこか自分が鞭で打たれるような気がしてくる。

「だから、親父は俺がラルリアにひどい仕打ちをするんじゃないかと心配している。しかし俺は躾けると言っても意地悪はしない。君をほったらかしになんかしない。そんな事をする男じゃない。それが親父にはわからないんだ」

 エメルダはなんと答えていいか分からなかった。ただ、ランダスが悩みを打ち明けてくれた事が嬉しかった。

「くそ!」

 ランダスは悔しそうだ。よほど父親が彼を理解してくれない事が悔しいらしい。エメルダは笑顔でランダスを見上げた。

「私は、ランダスさまが私が食事ができるように一人にしてくれた事がわかっています。本当に助かりました。だから、ほら、お腹いっぱいです」

 エメルダはにっこり笑うとお腹をたたいて見せた。ランダスもつられて思わず笑顔を見せた。

「お父様の事はあまり気にしない方がいいと思います。親って誰でもそんなものです。子供はいつまでも子供だと思ってるんです」

「そうだな……」

 ランダスがエメルダを見た。そしてじっと見つめている。

「そうだな、気にしても仕方ないか……」

「そうですよ、元気を出して下さい」

 ランダスは姿勢を起こした。

「不思議だな、君がいてくれると元気になれる気がする」

 二人の周囲に人が遠巻きに集まり始めているのがわかった。ラルリア王女と話を交わしたい人が二人の会話が終わったら紹介してもらえると思って集まって来ているのだ。

「さあ、行きましょ」

 エメルダは元気よく声をかけた。

「どこへ?」

 ランダスがびっくりしている。

「私をみんなに紹介するんじゃなかったんですか?」




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