旧雇主に濡れ衣で職を奪われた監査官を罰として渡されましたので、失われた一冊で彼の汚名を覆して伴侶にします
笑い声が、机の上の処分書を一枚震わせた。
「横領犯の身元引受け。帳面しか取り柄のない娘にはお似合いでしょう?」
レナーテ様は白い指で机を二度叩いた。私の返事を待つためではない。笑いをもう一度聞かせるためだ。
市庁の隅で、旧商会の書記二人も口元を伏せた。立会人欄へは素早く署名した方々である。肝心の指示者欄は空白。共同作業というものは、責任以外を分け合うと大変はかどるらしい。
向かいに立たされたエリオットさんは、外套もなく、薄いシャツの袖口から骨ばった手首を出していた。
「銀貨二百四十枚を横領し、監査官を解職された男です。善意で再就職先を用意いたしましたの。あなたの家も困っているのでしょう、帳面娘」
善意。
私は左手を机の下へ隠し、人差し指を折った。
一つ。処分書の日付が、問題の支出日より一日早い。
二つ。不足額は銀貨二百四十枚なのに、添付された回収報告にも同額が記載されている。なくした銀貨を回収したのなら、銀貨が二度働いている。私より勤勉だ。
三つ。監査官の署名はある。立会人二名の署名もある。なのに支出を命じた者の欄だけが、きれいに空いていた。
「聞いておりますの、帳面娘」
「はい。四つ目を数えそうになっておりました」
「四つ目?」
「いえ。三つで結構です」
危ない危ない。証拠にならないものを勘定へ入れるところだった。
私は処分書を持ち上げた。紙の端から、同じ番号を持つ控えが三冊存在すること、市庁控え、監査官控え、商会控えの一致した頁だけが訂正対象になることを確かめる。
「身元引受人になると、わたくしはこの処分の当事者になります。該当頁を自分では認証できません。それでもよろしいのですね」
「認証?」
レナーテ様の指が止まった。
「引き受けるのか」
エリオットさんの声は低く、短かった。
「俺を引き受ければ、君まで疑われる」
「すでに帳面娘と呼ばれております。疑いより先に値踏みが済んでいるので、順番の訂正は不要です」
「レギーナ」
「はい」
「俺が訊いたのは、君の意思だ」
私は処分書ではなく、彼を見た。
くたびれた服。頬の薄さ。横領犯と呼ばれても、自分の無実を一度も叫ばない口。その代わり私が巻き込まれることだけを先に数える、監査官らしくない監査官。
「引き受けます」
レナーテ様が吹き出した。
「まあ。お似合いですこと」
「ただし、食費は二人分を請求いたします」
「好きになさい。横領犯一人を養えば、あなたの家などひと月で傾くでしょうけれど」
私の家はもう十分傾いている。壁へ置いた丸い果物が勝手に転がる程度には。
だからこそ、銀貨二百四十枚の不足を、数字の合わないまま放置する余裕はなかった。
私は三本の指を開き、処分書へ受領の署名をした。
* * *
「では、訂正は三つです」
翌朝、私は市庁控えとエリオットさんの控えをリヒャルト書記長の机へ並べた。
「第一に支出日。市庁控えは四月十八日。監査官控えも四月十八日。解職処分書だけが四月十七日です」
「処分が先で、横領が後か」
リヒャルト書記長は二枚を光へ透かした。
「画期的な犯行です」
「感想は記録しない」
「残念です」
「第二、支出額。第三、指示者欄。この二点はまだ開示条件を満たさない。商会控えは」
「紛失した、とレナーテ様は」
「ならば訂正不能だ」
情け容赦のない却下だった。私の家の困窮も、エリオットさんの薄い頬も、記録の欠落を埋める墨にはならない。だからこの人へ持ってきたのだ。
「商会控えの提出命令を出す。期限は七日。以上」
「承知しました」
帰り道でエリオットさんは私の荷物を半分奪い、半分どころか全部持った。家へ着くと、鍋には昨日より一人分多い豆が入っていた。
「勝手に二人分へ増やしましたね」
「食費は請求すると言っただろう」
「請求先はレナーテ様です。エリオットさんが働く項目ではありません」
「訂正する気はない」
温めた石が布に包まれ、私の右手へ押し当てられた。朱筆で荒れた指の節が、じわりとほどける。
「熱くないか」
「ちょうどです」
「指先が冷えすぎている。明日からは手袋をしろ。昼食も持て。帰りが遅いなら迎えに——」
「増えましたね」
「何が」
「言葉が」
エリオットさんは口を閉じた。
私は温石を持ち直した。訂正は不要だった。
* * *
「では、訂正は三つです」
七日後、レナーテ様が提出したのは革表紙の一冊ではなく、上等な紙へ清書された抜粋だった。
「ご命令どおり、商会の記録をお持ちしましたわ」
「一つ、頁番号がない。二つ、支出額がない。三つ、受取人欄がない」
「必要な箇所は抜き出してあります」
「必要な箇所を抜いたものに見えます」
レナーテ様の爪が机を叩いた。
「帳面娘。あなたの家へ横領犯を押しつけず、路上へ捨ててもよかったのですよ。恩を仇で返すおつもり?」
私の返事へ重ね、さらに二度。こちらが口を開くたび、指が机を鳴らす。反撃されない相手には、句読点までご自分で担当なさるらしい。
「その抜粋は商会控えとして扱えません」
リヒャルト書記長が入室した瞬間、レナーテ様の背筋が伸びた。
「もちろん存じております、書記長。これは概要でございます。市の信用を守るため、原本に不慣れな方にも分かりやすく——」
「返還先はどこです」
「それは次の頁に」
「ありません」
レナーテ様は紙をめくった。受取人を尋ねると頁を飛ばし、回収額を尋ねるとエリオットさんの回収実績を商会の功績として読み上げる。銀貨二百四十枚は忙しい。消え、戻り、また消える。
「原本は紛失しておりません」
戸口から、老書記のヒューゴが言った。
レナーテ様は振り返らなかった。
「四月十九日、北の別室へ移しました。耐火庫の二段目。鍵は四月二十日、レナーテ様へ返却。日付、部屋、鍵の順に記録しております」
「あなたは退職したはずでしょう」
「保管命令を出した方の署名も残っています」
ヒューゴは最後までレナーテ様を見なかった。
抜粋の端が、レナーテ様の指の中で曲がる。
けれど次に顔を上げたとき、口元には笑みが戻っていた。
「結構ですわ。原本をご覧になれば、監査官が不足金を隠したことも、帳面娘が偽証へ加担したことも明らかになります。公開閲覧になさいませ。わたくし自身がお持ちします」
ご自分で。大変ありがたい。閉まりかけた扉が、自ら蝶番まで油を差して戻ってきた。
帰宅すると、エリオットさんは私の外套を戸棚へしまった。
「明日は一人で閲覧室へ行くな」
「業務です」
「レナーテは何をするか分からない。公開閲覧でも、出入り口は——」
私は紙を一枚出した。
「同行者一名。閲覧中、同行者は資料へ触れない。わたくしの質問を妨げない。帰路だけ荷物を持つ」
「帰路だけ?」
「往路から持つと、わたくしが働いていないように見えます」
「実際、持たせる気はない」
「では同行を認めません」
エリオットさんは私を見て、外套を戸棚から戻した。条件書へ署名する。
「昼食も二人分です」
「そこは命令か」
「はい。最後だけは訂正不要です」
* * *
「では、訂正は三つです」
公開閲覧室には、商人、市の書記、市民が壁際まで並んでいた。中央の机には青い市庁控え、灰色の監査官控え、そしてレナーテ様が自ら運び込んだ黒革の商会控え。
三冊目は失われていなかった。
失われたことにされていただけである。
「訂正要求者、レギーナ。前へ」
リヒャルト書記長に呼ばれ、私は起立した。
「あなたは身元引受人であり、本件の当事者だ。自ら該当頁を認証することはできない。虚偽、誘導、記録の差替えが認められた場合、市庁の職を失う。その条件を受け入れるか」
「受け入れます」
「動機を記録する。簡潔に」
「わたくしの家は困窮しています。レナーテ様から『帳面娘』と呼ばれ、銀貨二百四十枚を横領したとされるエリオットさんの身元引受けを命じられました。処分書に三点の不一致を見つけ、引き受けました」
「私怨は」
「あります」
閲覧人がわずかにざわめいた。
「その私怨を、認証の根拠にするか」
「しません。ですので、当事者となった頁をあなたへ渡します」
私は朱筆を机へ置いた。
「記録した」
リヒャルト書記長は一頁目を開き、起立したまま読み上げた。
「公開照合の申立人、レギーナ書記。対象、元監査官エリオットに関する銀貨二百四十枚の不足処分。認証者、リヒャルト。申立人は認証、加筆、頁の移動を行わない。三冊の原本が一致した記載のみを採用する」
「異議がございます」
レナーテ様が上品に片手を上げた。
「帳面娘は横領犯と同居しております。証言の信用が——」
「呼称を訂正する。レギーナ書記」
「ですが」
「レギーナ書記」
レナーテ様の唇から、笑みが少しだけ削れた。
「……レギーナ書記は、被疑者と生活を共にしています」
「だから認証から外した。続ける」
リヒャルト書記長が青い表紙を開く。
「第一、日付」
私は親指を折った。
「市庁控え、第六十二頁を」
「支出日、四月十八日」
壁際から、商人たちが低く復唱する。
「四月十八日」
「監査官控え、第六十二頁」
エリオットさんが灰色の一冊を開いた。頁の角には擦れがある。解職されても手放さず、何度も確かめた跡だ。
「四月十八日」
「商会控えは」
「同じですわ」
レナーテ様が答えた。
「欄を読んでください」
「四月十八日」
「処分書の日付は」
「四月十七日です。けれど監査官が不正を始めたのは、それ以前で——」
「いま照合しているのは日付です。お顔は欄外へ置いて結構ですが、声は該当欄へお戻しください」
数人が喉を鳴らした。
レナーテ様がこちらを睨む。リヒャルト書記長が視線を上げると、声だけが薄く整った。
「……処分書は四月十七日でございます」
「不足が記録される前日に、横領による解職が決定されている」
リヒャルト書記長の復唱が議事録へ落ちた。
最初の訂正。笑い声はまだ残っている。ずいぶん端へ寄ったけれど。
「第二、金額」
人差し指を折る。
「市庁控えの支出額は」
「銀貨二百四十枚」
「監査官控え」
「銀貨二百四十枚」
「商会控え」
レナーテ様は頁をめくろうとした。
「その頁です」
「次頁に詳細が」
「その頁です」
「帳簿というものは前後を通して読まなければ——」
「レナーテ様」
リヒャルト書記長に名を呼ばれ、指先が止まる。
「銀貨二百四十枚でございます」
閲覧人がまた低く繰り返した。
「二百四十」
「二百四十」
「同額だ」
「回収報告を」
青い控えの後ろには、レナーテ様が市へ提出した報告書が綴じられている。
「不足金の回収に尽力し、市の信用を守ったのは商会です」
「回収担当者欄を読んでください」
「商会の監督下で——」
「担当者欄を」
レナーテ様の指が頁の角を擦った。
「エリオット」
「回収額は」
「銀貨二百四十枚」
「回収日は」
「四月十六日」
今度は誰も復唱しなかった。
不足が生じる二日前、全額が回収済み。翌日に解職処分。さらに翌日、同じ二百四十枚を支出。銀貨は働き者ではなかった。働かされていたのはエリオットさんである。
「横領犯が帳簿を操作したのです」
レナーテ様の声が急に大きくなった。
「回収した金を自分で動かし、不足に見せかけた。監査官だからこそできたことでしょう。わたくしは市の信用を守るため処分を——」
「第三、承認者と受取人」
中指を折った。
レナーテ様の声を、私の三本目が切った。
「先に保管の連続性を確認する。ヒューゴ」
老書記が黒革の一冊とは別の、細い保管簿を持って前へ出た。
「一頁だけ読み上げろ」
「四月十九日。商会控え第六十二頁を含む原本一冊を北の別室へ移動。耐火庫二段目へ封印。封印番号七。鍵は四月二十日午前、レナーテ様へ返却。移動命令者、レナーテ様。実行者、ヒューゴ」
「頁の差替えは」
「封印紙に破損なし。綴じ糸に切断なし」
「保管命令を出した方の署名も残っています」
ヒューゴは同じ言葉を置き、レナーテ様には目を向けず下がった。
「わたくしが保全を命じた証拠ですわ」
「同時に、紛失したという説明が虚偽である証拠だ」
リヒャルト書記長の一言で、レナーテ様の語尾が消えた。
書記二人が壁際で目を合わせる。身元引受けの日には一緒に笑った二人だ。片方が咳払いをし、もう片方が俯く。
「立会人二名の署名を確認した。指示欄を空白のまま閉じた事実、および紛失報告へ異議を申し立てなかった事実は、別件の調査記録へ記載する」
今度は二人とも笑わなかった。
共犯の沈黙も、帳簿では無料にならない。よい制度である。
「商会控え第六十二頁を開け」
レナーテ様が黒革の一冊を引き寄せた。
「これは監査官が作成した頁です。ここに彼の署名がある。ご覧なさい、支出を実行したのは——」
「一行ずつ読んでください」
「すでに説明を」
「日付」
「四月十八日」
「支出額」
「銀貨二百四十枚」
「承認者」
レナーテ様の爪が、紙へ食い込んだ。
「監査官が作った記録です」
「欄には何と」
「……レナーテ」
「声が届きません」
「承認者、レナーテ」
「受取人」
「エリオットが管理を」
「受取人欄です。レナーテ様、そのお顔は欄外へ逃げても無効です。受取人欄へお戻りください」
室内の全員が黒革の一冊を見ていた。
レナーテ様は口を開き、閉じた。机を叩いていた指は、頁の上で縮んでいる。
「読み上げない場合、リヒャルト書記長が代読します」
「……受取人、レナーテ」
声は、先ほどの半分もなかった。
「受取確認署名」
「同じです」
「署名者名を」
「レナーテ」
失われた一冊の、その一頁。
黒い表紙の中央で、銀貨二百四十枚の行が開かれている。日付、金額、承認者、受取人。動くはずのない四つの欄が、レナーテ様自身の声で埋まった。
リヒャルト書記長は青い市庁控えの折込みを開いた。受領票の署名が現れる。
レナーテ。
エリオットさんが灰色の監査官控えから、同じ番号の受領票を開いた。
レナーテ。
黒革の商会控え。
レナーテ。
三冊、同じ筆圧。最後の一画だけが上へ跳ねる、見慣れた署名。
「監査官は支出を記録し、受取人へ渡し、控えを保存した」
リヒャルト書記長が言った。
「受取人は銀貨二百四十枚を受領した後、同額を不足金として監査官へ負わせた。さらに、監査官が先に回収した二百四十枚を商会の実績として報告した」
「違います!」
レナーテ様が椅子を鳴らした。
「エリオットが、横領犯が勝手にわたくしの名を——」
彼女がエリオットさんへ責任を投げ返した瞬間、閲覧人は誰一人として頷かなかった。
商人が三冊の署名を見比べる。市の書記が回収日を指で追う。市民はレナーテ様ではなく、エリオットさんの前に置かれた灰色の控えを見た。
「横領犯ではない」
誰かが言った。
「記録を残した監査官だ」
「エリオット監査官」
別の声が続いた。
「エリオット監査官が、回収までしていたのか」
呼称が、室内を一巡した。
横領犯ではなく、エリオット監査官。
私の胸の内側で、銀貨二百四十枚を積んだ秤がようやく跳ね上がった。はい、三件とも訂正完了。利息として、その顔から嘲笑も差し引いておきましょう。
レナーテ様の口元には、もう何も残っていなかった。
* * *
「処分を決定する」
リヒャルト書記長は新しい書面を四枚、レナーテ様の前へ置いた。
「第一、虚偽の不足報告と解職処分の訂正。第二、銀貨二百四十枚および遅延分の賠償。第三、財産管理権の返上。第四、市内における毎月の返済義務。第三者監督下で給金と保有資産から支払い、その都度署名する」
「市外へ出ることは」
「認めない。返済が終わるまで市内に残る」
「わたくしの商会は」
「財産管理者が査定する。あなたが決める欄ではない」
レナーテ様の前から、商会印が取り上げられた。代わりに返済用の小さな印が置かれる。
最初の返済箱が運び込まれた。
「銀貨十二枚。確認し、署名を」
レナーテ様はペンを持った。先ほどまで机を叩いていた指が、今度は軸をうまく挟めない。
一枚。二枚。三枚。閲覧人の前で銀貨が数えられ、十二枚目が市の箱へ落ちた。
受領印が押される。
逃げ道ではなく、第一回返済済みの欄へ。
「署名を」
レナーテ様はご自分の名を書いた。三冊にあったものと同じ、最後だけ上へ跳ねる署名。ただし今回は受取人ではない。返済者だ。
「次に、エリオット」
リヒャルト書記長が灰色の控えを閉じた。
「解職処分を取り消す。信用記録を訂正し、市庁監査部への復職を認める。受けるか、エリオット監査官」
「受けます」
「レギーナ書記の申立てについても、手続き、照合、当事者頁の移管に瑕疵なし。身元引受けの判断は正当だったと記録する」
エリオットさんは私を見た。
温石を渡すときより慎重に、片手をこちらへ差し出した。触れず、待っている。
「レギーナ」
「はい」
「俺の職名を取り戻したのは君だ。だが、それを理由に君の返事を買うつもりはない」
閲覧室のざわめきが遠のいた。
「俺と婚姻してほしい。君の仕事も、判断も、俺の都合で狭めないと約束する」
私は差し出された手と、彼の顔を見比べた。
「書面にできますか」
「できる」
「即答ですね」
「この数日、言われると思って考えていた」
リヒャルト書記長が婚姻契約書を出した。用意がよすぎる。上席まで共犯なら、こちらも遠慮なく欄を増やそう。
私は朱筆を取り戻した。
「レギーナ書記、追記は簡潔に」
「一つ、わたくしの仕事を継続すること。二つ、記録の閲覧はわたくしの自由。三つ、外出を禁じないこと。必要な場合の護衛は一名まで」
エリオットさんの眉がわずかに動いた。
「夜間は二名」
「一名です」
「危険な地区では」
「一名」
「……承知した」
「四つ、私室への立入りは許可制。夫婦であっても例外なし」
「緊急時は」
「その文言は入れて結構です。緊急の定義は別紙にします」
「別紙」
「過保護にも項目は必要です」
エリオットさんは契約条項を端まで読み、黙って署名した。
私も署名する。
受理印が二人の名の間へ押された。
契約成立後、私はようやく彼の手に自分の指を重ねた。
「よろしくお願いします、エリオット」
「外套を着てくれ、レギーナ。指も冷えている。帰ったら温石を——」
「成立した途端に増えましたね」
「訂正する気はない」
私たちの席は隣に用意された。
向かいでは、返済監督者が来月分の書面を開いている。商会印を失ったレナーテ様は、銀貨十二枚の減った箱と、毎月署名する欄と、市外へ出られない処分書を順に見た。
最後にこちらを見たその顔には、もう逃げ込める欄外がなかった。




