腐女子、童貞、七不思議
のどかな秋のとある日曜日の午後。
のしり、と自室のベッドで気の赴くまま惰眠を貪っていた俺を襲ったのは、幼なじみの腐女子だった。
「ちょっと! これ見てよ! ヤバくない!?」
「だああああああ!? お前はなんつうもんを見せてくれるんだ!?」
いきなりの重量にびっくりして目蓋を開けると、目の前には美少年共が熱くキスをしている小説の表紙が。うわ、すげぇ鳥肌立ったんですけど!
俺が必死で顔を背けようとすると、腐女子は興奮しながら余計に目の前に本を押し付けてくる。
「この人たちさ、あっ君とまー君に似てない!?」
あっ君とは俺のあだなだ。まー君とは、この場にいない、紳士ぶったもう一人の幼なじみだ。
「あぁ?」
意を決して表紙を見てみると、確かに何か顔の作りが俺とまー君に似ている気が……、うわああああああ!?
めっちゃ、キスしとるやん!? 何気に半裸やん!?
「ねぇねぇ、この際だからさぁ、この小説を私達でドラマ化しない!? 絶対売れるわ!!」
「却下に決まっているだろ腐女子!」
この腐女子は一体どんな爆弾を落としてくるつもりなのか。俺は健全な男子高校生だぞ!?
「いいじゃ~ん」
のしのし、と身体を俺の胸のあたりにまで移動させてくる……、っておい。俺は思わず半眼になる。
「お前パンツ見えとるぞ、隠せよな」
ほうほう、水色と白のストライブですか。まぁ、至って普通のパンツですな。男子高校生は今日も健全です。
「はっ。童貞のあんたに見られて減るもんじゃないもの」
このアマ、人が気にしていることを!
「それはともかく、取り敢えず脱ぎましょう! 脱いだまま、まー君のお家まで行くよ!」
「ちょっと待て! あ、こら! ズボン脱がせんな!」
そもそも服着ないで外行くとか警察行きだ!!
俺は必死に腐女子の魔の手から逃れようとするが、彼女の目は獲物を見つけた獣のように爛々と輝いている。取り敢えず、ズボンは死守せねば!
ガチャン。
不意打ちだった。扉が開いた音がしたので思わずそちらを見ると、噂をすればなんとやら。まー君が立っていた。───爽やかな笑みと共に。
「お邪魔でしたね」
そう言ってそそくさと扉を閉めて出て行こうとしたまー君を、俺は必死で引き止める。
「行くな! 行かないでくれ! 助けてくれ!」
「あ、ちょうど良かったまー君! ちょっとさぁ、あっ君を押し倒してくんない?」
「ひいいいいいいいいいいい!?」
腐女子が何か言っとるぞ!?
「個人的には、あっ君はツンデレの受けで良いと思うんだよね~」
「あぁ、また例の趣味ですか。まあ、いいですよ? 僕はりっちゃんに喜んでもらえれば嬉しいので」
おいそこの奴隷紳士。何を納得してるんだ、俺を助けるんだ、お願いだから今すぐに救助してくれよ。ちなみに、りっちゃんは腐女子の事な。
「よっこらせ」
「ひいいいいいいいいいいい!?」
本日二度目の情けない悲鳴が俺の口から漏れる。てか、よっこらせじゃねぇよまー君! 爽やかな笑みのまま、腐女子と位置を変わってんじゃねぇよ!
「ふふふ。この小説はね、学校の七不思議を解き明かそうと、夜の学校に行った男子達の欲情シーンがヤバいのよ……、吊り橋効果ってヤツ?」
「ないないない! そんなヤツ、ぜってぇ男子じゃねぇ!」
俺は断固として認めないぞ!
「まあ、それはいいとして。まー君、何かエロいことをあっ君にして上げて~」
「とは言われても……」
さすがにまー君でも越えられない一線があるらしい。そういう思考はちゃんと持ってるんだな。安心した。
「やってくれたら、あたしが同じ事してあ・げ・る♪」
「すまない、あっ君。背に腹は変えられない」
「正気を保てエセ紳士!」
前言撤回。俺の唇めがけて自分のそれを当てようとするまー君の顔を、必死で押さえる。俺の貞操は俺が守る……!
俺とまー君が死闘を繰り広げている間、腐女子は目を爛々と輝かせてこの光景を見ていたが、やがて俺が折れないのを見て諦めたのか、それともただ単に飽きたのか、腐女子はおもむろにスマホをいじりだした。白色の本体に可愛らしいハートのストラップがついている実に可愛らしいスマホだが、俺は知っている。あの本体のデータの大半が、男共の禁断の愛の画像庫であることを。
「さっさとヤっちまえよ」
「お前死ね! お願いだから死んで性格直してこい!」
「なーんのことー?」
ぼそりと聞こえた呟きはとんでもないものだった。腐女子怖い! さすがのまー君も唖然としている。……よし、今のうち!
俺は思いっきりまー君を押しのけて、脱出する。その際に反動をつけるため、かなりまー君の顔と接近したが問題なし。
俺はそのままりっちゃんの方へ歩き出し、般若の形相になり、ついでに拳を鳴らしてみる。
「覚悟はいいか……?」
「いやーん、こわーい」
全然想ってもいない事を言うように、腐女子は棒読みだ。
「歯を食いしばれ……!」
本来、女子に手を挙げるなんて言語道断だが、今は別。俺の貞操の為だ!
「きゃー」
恐怖よりも、黄色い声と共にりっちゃんは俺にスマホの画面を差し出す。
「…………………ぶっ!?」
な、なななななんだこの写真! 俺とまー君がキスしとるぞ!
「ご馳走様です♪ さて、送信」
「ご馳走様じゃねえええええ! てか、送るな! 削除しろ! 俺の人生返せ!」
「いやー、あっ君からやってくれるとは思わなかったよー」
「やってねえし! これアレだろ! さっきまー君を退けるときに接近したやつだろ! 断固してねえからな!」
「照れるな照れるな」
「僕、初めてでした(ポッ」
「まー君紛らわしいこと言うなあああああ!」
俺の絶叫が部屋中に響き渡る。あぁ……、明日から学校行けねぇよ……。どうしてくれるんだよ、俺の人生返せよ……。
「大丈夫よ。需要あるから」
「うぜえええええ!!」
これ以上ない爽やかな腐女子の笑みは恐怖だ。そしてまー君よ、お前も何か言えよ。お前の貞操も危機に陥っているんだぞ。
俺の視線に気づいたまー君は、にこにこと笑みを浮かべる。意味が不明だエセ紳士め。
「ちょっと、どこ行くのよ~?」
「お前らのいないとこだ……!」
寝直して明日の地獄の登校に備えるんだよ、コノヤロー。
今回のお題「腐女子、童貞、七不思議」
お題提供者:濡れ丸 様