ご主人様と奴隷。~俺、奴隷から解放されたらあのガキ泣くまでひっぱたくんだ~
「タカムラ君。妾と結婚したまえ」
なに口走ってやがるこのガキ!
俺はこめかみをピクピクとさせながら笑顔でポキリポキリと指を鳴らした。
とんでもないことを口走ったのは目の前の不自然な青い髪のガキ。
年は確か来月13歳になるはずだ。
うん拳骨落としてやろう。
「ちょっと待て! なんで拳を振りかぶる」
「マセたこと言ってんじゃねえ! 子どもは外でうへへーとか頭の悪い声出しながら一人で鬼ごっこでもしてろ!!!」
「ひどい!!! あのね、妾は君の親方で指導教官だぞ! 偉いんだぞ!!! 逆らったら落第だぞ!!!」
そういやそうだった。
俺はタカムラ・タカシ。
この世界ではタカムラ・コウと名乗っている。
名字と名前の区別のない世界って面倒くさい。
荒ぶるダンプカーにはねられ異世界へ来た。
ほとんどの人にはこれ以上の説明はいらないはずだ。
よし以下略。
ちなみにチートなどない。
いきなり砂漠に放り出さて干からびていたところを目の前のガキに拾われたくらいだ。
チートがあったら山賊をひねり潰して今ごろハーレムの一つや二つ作ってるに違いない。
目の前のガキはファティマ。
ああ見えても魔法学校の教授をしている優秀な魔法使いだ。
俺は彼女に救助されてから彼女に所有されている。
……要するに奴隷だ。
魔法使いになれば奴隷からは解放されるらしく、ファティマの「奴隷などという野蛮な制度は好かぬ」という意向で彼女の徒弟、要するに弟子として、もう二年間も魔法学校で学んでいる。
聞いた話では結構なお嬢様らしいのだが、知り合った頃は奴隷におねしょの隠蔽を手伝わせたり、ベッドの下にオヤツを隠してアリだらけのベッドの始末をさせる残念な子だった。
それも最近ではなりを潜め……俺、ダメな娘を持つ親の気分よ。
じーん。
「なんだその生暖かい目は! また失礼なことを考えているな!!! あのね。君はそろそろ卒業だろう? それなのに就職先が決まってないらしいじゃないか! それを救ってやろうというのだよ」
うぐ!
痛いところを突きやがった!!!
そう。今の俺はアレな大学生と同じ状態。
卒業間近なのに就職先が決まらないでゴザルなのだ。
親と同居してたら死にたくなるアレだ。
新卒即無職の苦しみと比べれば……確かに……お嬢の婿なら……三食昼寝付き……
ビバ! 憧れのHIKIKOMORI生活!
……ってちょっと待てよ。
「なんでそこで結婚なんだ?」
バレたかと、うへへとファティマがしまりのない顔をした。
「いやねー。結婚させられそうなんだ。実家が政略結婚しやがれってうるさくてさー。どこかのでっかい部族の首領と結婚だってさ」
「ほう……それで?」
「いやね。ほら、タカムラ君なら三日着替えないでいても、研究に没頭するあまり徹夜しまくって本の中で寝ていても、爆発実験を街中でやったらまずいなと思ってタカムラ君の部屋で実験して家具やらなんやら全部めちゃくちゃにしても引かないだろ?」
「ちょっと待てい!!! 部屋爆発事件の犯人はお前か! お前なんだな! あのせいでレポート破損して泣きながら徹夜して書いたの覚えてるよな!!!」
「だから手伝ってやっただろ!!!」
「てめええええ! 貴様の血は何色だぁッ!!! ……うん? ちょっと待て三日着替えない?」
「……四日目かな?」
「俺が卒論と就活で忙しい裏でそんな陰謀が!!!」
「だってめんどいし」
「知るかああああああッ! お前、少しは身ぎれいにしろや!」
「そこだ! そこが問題なのだよ!」
「ん? なにが?」
「タカムラ君。仮に妾が結婚したとしよう。相手に合せて自分を変えねばならないだろう。だが、君ならありのままの妾でも最後はあきらめて受け入れてくれる。そうは思わないかね!!!」
「努力……する気もないだと……(ゴクリ)」
俺は生唾を飲んだ。
齢12歳11ヶ月でそこまで自分をわかっているだと……
さすが天才。
あきらめが早すぎる。
「あきらめんなよ! 少しは努力しようぜ!」
「ヤダ。脂ぎったオッサンにそこまでする気はない」
断言しやがった。
ってオッサン?
「オッサン?」
「うん。相手は37歳…… いつか白馬に乗った王子様が現れると固く信じてたら、腹の出た脂ぎった中年オヤジが魔法の絨毯で来やがった! ありえねえ! 責任者出せええええええ!!!」
「ずいぶん乙女だなおい。だがそういう妄想はちゃんと着替えをする女子だけが見ていい妄想だ」
「うるさい! とにかく職を見つけられなければ君は妾の奴隷のままだからな! ご主人様の命令で強制結婚だ!!! んじゃあなバーカバーカ!」
そう言ってファティマは部屋を飛び出していった。
な……好きだとかじゃなくてそんな理由で結婚だと……
俺はあまりにことに口をあんぐりと開けていた。
◇
あれから一ヶ月。
職が決まらないでゴザル。
なぜだ?
結局、卒業論文はファティマと共著。
あ、コネちゃいますよ。
これ実力ね。
魔法の特許も取った。
ここまでは完璧なはずだ。
「俺って超使える人材よ!」って全力でアピールできたはずだ。
なのにどこの工房も
「ああ。ファティマお嬢の弟子……ああ。あの有名なタカムラ……まことにすみませんが、弊工房も経営が厳しい状態で……」
って面接すらしてくれない。
なんでだー!!!
このままファティマと結婚したら「あの人ロリコンなのよ!」って一生指をさされて日陰者として暮らさなければならないに違いない。
それだけはイヤじゃー!!!
どうにかしなければ……
頭を抱える俺。
そんな俺のところへファティマが飛び込んできた。
「たいへんだ! ヒゲがヒゲが来た!!!」
ヒゲ?
◇
「貴様が間男か……」
「喧嘩だ! 喧嘩だ!」と野次馬が集まる中にヒゲがいた。
その容貌は……なんというか配管工兄弟の赤い方。
それも同人誌とかに出てくる無駄にマッチョなヤツ。
「ホセインである!」
帽子まで真っ赤。
あーあかんヤツや。
俺が驚愕しているとファティマが俺のすそを引っ張った。
「な? ダメだろ?」
うんダメだ。アウトだ。
「なんだその仲むつまじい姿わああああああッ! 貴様ああああああああぁッ! ワシの幼妻に手を出すとはあああああああッ! 殺す! 殺すのである!!!」
「おっさんロリ……」
「じゃかしゃああああああ! 紳士と言えええええええい! この小童があああああああっ!」
……完全にあかんヤツや。
普段偉そうなファティマも涙目である。
「ファティマ……あれはさすがに無理か?」
「無理……」
ファティマは震えている。
ですよねー。
よくわかりました。
「おいオッサン。悪いな。こいつは俺のだ」
そう言いながら俺は舌を出して親指で首を斬るポーズを取った。
「俺の? 俺の? オレノ? 貴様アアアアアアアア!!! このロリコンが!!!」
「人聞きの悪いことを言うなああああ!!!」
俺の抗議もむなしくオッサンの手が炎に包まれる。
火炎魔法か。
炎が俺に迫る。
「おらよ!」
俺は地面に手を当てる。
すると地面がめくり上がり俺たちを包む。
「ファティマ。評価は?」
「30点。炎魔法なら火災旋風を起こすなりして場から酸素を奪わなければならん。もしくは爆発させるべきだ」
「だよねー。要するに」
「ただのパワーバカ」
ですよねえ。
だが俺たちのやりとりを知らないヒゲは勝ち誇りやがったのだ。
「ふはははは! なんだ! 土魔法で防御とはひよっこにしてはやりおるわい! どうだワシのハーレムに入らぬか! なあにワシは性別など気にはせぬ!!!」
「いやああああああああああああぁッ!!!」
俺は本気で悲鳴を上げた。
ファティマ大ピンチと思ったら俺までピンチだった。
性的な意味で。
なにを言っ(略)
無理!!!
ぜったいに無理!!!
叩きつぶさなきゃ!
叩きつぶさなきゃ!
叩きつぶさなきゃ!
俺は涙目になる。
「ひいいいぃぃぃッ! タカムラが泣いた!!!」
「に、逃げろ!!! 逃げろおおおおおおおッ!」
通行人が避難を開始し、周囲の商店が家財道具を持って逃げ出す。
なにこの扱い!
泣くとナイフ出すヤンキーみたいな……
だいたいいつも俺が壊してるみたいじゃないか!!!
ファティマの方が多いだろが!!!
いいもん。
全部オッサンに八つ当たりするもん!
さて、魔法使い。
それも炎系の弱点はなんだろうか?
答えは酸素。
はあ? おかしいだろ?
燃焼には酸素が必要だろ?
はいその通りです。
ですけどねー……
「ふはははは! いつまで耐えられるかな!!!」
俺は調子に乗ってるヒゲの周りで水素と酸素を集める。
するとヒゲの出した炎は猛烈な勢いでヒゲ自身に向かう。
そして水素に引火。爆発。
以上、火炎使いの潰し方でした。
「さあて。ファティマ、メシでも食いに行くかー」
ああ疲れた。
「相変わらずえげつないのう。鬼か!」
「効率的と言って欲しい」
ところが世の中そうそう簡単にはいかない。
「ふはははは! この程度でワシが倒れると思ったかー!!!」
ヒゲが両手を挙げて復活する。
まあ、すごいタフネス。
んじゃ本気出す。
ここに血と汗の結晶、なんとか精製に成功したガソリンを用意します。
「ちょっと待て……それは……逃げろオオオオオ!!!」
ファティマが逃げ出した。
さて続き続き。
ガソリンを高圧洗浄機的な感じで薄く小さく広範囲にばらまきます。
「ふはははは!!! グレイトファイア!」
空気を読まないヒゲが火をつけます。
炎が爆発しながらオッサンを吹き飛ばす。
周囲100メートルくらいを巻き添えにして。
◇
すっかり瓦礫の山になった周囲。
そこから晴天が見える。
「うん。一件落着」
「一件落着じゃないぞ!!! ……まあ妾のためにがんばってくれたのは嬉しいが……」
ファティマが顔を真っ赤にしながら俺にパンチを浴びせる。
「でもな! そういうことをするから就職できないのだ! お前を欲しがったのは軍と鉱山だけじゃぞ!!!」
ん?
俺、その二つも落ちたよ?
も、もしかして……
「……もしかして……お前、裏から手を回したのか?」
「て、テヘペロ」
露骨に目をそらしたファティマ。
「きーさーまー!!!」
「いいんじゃ! タカムラは妾と結婚すればいいのじゃ!!! うちで働けばいいのじゃ!」
俺は拳をボキリボキリと鳴らす。
貴様の血は何色だ!!!
「ふにゃあああああ! なんでキレてるのじゃ!!!」
ファティマが涙目で逃げ出す。
「このクソガキ!!! 待てコラァッ!!!」
「みぎゃああああああああ!!!」
悲鳴を出しながらファティマが逃げる。
俺はそれを追いかける。
いつもの光景だ。
なぜだろうか?
俺はこいつの言うとおりの未来を迎える気がする。
でもあきらめねえからな!
なんかムカつくから最後まで抵抗してやる!
ファティマが走る。
嬉しそうに。
俺、奴隷から解放されたらあのガキ泣くまでひっぱたくんだ。
俺は意味もなく死亡フラグを打ち立てた。