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憧れの騎士さま  作者:
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後編

 ジュリアンさまとの出会いは三年前に遡る。

 わたしの勤める服飾店にお客として現れたのが彼女だった。その時は、接客のために言葉を交わしただけ。長身で綺麗な人、くらいにしか思わなかった。しかしその次の邂逅で、わたしは彼女の虜となる。

 兄に会うため教練場に訪れた時の事。教練の真っ最中だったため、それが終わるまで見学させてもらうことにしたのだ。

 張り詰めた雰囲気の中で、男性に混じって数人の女性が剣を交えている。女性騎士は数が少なく、物珍しさに自然と目が行った。中でも一際目を引いたのが、ジュリアンさまだ。女の身でありながら、男性騎士を圧倒していたのだ。光る汗を浮かべ、真剣な顔で剣に打ち込む姿は、店で着飾っていた時よりも美しいと思えた。そしてそれこそわたしが幼い頃に夢見ていた、騎士の姿だったのだ。

 興奮したわたしは、教練が終わるとすぐ兄にジュリアンさまのことを尋ねた。兄は少し渋るような表情を見せたが、しつこくお願いして、やっとのことで彼女を紹介してもらったのだ。

 ジュリアンさまは、はしゃぐわたしに眉を顰めることもなく、光り輝くような笑顔で対応してくれた。そしていざ話してみると、彼女は美しいだけではなく、教養と思いやりに溢れた素晴らしい女性だった。

 あんな人がいれば、誰だって好きにならずには居られない。わたしのように、叶わぬ恋身をやつしてしまう人もきっといるはず。


「いたっ!」


 物思いに沈み込みすぎて、うっかり指に針を刺してしまった。仕事の最中だと言うのに、わたしは何をしているのだろう。辛いことを忘れるためには、仕事に没頭するのが一番だと思ってやっていたのに、これだもの……。情けなさと胸の痛みで、じわりと涙が出る始末だ。


「ラークエール! ラクエル・シェリダン!! いないの!?」

「は、はい! ただ今参ります!」


 わたしは慌てて涙を拭って、マダムの元へ駆けつけた。店主であるマダム・ベネットはとてもせっかちで、呼びかけにちょっとでも遅れようものなら叱られてしまうのだ。

 待ち構えていたマダムはいつもの仏頂面で、わたしに二つの包みを押し付けた。


「これに着替えてから、ラングランド伯爵のお宅にお届け物、お願いね」

「えっ、何で着替える必要があるんですか? それに、これ、紳士物では? うちの店でやる必要は……」

「うるさい。つべこべ言わずにとっとと着替えて行きなさい!」


 面倒だとは思ったけど、わたしは大人しく従った。こっちは雇われの身、あちらは雇い主なのだから。

 丁寧に畳まれた服を広げると、なんとそれはお嬢さまが着るような普段着だった。高級な布地にレースがふんだんに使われている。かなり高価な品だ。伯爵家ってこんなものまで身に付けないと入れてもらえないの? そんな馬鹿な。使用人専用の出入り口から訪ねるのに、わざわざこんな畏まった格好しなくてもいいはずだ。しかも、これでは装いに合ったお化粧をしなくてはならない。なんて面倒な……。

 全てを整えたわたしは、鏡をみて自分の姿を確認した。どこからどうみても、いいところのお嬢さまだ。所作に気をつければ完璧だろう。


「あら、よく似合ってるじゃないの。さすが私の作った服」


 身支度を終えたわたしを見て、マダムは満足そうな顔で頷いた。


「あの、まさかこれを着て出資のおねだりに行け、とかではありませんよね?」

「馬鹿言うんじゃないの。うちの店は儲かってるんだから」

「そうですよね……。でも、流石にこんな格好で出歩けません」


 お嬢さまのような出で立ちで一人歩きなどしようものなら、どこぞの悪漢に襲われるのは間違いない。しかしその辺りはちゃんと考えていてくれたらしい。


「大丈夫よ。迎えがきてるもの」

「そうなんですか……」


 妙に手回しがいい。これはマダムの考えではないような気がする。誰かに何かを言われているのだろうか……。

 不安がるわたしをよそに、マダムは人の悪い笑みを浮かべて言った。


「あ、それと、その服あんたに上げるから」

「ええ……!?」


 決して気前がいいとは言えないマダムが、一体どういう風の吹き回しか。嫌な予感しかしなかった。



 道中わたしの供をしてくれるのは、ダウナーと名乗る上品な初老の男性だった。馬車に乗り込み、早速理由を尋ねる。

 

「あの、わたしはどういった意図で呼ばれたのでしょうか? お届け物というだけではありませんよね」

「詳しくは若さま、いえ、ライナスさまからお聞きになってください」

「ライナスさま……?」


 よくある名前だけど、心当たりがない。確かラングランド伯爵の家名は、ドレークだ。ドレーク……ジュリアンさまと同じ……。もしや彼女のお兄さまだろうか。でもたまたま家名が同じというだけかもしれない。貴族のやんごとなき姫君が、騎士団に入るわけもないし……。


「シェリダンさま、到着しましたよ」


 わけがわからないまま、わたしを乗せた馬車がラングランド邸にたどり着いた。さすが由緒ある伯爵家。タウンハウスといえど、その大きさと豪華さは見事なものだった。

 わたしは尻込みしそうになる身体を無理やり動かして、差し出された手を取り馬車を降りた。


「ダウナーさん、ありがとうございます」

「いえ。そのままライナスさまのお部屋までご案内致します」


 そうしてわたしが通された部屋には、栗色の髪を持つ優しげな青年が待ち構えていた。

 これがライナスさま……。どこか見たことのあるような顔である。でも全然思い出せない。もやもやした気持ちを抱えたまま、わたしは淑女の礼をした。


「ベネット服飾店の者です。ご注文の品をお届けに参りました」

「ありがとうございます。……お久しぶりですね、ラクエル」

「え?」


 ライナスさまは、頬に朱を登らせ、本当に嬉しそうに微笑んだ。その少年のようなあどけなさを垣間見せる笑顔を、わたしはどこかで見たことがあるのだ。しかし皆目検討がつかない。一体誰……?

 思い出せずにいるわたしに、ライナスさまは苦笑してみせた。


「わからないでしょうね。私、いえ、僕です、ジュリアン・サーキスです」

「えっ!?」


 どことなく面影はあるが、わかるわけが無かった。髪の色素が薄い子供は、成長して色が変わるというのはよくあることだ。しかし名前まで変わってしまうと、結びつけることも出来ない。


「どうしてあなたが伯爵家に? 養子とか……?」

「養子でした。サーキス家のですが。実家の兄が相次いで夭逝したため、連れ戻されたのです。おかげで、サーキス家とは絶縁されました」

「名前は一体どういうことなの? ミドルネーム?」

「いえ……。父が、叔父の付けた名前が気に入らなかったそうで、勝手に変えられました……」

「まあ……」


 何という傍若無人ぶり。そういえば、ラングランド伯爵は泣く子も黙る鬼将軍ということで有名だった。ジュリアンもなかなか波乱万丈な道を歩んできたようだ。

 それはさておき、懐かしの幼馴染との再会なのだ。昔話やお互いの近況を語り合いたい。その前に何故こんな面倒なことをしたのか。わたしを驚かせたかったのかもしれない。ジュリアンもなかなかお茶目である。


「でもまた会えて嬉しいな。変わった呼び出し方ではあったけどね。もしかして、この服もあなたの注文?」


 わたしは自分が着ている服を指して問いかけた。お金に厳しいマダムが、理由も無く物をあげるということはありえないのだ。ということは、ジュリアンが注文したとしか考えられない。


「ええ……。再会の記念に、ということで……。よく似合ってます」


 やっぱり。でもこんな高価な物はただでは貰えない。あとで何らかの形で御礼をしなくては……。


「ありがとう! いつかこの服に見合った御礼をさせて頂くわね。にしても、あなたがこんなことをするとはね。わたしを驚かせたかったんでしょう? あなたの悪戯は悔しいことに成功よ!」


 笑って言うと、ジュリアンはたちまち頬を真っ赤に染めて、唇をわなわなと震わせた。


「いえ、その、今日呼び出したのはそれだけではなく、私と、その、け、けっ」


 舌を噛んだらしく言葉が途切れる。彼は俯き苦悶の顔で口を押さえていた。


「ちょっと、落ち着いてよ。何が言いたいの?」

「失礼しました……。つ、つまり、私と結婚してください、と言いたかったのです……」


 なーんだ、そんなことか。ジュリアンってば成長しても相変わらず照れ屋なんだから。と思ってから、言われたことの重大さに、わたしは気がつき、即答していた。


「えっ、無理!」

「そんな……」


 ジュリアンの悲痛な目が、わたしを射る。胸が痛んだが、わたしの心は絶対無理だと言っていた。何とか傷つけないような断り方はないものか……。


「そりゃ、しがないお針子のわたしにとっては願っても無い良縁だけど、あなたのご両親はお許しにならないでしょ!?」

「それは大丈夫です。母はもういませんし、父からは許可を得ました。あなたの兄上からも、承諾を得ています」


 いつの間に!? わたしに何の一言もなく!? 兄に対してむらむらと怒りがこみ上げる。その怒りに刺激され、わたしは自分の想いをぶちまけてしまった。


「とにかく無理なの! だって、わたし、好きな人がいるから、あなたとは結婚できない!」

「そうですか…………」


 わたしはジュリアンの顔も見ずに、ラングランド邸を後にした。

 帰りの馬車は有難い事に、一人きり。怒りと寂しさと悲しみが、わたしの心をぐちゃぐちゃにしていた。そして激情に支配されたわたしは、一つの決意をした。


 馬車の進路を変更してもらい、騎士団宿舎に向かう。兄に会って一言言わなければ気がすまない。それに、ジュリアンさまの居所も聞き出さなくては。

 馬車を降り、宿舎の入り口をくぐろうとして、わたしは目を瞠った。顔に青あざを作ったイアンさまと鉢合わせてしまったのだ。


「やあ、ラクエル!」

「……ごきげんよう、イアンさま。どうなさったんですか、そのお顔……」

「ああ、これかい? この前ジュリアンがさ、故郷に帰るって言うから、最後に俺と一晩どうだいって誘ったんだよ。そしたらこれさ。あいつがあんなに凶暴だったとはね」


 そう言って肩をすくめるイアンさまに殺意が沸いた。それだけで怒るようなジュリアンさまではないはず。大方この男がセクハラでもかましたのだろう。なんてことを……。羨ましい。


「それにしても今日は一段と素敵だね。着飾ってまで俺に会いに来てくれるなんてうれ」

「そんなことより、ルーカスはどこですか!」


 今は面倒なやりとりはしたくない。わたしはイアンさまの長ったらしい社交辞令を遮り、兄の所在を尋ねた。


「つれないねえ……。あいつなら部屋にいると思うけど」

「そうですか。ありがとうございました!」


 聞きたいことを聞き出せれば、イアンさまにもう用は無い。何やらごちゃごちゃ言っている彼は無視して、面会許可を取ったわたしは、兄の部屋に突撃した。


「ルーカス! わたしに一言もなく結婚の承諾をするってどういうことなの!? わたしのことなのに!!」

「お前の将来を心配してのことだ。それに良縁じゃないか。知らない仲でもないだろう」


 涼しい顔でしれっと言う兄に、ますます怒りが募る。


「余計なお世話です! そりゃジュリアンとは友達だったけど、だからっていきなり結婚はないでしょ! 第一わたしには好きな人がいるの!」

「そうなのか。なら何故早く言わない。誰だい?」


 わたしは唇を噛んだ。打ち明けてしまったら、兄はわたしのことを嫌悪するかもしれない。そう思うと急に怖くなってしまったのだ。決意してやってきたというのに、いざとなると臆病になってしまう自分が嫌だった。しかし、言わないで後悔するより、言って後悔したほうがいい。


「……ジュリアンさまよ」

「は? それなら怒ることはないだろう?」

「だから、違うの。ライナス・ドレークではなく、ジュリアン・ドレークが好きなの! 女性の方の!」


 兄は怪訝な顔つきのままで固まってしまった。当然のことかもしれない。自分の妹がまさか、女性を好きだなんて告白したのだから。

 何も言わない兄に焦れたわたしは、自分から切り出すことにした。


「だから、わたしジュリアンさまに会って想いを伝えたいの。そうすれば、わたし、自分の気持ちに区切りを付けられるから! お願い、ジュリアンさまに会わせて! 彼女は今どこにいるの?」


 兄は渋面を作って、沈黙を保っている。


「ルーカス、お願い……!」

「…………わかった。二日後、またこの部屋に来なさい」


 わたしの悲痛な懇願に、兄はため息を吐いて折れてくれた。もうこれで、わたしは一生兄に頭があがらないだろう。それほどに感謝したい気持ちで一杯だった。


 二日後、兄は約束通りにジュリアンさまを連れてきてくれた。久々に会うジュリアンさまは、どことなくやつれ、悄然としていた。その姿に、わたしの胸は痛み、高鳴る。

 二人で向き合って座るも、中々切り出せない。見かねた兄が、助け舟を出してくれた。


「二人とも、話したいことがあるんだろう? どちらから話すんだ?」


 え、ジュリアンさまも? なんだろう……。


「私から話します。あの、ラクエル、貴女に謝らなければならないことがあるの……」


 おずおずと顔を上げたジュリアンさまが、怯えを含んだ眼差しでわたしを見詰める。もしや、既にわたしの気持ちに気付いていて、告げる前にお断りされるんだろうか。気持ち悪がられているんだろうか……。暗い想像ばかりしてしまい、絶望的な気分になる。

 呆然とするわたしの前で、ジュリアンさまは何やら濡れた布を取り出し、ごしごしと顔を拭い始めた。そこから現れた容貌は、見たことのある顔。そして彼女……は自分の髪の毛を掴んで、思い切り引っ張った。ずるりと鬘《かつら》が取れると、つい最近会ったばかりの男性、ジュリアンになっていたのだ……。


「え、え!? あなた、ジュリアン……!?」

「すみません。偽るつもりはなかったんです。でも、言い出せなくて……」

「は!? 何!? わけがわからないんだけど……!? それに、だって、ジュリアンさまはわたしより一つ年上で、あなたは二つ上でしょ……」

「私は早生まれなのです……」

「そ、そう……」


 何という変わりようだろう。性格だってまるで違うじゃない! あまりのことに、理解が追いつかない。

 混乱するわたしとは反対に、兄は平然とした顔をしていた。どうやら知っていたらしい。また隠し事か……。


「ルーカスは知っていたのね?」


 人の秘密を暴露するような人ではないということはわかっているけど、どうしても非難がましい口調になってしまう。


「聞かれもしないことを言う必要は無い」

「ルーカスさまを責めないで下さい。父と私が秘密にしてくれるようお願いしていたのです」

「馬鹿げているとは思ったが、君は勤務態度も真面目だったし、仕事への熱意も見て取れたのでね。これで不真面目だったら、即刻告発しているところだ。そんなことより、話しの続きを」

「はい……。私は幼い頃、貴女と遊ぶことが大好きでした。人目を憚らずに、自分の好きな格好ができるのですから。ですが、貴女と突然会えなくなり、実家に連れ戻された私に、あの遊びは一切禁じられました」


 ああ、うん、そっか、わたしがジュリアンを目覚めさせちゃったんだ……。遠い目をしたわたしは、ぼんやりとそう思う。


「我が家は代々武官として名を馳せた家でしたから、軟弱な真似は許されません。来る日も来る日も苦手な剣術で扱かれ、わたしは心身ともに疲れ果てていました。そんな時に決まって思い出すのは、幼い頃貴女と遊んだ日々です」


 ジュリアンが涙で潤む瞳をわたしに向ける。その姿は、幼い頃のジュリアンを髣髴とさせた。


「懐かしくなって貴女に会いたいと何度思ったことか……。しかし貴女の所在はわかりませんし、辛くて苦しくてどうしようもなくなった私は……あの時のラクエルの格好を真似てしまったのです」

「あの時っていうと……、女騎士の格好?」

「ええ、そうです。あの姿は、私の目に鮮明に焼きつきました。今でもありありと思い出せます。そして幼いながらに思ったんです。なんて素敵な騎士なんだろうと。常に私を庇い、守り、励ましてくれた貴女は、私にとって憧れの騎士だったのです……」


 ちょっと美化しすぎじゃないだろうか。辛い時期だったから、楽しい過去を想ってそうなってしまうのは仕方の無いことかもしれないが……。


「しかしそんな格好をした私を、父が許すはずもなく、剣でもってこの身を罰しようとしました。ですが私は剣を取って反抗したのです。その姿に父は驚いていました。いつも従順でやる気の無い私が、打って変わって強気な姿勢をみせたのですから。剣の腕も、普段とは比べ物にならない程に上がっていました。女騎士の姿が、私に勇気と自信を与えてくれたのです。私にとって、どんな武具よりも強力な武装でした。そしてその日より、私は女としての姿を許されました。私が二十歳を向かえるまでという条件付で」


 武装……? 確かに女にとって着飾り、化粧することは武装ではあるけど。しかしそれだけで自信に満ち溢れ、社交的で話術も巧みになれるとは……。気弱で照れ屋で泣き虫だったジュリアンをまったく感じさせない見事な変わりっぷりは、武装というよりも変身である。


「自信を取り戻した私は、貴女を探しました。そして、貴女の勤め先を突き止め、お店に伺ったのですが……」

「ああ、あの時ね……」


 そういえば、あのとき妙にじろじろ見られていた気がする。声を掛けてくれれば良かったのに……。


「名乗りだすことが急に怖くなってしまったのです。成長しても尚このような格好をしているのかと、呆れられ、距離を置かれてしまうかもしれないと思うと……。それに、成長した貴女は、と、とても愛らしく……溌剌とした美しさに、わ、私は……」

「ブハッ!!」


 こんな時だというのに、わたしはむず痒さに耐え切れず、ブーッと噴出してしまった。照れまくりながら告白する彼の姿は、こちらにも照れを伝染させた。それに、いまだかつてこんな賞賛を浴びたことなどなかったのだ。恥ずかしさの限界だった。


「ラクエル……」


 ジュリアンは絶望的な表情を浮かべ、涙ぐんでいた。まずい、多分彼は勘違いしている。わたしは慌てて弁解した。


「ち、違うの! あなたのことを笑ったんじゃないの! ただ、わたしそんな風に絶賛されたことなかったから、照れくさくて……」


 ゴホンと咳払いをして、仕切りなおす。


「わたし、あなたの気持ちよくわかるよ。嫌われたり、気持ち悪がられたりしたらどうしようって思うと、告白することが怖くなっちゃうよね。わたしもね、今日同じ気持ちでここに来たんだ」

「同じ気持ち……?」

「ジュリアンさまに、好きだって告白しようと思ってきたの。女姿のあなたにね。わたしも女で、ジュリアンさまも女だと思ってたから、凄く怖かった。普通じゃないもの。好きになるのに性別なんて関係ないっていう人もいるけど、実際自分の身に降りかかると違うと思うし……。でも、色々あって、気持ちが抑えられなくなっちゃって……」

「そうだったんですか……」


 ジュリアンは頬を染めて、また泣きそうになっている。相変わらずの泣き虫振りに、苦笑いしてしまう。なんとか笑ってくれないものか。大人になっても、わたしはやはり彼の涙に弱いらしい。


「今思えば、私の求婚は唐突過ぎました。ちゃんと筋道を立てて話すべきでしたのに、緊張のあまり自分が普段女性の姿で貴女に接していることを忘れてしまったのです。考えてみれば貴女との関係を、この三年間築き上げてきたのは女のジュリアンだったんですよね。男のわたしがいきなり求婚しても、受け入れられるはずがなかったんです……」


 ジュリアンは一度俯いてから深呼吸をすると、椅子から立ち上がり、わたしの前で跪いた。そして表情を改め、じっとわたしを見据える。


「改めて言います。私はラクエルを愛しています。私はこの通りの変わり者ですが、貴女を悲しませるようなことはしないと誓います。そして今度は私が貴女を何者からも守ります。いえ、守らせてください。ですから、どうか、どうか……私と結婚して下さい」


 そう言って、ジュリアンはわたしに手を差し出した。わたしを射る彼の力強い眼差しは、あのジュリアンさまと寸分違わぬものだった。


 わたしは差し出された手を取って、ジュリアンを立ち上がらせた。わたしがあの目に逆らえるはずがないのだ。


「不束者ですが、よろしくお願い致しますね。わたしの騎士さま」

「ああ、ラクエル……! ありがとうございます! 夢のようです……!」


 ジュリアンは泣き笑いの形に顔を歪め、わたしをきつく抱きしめた。


「わたしと二人きりの時は、ジュリアンさまでいてくれる?」

「もちろんです!」


 そしてわたしたちは硬く抱き合い、愛を確かめ合ったのである。


「お前達、それで本当にいいのか……?」


 兄の不安そうな呟きは、幸せの最中にいるわたしには響かなかった。


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