前編
わたしは腕白で負けん気の強い子供だった。甘やかされた末っ子であり、武芸を嗜む優しい兄に影響された結果である。物語を聞けば、憧れるのはお姫さまより、それを守護する騎士のほう。上昇志向の強い母に、淑女たれと言われていたが、どこ吹く風で過ごしていた。
そんな子供だったから、遊びは専ら男の子がするようなことばかり。近所の少年達に混じって、剣術ごっこや戦争ごっこでよく暴れていたものだ。
中でも一番の仲良しだったのは、いじめらっこのジュリアン・サーキス。騎士に憧れていたわたしは、当然のようにジュリアンを守った。彼はわたしよりも二つ年上だったけれど、小柄で気が優しすぎる泣き虫だった。だからわたしは自分に誓った。わたしがこの子を守ってやるんだ。だってこんなに弱いんだもの、って。弟や妹を持つことに憧れていたわたしが、彼に対して庇護欲を掻きたてられたのは必然と言えよう。そしてジュリアンをお姫さまに見立てて、わたしは騎士になりきっていた。というのも、彼は男の子にしては変わった嗜好の持ち主で、可愛いものが大好きだったのだ。
発覚したのは、わたしのちょっとしたおふざけから。
わたしは堅苦しい淑女教育が大嫌いだったけれど、その一環である裁縫は結構楽しんでやっていた。ある日、たまたま上手くできたリボンをジュリアンに見せびらかした時のこと。彼は瞳を輝かせて、大げさなくらいに褒めてきたのだ。気恥しくなったわたしは、それをごまかすために悪戯を試みた。
「そんなにかわいいって言うんなら、ジュリアンに付けてあげる!」
かわいらしい顔だちのジュリアンに、そのリボンはとても良く似合っていた。
男の子なのに、わたしよりもこんなにリボンが似合う! わたしは無性におかしくなって、きゃっきゃと笑い出してしまった。
一方、ジュリアンは、こちらの思惑とはまったく違う反応を見せていた。てっきり真っ赤になって嫌がるだろうと思っていたのに、恥ずかしがりながらも満更ではない顔をしていたのだ。そしてわたしに秘密の告白をしてくれた。
「ぼくね、こういうの大好きなんだ。父さまと母さまは嫌がるから、内緒にしてるけど……」
「どうして?」
「男らしくないって、変だって言うんだ。ラクエルもそう思う……?」
「男の子でリボンが好きっていう子はめずらしいかもね」
「やっぱり……」
思ったままを言うと、ジュリアンは目に見えるほどに落ち込んだ。しょぼくれた彼を見ていると、こっちまで寂しくなる。わたしは何とか元気を出して欲しくて、思いつくままを言って慰めた。
「わたしもこんなんだし、へんだってよく言われるよ。おかあさまにもおこられるしね。でもいいじゃない、へんでも」
「そうかなあ」
「おじいさまは、好きなことはいっしょうけんめいやりなさいって言ってた。ジュリアンもそうしたら?」
「でも……」
渋るジュリアンを見て、そうだった、と思い出す。両親がいい顔をしないと言っていたっけ。普段から好きなように振舞えないのか……。どうしたものかと腕組みをして考える。そうした末に、わたしは妙案を思いついた。
急いで部屋に戻って、衣装係にとっておきの服を二着出してもらい、ジュリアンの下に駆けつける。一着はお祖父さまから頂いた子供用の騎士服。もう一着は、フリルがふんだんに使われた子供用のドレス。
騎士服はわたしに、ドレスはジュリアンに押し付けて着替えさせた。そして着替えが終わると、わたしは大いにはしゃいだ。
「うわー! よく似合うよ! かわいい!」
さらさらの白金髪に可愛らしいリボン。子供特有の可愛らしい顔も相まって、ジュリアンは可憐なお姫さまに変身していた。
「そ、そうかな……。ラクエルも、かっこいいよ……」
ジュリアンの褒め言葉に、わたしはそうでしょう、と得意げになってあごを逸らす。
ピシッとした騎士服を纏い、たっぷりとしたアッシュグレイの髪を結い上げ、おもちゃの剣を携えたわたしは麗しの女騎士になったのだ。
「ね、二人の時はこうやってあそぼう!」
「うん……!」
わたしは自分の思いつきに拍手を送りたい気分だった。わたしは大好きな騎士ごっこができるし、ジュリアンは好きな格好ができる。でも彼の趣味は二人だけの秘密にしなければならない。誰かに伝わりでもすれば、ジュリアンの両親に告げ口をされ、二人で遊べなくなってしまうかもしれないのだ。そのためには誓いを立てなくては。
早速のごっこ遊びに、わたしはうきうきしてジュリアンに剣を差し出した。
「えっ、何?」
「剣を取ってよ。ちかいを立てるんだから。わたしたちがこういう格好をして遊んでるのは二人だけのひみつなんだからね!」
「でも、誓いって何をすればいいのかわかってる?」
「ええっと、ちかいますって言って、剣にキスすればいいんでしょ?」
「うーん……じゃあ、ラクエルからどうぞ。ぼくは誓いの文句を言うね」
わたしはジュリアンの前に跪き、彼はわたしの肩に剣を置く。そして誓いの言葉。
「汝、この秘密を守ることを誓うか」
「ちかいます」
宣言が終われば、わたしの前に剣が向けられる――はずだったのだが、中々来ない。不思議に思ったわたしは、ジュリアンを見上げて小首をかしげた。彼は頬を赤くして、もじもじしていた。
「あの、もう一つ誓いを追加してもいい……?」
「いいよ。でも変なのはやめてね」
「変……じゃないと思うから大丈夫だよ……。じゃあ言うね。
汝、我と終生供にあることを誓うか」
「……どういういみ?」
「えっと……、ずっと一緒にいてくれる? ってことかな……」
なーんだ、そんなことか。わたしたちは友達なんだから、いつだって一緒なのに。幼いわたしは、単純にそう思った。
ただ、今思い返すと別の解釈もできる。あの時のジュリアンの顔はとても真っ赤だった。それを思うと、もしかしたら含みがあったのだろうか。しかし彼は極度の照れ屋。数少ない友達を失いたくない。そう思っていたと考えた方が自然なのかもしれない。
とにかく、あの頃のわたしにとって、ジュリアンは一番の友達だった。誓いを立てないわけがない。
「もちろん、ちかいます」
わたしの宣言に、ジュリアンはほっとした笑顔を見せた。そして今度は彼も同じように誓いを立てたのだ。
それ以来、わたしたちは騎士とお姫さまごっこに興じた。時にはジュリアンを飾り立てて遊んだりもした。
ジュリアンはわたしの服を色々と着こなしていったけれど、髪飾りだけはいつも同じだった。わたしの作ったリボンである。初めての変身を遂げた日、彼はそれを大層気に入ったらしく、強請られたのだ。
自分の作ったもので、そこまで喜んでもらえるのはとても嬉しかった。そして思った。ジュリアンがこんなに喜んでくれるなら、もっといいものを作ってあげたい、と。
わたしは裁縫に熱を入れた。しかし髪飾りが出来上がることはなかった。父が破産して、それどころではなくなったからだ。
やり手だった祖父が死に、父がその後を継いでいたけれど、生憎と彼には商才がまるでなかった。我が家は坂道を転がり落ちるように落ちぶれ、ついには家を手放し、家族は離散。幸いにもわたしは裁縫がそこそこできたので、亡き祖父の縁故を辿り、服飾店に奉公することができたのだった。
ジュリアンとはそれ以来会っていない。彼の家に伺おうかと考えたこともある。しかし落ちぶれてしまったわたしが行っても、使用人に門前払いをされるだけだと思ったので、やめておいた。
もし父が破産しなければ、わたしは彼とどうなっていたんだろう。結婚してたのだろうか、それともやっぱり友達かな。今頃どうしてるかな。可愛い物好きは相変わらずなんだろうか……。
「どうしたの? ニヤニヤしちゃって」
その指摘に、わたしの頬が赤くなる。過去に思いを馳せる原因となった方が、わたしを不思議そうに見詰めていた。
ジュリアン・ドレークさまである。幼馴染と同名ではあるけど、彼とは似ても似つかない凛々しい騎士だ。艶のある栗色の髪を優雅に結い上げ、見るものをハッとさせる美貌、そして騎士団の中でもスバ抜けた剣の使い手。女性としての美しさを損なうことなく、強さも兼ね備えた、まさしく幼いわたしが憧れ、なりたいと思っていた騎士さまそのものだった。
そんな憧れの人に、わたしは今お茶をご馳走になっている。本当は兄に用事があったけれど、取り次いでくれたジュリアンさまが誘って下さったのだ。わたしはこの幸運を逃すまいと、一も二もなく応じた。急ぎの用事でもないし、兄のことは後回しだ。
にしても、この至福の時に気を逸らしてしまうなんて、もったいない。しかも変な顔も見られちゃったし。
わたしは照れ笑いで誤魔化し、お茶を飲んで喉を湿らせた。
「昔のことを思い出してたんです」
「楽しい思い出だったわけね。どんなことかしら」
さあ、お話しなさい、とジュリアンさまがわたしの頬を突く。彼女の御希望なら叶えないわけにはいかない。ジュリアンさまの力強い瞳に見つめられると、わたしはどうしてだか言うことをきいてしまうのだ。
わたしは、こそばゆさにくすくす笑いながら語りだした。
「実はわたし、子供のころは騎士になりたかったんです。ジュリアンさまのような素敵な騎士に」
「まあ。ラクエルにそんな風に思ってもらえるなんて嬉しいわ。ありがとう」
そう言ってくすぐったそうに笑うジュリアンさまは、美しいだけでなく可愛らしい。美人は三日で飽きるなんていわれているけど、そんなのは嘘だ。彼女の表情や仕草に、いつもわたしは虜にされているのだから。
「それでね、幼馴染と騎士ごっこをしてよく遊んでたんです。その幼馴染っていうのが、ジュリアンさまと同じ名前で……、貴女をみてたらふっと思い出しちゃって」
「そうなの。お転婆少女だったわけね」
ジュリアンさまは聞き上手だ。本当に楽しそうに聞いてくれるので、ついぺらぺらと口が軽くなってしまう。
「ええ。あだ名を子猿って付けられるほどに」
「ひどいわね。可愛い女の子に向かって」
「でも本当に猿みたいだったんですよ。木登りはするし、男の子は遣り込めちゃうし、騒がしかったりで」
「そのおかげで今の貴女があるのね。溌剌とした可愛らしさはラクエルにピッタリだわ」
いつものわたしなら、はいはいそーですか、と笑って受け流すところである。しかしジュリアンさまの愛おしむような目で見詰められると、わたしの胸の鼓動は動きを早くし、お喋りなはずの口が動かなくなってしまうのだ。美人の威力、恐るべし。
ジュリアンさまは相変わらずの目で、面白がるように見詰めてくる。恥ずかしくなってしまったわたしは、慌てて話題を変えた。
「あ、バイオリンの音が……綺麗ですね。誰が弾いているんでしょう」
「ああ、バーナードね。女性を口説くための手段を磨いてるのよ」
なるほど。相変わらずの気障っぷりに、苦笑いが漏れる。イアン・バーナードは騎士団きっての美丈夫で、女性関係が派手なことで有名だ。彼にしてみれば、女性は口説くのが礼儀らしく、親友の妹であるわたしにも粉を掛けてくるほどだった。
それにしても、見事なバイオリンの音色。流石は腐っても名家の息子。などと失礼なことを思いつつ優雅なワルツに耳を傾けていると、ジュリアンさまが不意に立ち上がった。
「ね、踊らない? ペアダンス」
「えっ!? でもわたし、ペアダンスなんて小さい頃やったきりで覚えてるかどうか……。そもそもわたしもジュリアンさまも女じゃないですか」
「大丈夫よ。私は男性パートも踊れるの。リードするから、ね」
さあ、お嬢さん、お手をどうぞ。その言葉と共に、差し伸べられるジュリアンさまの手。凛々しくも優雅な動作に、わたしの目は釘付けになる。何て素敵なんだろう……。
「さあ、お手を」
色気を含んだハスキーな声で促され、あの目に見詰められてしまえば、わたしはその手を取るしかなかった。
そしていざ踊り始めると、わたしの胸はこれ以上ないほど高鳴った。彼女とこんなに密着したのは初めてなのだ。彼女は意外とがっしりした身体をしていた。日々の鍛錬の成果なのだろう。そのせいか、女性ではなく男性と密着しているようで、余計にドキドキするのだ。
しかも、しかも! ジュリアンさまってば何ていい香りなの……! 香水のようにきつい匂いではなく、爽やかな芳香がほのかに香る。わたしはここぞとばかりに、ジュリアンさまの香りを思う存分堪能した。我ながら変態染みているとは思ったけど、こんな機会は滅多に訪れないのだ。今やらずにいつやる!
そうしてわたしはジュリアンさまのリードに身を委ね、音色がやむまでの間、夢見心地でワルツを踊った。
「あら、もう終わっちゃったの」
「でもとても楽しかったです。ジュリアンさまのリード、素敵でした……」
「あなたも素敵よ。お姫さまみたいだったわ」
「あはは、柄じゃないですよ」
お姫さまって。わたしは今や単なるお針子なのだ。冗談としてはまあ面白いかもしれないけど。
笑うわたしの顎を、ジュリアンさまの指先が捉える。自然と彼女を見上げるような形になり、お互いの視線が交差する。彼女は切なげな顔で、紅い唇を動かした。
「おお、姫よ、悲しいことを言わないで下さい。そしてどうか私に笑顔を見せて下さい。貴女の笑顔が私の心に光を差すのです」
あ、これ今人気の劇の一節だ……。
「貴女の従者にひと時の恩情を。その無垢なる唇からお与えください……」
ジュリアンさまの美しい容貌が、わたしの顔に近づく。そして……
「なんてね」
すらりとした長い指が、わたしの唇に軽く触れた。
「あんまり可愛かったものだから……。ちょっとやってみたかったの」
呆然とするわたしに、ジュリアンさまが照れの入り混じった笑みを浮かべる。次の瞬間、ノックの音でわたしは内心飛び上がらんばかりに驚き、顔が火を噴きそうなほどに赤面するのがわかった。
「どうぞ」
幸いにも、ジュリアンさまは来訪者の対応に行ったので、その顔を見られることはなかった。訪ねてきた人にも、こんな顔は見られたくない。わたしは慌てて入り口から体をそむけた。
今の、何!? 恥ずかしい! ジュリアンさまが美人過ぎるから……! でも、それだけでこうなるものなの……? ううん、きっとそれだけだ。だってわたしたちは女同士なんだもの。いい加減、ジュリアンさまに対して免疫を付けないと……。
「ジュリアン、実家から使者殿がお見えだぞ」
「わかりました。すぐ行きます。ラクエル、付き合ってくれてありがとう」
「あ、はい……!?」
ジュリアンさまからお声がかかり、急いで振り向いたわたしは、ぐっと言葉に詰まってしまった。訪問者は兄のルーカスだったのだ。声を聞いて、気付かないほどに混乱していたらしい……。
ジュリアンさまが去った部屋に兄と二人きり。彼の眼は明らかにわたしを咎めていた。
「近親者でもない団員の部屋に入り浸るのは関心しないな」
「でも、女性のお部屋なんだからいいでしょ?」
「部外者を連れ込むジュリアンにも問題があるが……。とにかく、お前は団員ではないのだから。いいね?」
「はい……」
言い方は優しいけれど、厳しい目を向けられて、わたしは渋々頷いた。父代わりだった彼は、わたしにとって時折怖い存在となるのだ。
「それで、俺に用があったんだろう?」
「あ、うん、そうなの。新しい服を持ってきたから、使ってね」
「相変わらずいい出来だね。ありがとう」
兄は厳しい顔つきを緩ませ、わたしの頭に軽く手を置いた。こういうところは本当に大好きなのだ。非の打ち所も無く、文句の付けようもない人。しかし最近になって困った所も見えてきた。
いい人はいないのか、とか結婚する予定の人はいないのかとか、立派な男性を紹介してやるとか、行き遅れるぞ、とか……。会うたびに聞かれ、言われるのだ。確かにわたしは十八歳の適齢期ではあるけど、勘弁して欲しい。兄として心配してくれているのはわかる。が、あまりに何度も言われるとうんざりしてしまう。
今日も例のごとく、尋問と斡旋の攻撃を浴びせてきたので、わたしは早々に兄の部屋から退散した。
もう、これだから! しばらくはルーカスに会いたくない! ぷりぷりしながら宿舎から出ようとして、わたしは足を止めた。
物憂げな顔つきのジュリアンさまが、入り口に寄りかかっていたのだ。憂いのある表情も素敵……。などと寝ぼけたことを思いながら、彼女に歩み寄る。ジュリアンさまは、わたしが近寄っても気付かないほどに考え込んでいるようだった。珍しい。何かよくないことでもあったのだろうか。
「ジュリアンさま、どうなさったんですか?」
「ああ、ラクエル。貴女を送ろうと思って待ってたの」
そう言って破顔するも、その笑顔にはどことなく陰りがあるようだった。
「まあ、ありがとうございます! じゃあお願いしますね」
「ええ」
街の喧騒とは裏腹に、わたしたちの歩みは静かなものだった。さっきは素敵だと思った憂い顔も、ずっと見ていると辛くなる。わたしが彼女の悩みを祓うことが出来ればいいのに……。
「ジュリアンさま、何かよくないことでもあったんですか? お元気がありませんね……」
逡巡した末に、わたしは思い切って話しかけた。こういうときは、誰かに打ち明けるだけでも気分が違うものなのだ。
「うん……。いい加減結婚しろって言われてね」
「あ……」
そういえば、ジュリアンさまは十九歳だと伺っていた。彼女も立派な適齢期なのだ。これれほど美しく気立ての良い人が、今まで独身なのが不思議なくらいだった。
「じゃあ、騎士団をやめて、ご結婚されるんですか……?」
「そうなると思う……」
「そうですか……。寂しくなりますね……」
ううん、寂しいなんてものじゃない。ぎゅっと胸をつかまれたように苦しかった。うっかりすると、涙まででそうになる。こうまでくると、認めざるを得なかった。
わたしは、ジュリアンさまのことが、好きなんだ……。
だからといって、自覚したばかりの想いを、わたしはどうしたら良いのかわからなかった。告白なんてしようものなら、いくら優しい彼女でも引くかもしれない。そうなったらわたしは立ち直れないだろう。せめて彼女に会って話せるだけでもいい。このままお別れなんて嫌だった。
「あの、ご結婚されてもまた会えますか?」
「どうかな……」
「そうですか……」
俯き、ぎゅっと唇をかみ締める。本当に涙が出てしまいそうだった。
そんなわたしの手を取り、ジュリアンさまは、先ほどとは打って変わった力強い笑顔を浮かべていた。
「…………いえ、会えるわ。会いに行くから」
「はい……」
これだけでもわたしは十分幸せだ。そう自分に言い聞かせる。
わたしとは対照的に、ジュリアンさまは元気を取り戻したようだった。いつもの調子で楽しいお話を聞かせてくれる。
しかし楽しかったはずのジュリアンさまとの時間は、わたしにとって切なくも辛いものに変わっていた。