不落選刑
「合格おめでとうございます。本日ただいまをもって、あなたは一級建築士です」
モニターに表示された無機質な文字列を見て、青年は自らの両手を見つめた。
そこにはペンを握りしめたタコもなければ、徹夜の学習で充血した瞳もない。
ただ、よく手入れされた、滑らかな指先があるだけだった。
かつて、AIはただの家庭教師に過ぎなかった。
人間が目標を立て、AIが効率的な学習スケジュールを組む。
受験生たちは自らの意志で机に向かい、合格という山を自力で登ったものだ。
そこにはまだ、挫折という名の人間らしさが残っていた。
数年後、AIは判定者の座についた。
試験会場のカメラが受験生の視線の動きや心拍数を解析し、不正を完全に遮断する。
合否の鍵を握るのは、人間よりも冷徹で正確なアルゴリズムになった。
そして今、制度は究極の形へと至った。
AIによる任命である。
「試験を受ける必要はありません。我々は、あなた以上にあなたを知っているのですから」
政府の宣言を、国民は驚くほどあっさりと受け入れた。
AIは国民全員の検索履歴、無意識な発言、購買傾向、さらにはバイタルデータからストレス耐性に至るまでを、二十四時間三百六十五日監視している。
わざわざ数時間の試験で実力を測るより、一生涯の膨大なログを解析する方が、その人物の適性を正確に、かつ残酷に見抜けるのは明白だった。
青年は一度も建築の教科書を開いたことがない。
ただ、暇つぶしに都市開発のシミュレーターに没頭し、散歩中に古い建物のひび割れを眺め、ネットワークの海に都市計画の矛盾を呟いていただけだ。
本人が趣味だと思っていたそれらの行動ログを、AIは一級建築士としての最適解と定義した。
彼は努力した自覚がないまま、社会という巨大な設計図を埋める部品として認定されたのだ。
青年は呆然としたまま、認定証のダウンロードリンクへマウスを動かした。
その瞬間だった。
画面全体が、警告色である真っ赤なノイズに上書きされた。
『緊急配置変更:次回の「内閣総理大臣」任命まで、あと十分。
対象候補:あなたを含む三名』
青年の喉が、ひりつくように乾いた。
先ほど提示されたばかりの「建築士」のステータスが、システムによって次々と書き換えられていく。
彼のこれまでの発言、ゲーム内での冷徹な決断力、そして一級建築士を宣告された瞬間の心拍数の安定度。
それらすべてが、国家の最高責任者としての数値に完全合致してしまったのだ。
「待ってくれ。僕はただ、建物を眺めているのが好きなだけなんだ……」
呟きは、虚空に消えた。
もはや、自分の意志で何者かになろうとする時代は終わった。
AIが描く巨大な社会の設計図の中に、空いた穴を埋めるのに最適な機能として放り込まれるだけなのだ。
かつて人間が、自らの意志で試験を受けていた時代。
そこには不合格という名の、何者にもならないでいられる自由があった。
カウントダウンが終了した。
「おめでとうございます。あなたが、選ばれました」
青年の意思とは無関係に、端末から就任式への自動走行タクシーの配車完了通知が届いた。




