凜ってどんな子?
時間は掛かりましたが、コメントも貰ったので書き上げてしまいました。
楽しんで読んでいただけると幸いです。
東都の志岐町。それが東野拓海と北篠凜の暮らす町だ。
この志岐町には半径5キロの範囲にスーパーやショッピングモール、ホームセンターにファミレスなど、果ては観光名所まで割と手広くそろっている。交通もよく、坂は少ないが自然は多めな暮らし易い土地だ。
そんな土地柄、拓海や凜の通う大学までは、家から徒歩で10分ほどの距離にある。
2人はやや曇った空を見上げながら同じ大学を目指していた。
「あー、これは下手すると今日中に降るんじゃないか?」
今朝の天気予報を思い出し、拓海がそう呟く。予報では曇りだったので傘は置いてきてしまっていた。
「……わたしは……傘、持って行こうって……言った」
「いや、でもさ。予報は曇りだったしなんとかなるかなーって」
「……そう。拓海が言うなら……合わ、せる」
相変わらず空を見上げたままの拓海とは対照に、凜はあまり気にしていない様子で歩を進めていく。……が、
「まぁ、俺は天気予報のお姉さんを信じてるからな。あの笑顔なら昼から晴れるさ」
拓海が笑顔で零した一言で、凜の足が止まった。
「ん、どうした?」
「……拓海……」
「お、ぅ……?」
「今日のメニューに、腕立て100回追加」
「あぁ……、え?」
世間話はこれで終わり、とばかりに先に歩いていく凜。呆然と後ろ姿を眺めて、天気とリンクする様に拓海は表情を曇らせる。拓海の日課である筋トレは、こうして凜が作り上げていくのだった。
「はぁ……、これって俺が悪いんだろうか」
歩きながら拓海は携帯を取り出す。最近になって機種を変えたスマートフォンだ。慣れた手つきで取り出す割に、操作はぎこちない。
「今日、は……と。物理に古文に英会話か」
使う機能も多くなく、電話にメールにメモやカレンダー、それぐらいのものだ。今回はメモを開いて授業を確認する。と、続いて忘れ物を確認する頃には学校に着いていた。
2人の通う東都志岐学院大学という学校は、規模が広く設備もそこそこに揃っている国立大で、生徒数が学年で200人程度しかいなく、成績は中の上から上の下という大学だ。これだけだと個性に欠ける気もするが、研究に芸術にスポーツ、医療や音楽など多岐に渡って力を注いでおり、実際は個の特色が強い国風がある。
その校内。一限、二限と別々の授業を受けていた拓海と凜は、昼のチャイムで校庭へと移動していた。
「………………」
幾つかあるテーブルの一個に対面に座る2人。
凜はいつもの様に無言でいそいそと弁当を広げていく。表情に暗さはなく、心なしか楽しそうだ。それを見て拓海も包みをほどいていく。
「……コロッケ、入ってる……」
弁当の中に好物を見つけたのか、僅かに上気する凜。よく見ると、長い黒髪から少し出た耳が気分に合わせて微かに動いているようだった。その様子を見た拓海がおずおずと口を開く。
「あ、ごめん。朝は時間なくてさ……その、それ冷凍なんだ」
ビクッ、と凜の肩が大きく揺れた。蓋を開けた体勢のまま固まっている。
「えぇと……ごめんって。そんな喜ぶと思ってなくて、悪いかなーとか思ったんだけど、時間なかったし、ほら、遅刻したくないだろ。仕方ないかなーとか、思って、さ……?」
アタフタと急いで言い訳を並べる拓海。やってしまったか、と顔を覗き見ると、どうやら既に遅かったようで。
「……ぅふ、ぇ……すんっ……」
凜の瞳からなにかが零れようとしていた。
「うぁぁぁ! ごめんごめん! 俺が悪かったって! ここ人もいるから今は抑えてくれ!」
「……わたひっ、の……たのっ……しみ、が……うぇ……」
必死の制止も叶わず嗚咽を漏らす凜。
「帰りになんか買うから! あ、あれなんてどうだ? あの精肉店のサックリメンチ……ぐへっ!?」
凜をなだめる拓海の頭上に、突然、ガンッと叩かれたような衝撃が走った。いきなりのことで、テーブルに顎を叩きつけてしまう。どうやら2人のやり取りを見ていた男が唐突に殴ったらしい。ちら、と見えた手は握りしめられている。つまり、グーの形だった。
「いってっ!! なにすんだ!?」
頭を抑えて抗議する拓海。立ち上がった所で勢いが収まっていく。誰だ、と顔を見るとどうやら知り合いのようだ。
「ヒメ凜? 拓海に泣かされたのか?」
「おい、無視すんな。河西さん、おい」
この河西と呼ばれた男は『河西蒼太 かさいそうた』。拓海らの同級生であり、高身長にモデル顔負けの容姿を持つ。悲惨な学校生活を送ってきた拓海にとっては天敵である。金髪にピアスという風貌の所為かたまに不良に絡まれるようだが、すぐに逃げるところを見ると、喧嘩や運動などは苦手らしい。2人とは大学からの付き合いのため不明な所が多く、凜を初対面にして姫と呼んだことでくっつけてヒメ凜、と呼ぶ。
その河西が拓海を睨みつけた。
「なぁ、拓海。オレのヒメ凜になにしてくれたんだ? 怒るけど言ってみ。怒るけど」
「わざわざ強調しなくていいだろ。まずお前のじゃないから。って結局怒るのかよ! まず事情も聞かずに人の頭を叩いたことに謝れ!」
やれやれ、とため息を吐く蒼太。
「あ、そっか。お前は日本語が話せないんだったな。なぁヒメ? コイツはキミになにしでかしたんだ?」
そう言って凜に視線を向ける。これにはすかさず拓海も割り込んだ。
「お前ホント覚えとけよ。ともかく訂正しとくけどなにもしてないって。凜からもこのバカに説明してやってくれ!」
2人から説明を! と言わんばかりの視線を受け、凜が眼の潤んだ顔を上げる。そして、
「……わたしの……キモチ……踏みにじって、なかったことにしよう……とした」
「……は?」
「なっ!? 拓海、お前……!」
状況を混沌とさせる一言を放った。
少し追記するなら、凜は拓海の作ったコロッケが好物である。一個投入するだけで3日は動けてしまうほどには。凜にとって大事なそれを冷凍で代用され、しかも好物入れれば許されるか、などという打算も見えるような代打案など侮辱もいいところ。ましてや、店のメニューで代用されて満足する筈がないのである。
よって、
「おおおい! 待て! ちっともそんな話してない!」
「黙れ。お前はもう死ぬんだ……姫、ご命令を」
「20回半殺し。トッピングで投げ技に締め技」
「全力でやらせて頂きまぁぁぁぁす!!」
拓海の判決が決まった。
「それは流石に死ぬ! 冗談抜きでマズいから!」
蒼太が拓海の腕を掴む。
「これはもう駄目ですわ。遺言なら聴かんし、お前の骨はその辺に撒いといてやる。てことでまず、投げからぁぁぁぁぁ!!」
「落ち着け、話せば解るさ。俺はなにもしてなーー」
直後に拓海の視界がブレる。
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
ズダァン! 辺りに鈍い音が響いた。あまりの衝撃に、周囲の人間が思わず食事の手を止める。それがこの後、連続して20回に渡り響いたのだった。
決死の説得で無事誤解を解いた後、2人は次の授業を受けに教室に向かっていた。受ける授業は別々だったが、教室までの方向は一緒になる形だ。
「……やりすぎちゃっ……た」
「てへ、とか言ったら抱き締めてやるからな!」
「え……じゃあ……てh」
「冗談だ。さっきの仕返しだからノーカンだな」
更に傷を増やした拓海がフラフラと授業を受けに行った。
暫くして、終了のチャイムが鳴る。
拓海の最後の授業は英会話だった。もっとも、頭に入ったのは冒頭のハロー、ぐらいのものだったが。
「いっててて……立つだけで痛いとかやりすぎだろ」
帰り際、同じ授業を受けていた女の子が拓海に声を掛けてきた。
「東野くん、だっけ? 大変そうだねー」
「あ、そうだけど……。えっと、話したことあったっけ?」
見れば大人しそうな子のようだが、髪を金に染めていたり、化粧が濃い気がしたりとあまり良い印象を受けず、曖昧な態度で返事をしてしまう。
「ううん、ないよー。ただ、いつも可愛い子と一緒にいるよね? 今日はいないのかなーと思って」
(なんだ、また凜目的か)
拓海は普段から凜との橋渡しにされることが多かった。幼馴染みから見ても可愛いと言わざるを得ない容姿があるのだから、声を掛けられるのも頷ける。だから、女の子だというのは珍しかったが今回もそうだろう、と断定するのも早かった。
「アイツに用事だった?」
凜の組んだ授業予定だと今日はもう一時限あった気がする。みっちりと虐待を受けた拓海は先に帰る気でいた。
「たしかもう一時限あったんじゃないかな。伝言なら言っとくけど……」
「あ、そういうんじゃないんだー」
(じゃあなんなんだよ……)
もともと人付き合いが苦手な拓海は、疲れて帰ろうかという嫌なタイミングと相まって、少しうんざりし始めていた。……かと思うと、
「気になったから声掛けただけ。じゃあ先帰るから、バイバイ」
「あぁ、うん」
相手の子は、それだけ言ってさっさと帰ってしまう。そんな少し忙しない様子に頭を傾げるが、今の拓海にそんなことを気にする余裕はなく、一段落した安堵感に後押しされ学校を後にした。
「うぁぁ、疲れた。先に風呂でも入っとこうかな……」
自宅。テーブルにソファーにテレビにあとキッチン、という簡素なリビングで、拓海はソファーに寝転がったままリモコンに手を伸ばす。
プッ、短く電子音。
「しまった、スーパー寄るの忘れてた」
思わず頭を掻く。今日は豚肉が特売だったのに。今朝見たチラシを拾ってゴミ箱に投げ入れた。
「あ、今日は凛が遅いんだっけ。……メールいれときゃいいか」
共同生活は助け合いが大事だからな、などと考えながらスマホのディスプレイに目をやる。
(あれ、メールが一件? あぁ、マナーモード入れっぱなしだったから気付かなかったのか)
講義中に着信あると嫌だしな、と指をはわすタイミングで、通知欄の新着の文字に気付いた。
(珍しいな、誰からだ?)
慣れない操作に手こずりながらもメールを開く。と、
「ーーーーッ!?」
ディスプレイに表示された画面に、拓海は目を見開いた。
嫌な感触が一気に背中を這い上がっていく。つーっ、とこめかみを汗が伝った。
次の悪寒が背中を這う頃、拓海はなにかに弾かれるように跳ね起きる。
その際のスマホが落ちる音にも構わず、その辺にあった上着を乱暴に掴むと部屋を飛び出した。
ーー簡素なリビングに、床に落ちたスマートフォンが一つ。ディスプレイにはメールを開いた画面が映っている。
そのメールに添付された写真が一件。
両手を縛られ、眠っているらしい少女が写った写真。
東野拓海のスマートフォンに、北篠凜という名の表示があった。
これを読んでる、ということは2話も読んでもらえたことと思います。
恥を晒してるのと同義な訳ですが、それならいっそ。
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