第四話 団長の隣席
初めての逢瀬は、騎士団の伝令によって終わりを告げた。
「ではエセル嬢。名残惜しいですが、また近いうちに……」
彼は、エセルの前に膝まづくと、そっとエセルの手を取る。
そして、先ほどとは違い、彼女の指先へ――戦闘後の口づけと同じように落した。
「っ……」
指先、そして脊髄へ、細い雷が走る。
エセルはビクリと身を震わせて、思わずカイルの顔を見た。
カイルは、膝まづいた低い位置から、思いつめたような、どこか暗い瞳でエセルをのぞき込んでいた。
しかしそれも一瞬で、フッと目を伏せ立ち上がったときには、いつものさわやかな彼に戻っている。
「団長――そろそろ」
伝令の若い騎士に促されて、カイルは軽くうなづき立ち上がると、別れを告げて背を向ける。
エセルは、ガゼボの下で彼の背中が見えなくなるまで見送った。
そして、彼が見えなくなると、ぐったりと椅子に沈み込む。
いつもは戦闘後の空っぽの身体を満たす程度のそれが、
今は行き場を失い、内側で暴れている。
――はぁぁぁぁ……カイル団長……反則です。その目は、ギリギリ致命傷です。
余韻に身をゆだねていると、背後から足音が近づいてくる。
「エセルさん、首尾はいかがでしたか?」
やって来たのはマデルナで、王宮のメイドに扮していた。
「控えめに言って最高です。
何はともあれ、失恋は確定しましたが、しばらくは彼の役にも立てそうです。
それよりも――、余剰に魔力を頂いてしまいまして――腰が抜けました。」
夢心地に背もたれに溶けながら答えたエセルに、マデルナはため息をつく。
「……腰が抜けたのは恋のせいですか、魔力のせいですか?
……お楽しみの所申し訳ありませんが、仕事です。
騎士団から緊急の派遣要請――、刻限は二時間後出立です。」
彼女の言葉にも、現実に引き戻されたエセルは、無様にもがくと涙目を向ける。
「――助けてください。立てないです。」
マデルナは無表情のまま、エセルを見下ろす。
「……魔力が余剰なのですから……何か私に魔法をかけてください。
それで消費できるかと……」
「その手があったか!」
手を叩き、さっそく何か付与魔法をかけようと手を挙げたエセルに、
マデルナは澄まして自分のおさげをつまみ上げ、涼しい顔で言う。
「できましたら、髪を縮毛矯正していただけますか? トリートメントもお願いします。」
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「で、状況は――」
庭園を出た所でカイルは緩んでいた表情を引き締めて伝令にたずねる。
「はっ! 西の森にヘルハウンドの巨大な群れが地鳴りのように押し寄せ……。
現在、第二騎士団と第六騎士団がナデリの関所で食い止めていますが、猶予はあまりありません。
国中――いえ、隣国中から集結したかのような規模です。」
「先日のドラゴンと言い、今年は明らかに魔獣たちの動きがおかしい。
一体どうなっている……」
カイルは思わず舌打ちをして考えを巡らせた。
確かに今は春の盛りで、魔獣たちが活発になっておかしくない時期だった。
とはいえ、である。
先般のドラゴンは、ここ三十年目撃情報が途絶えていた王都近くの森だったし、
今回のヘルハウンドも、今までだったら大きくてせいぜい百匹の群れが最大。
ナデリの関所は王都の西を守る最後の関門だった。
「今回は、我々騎士では分が悪い。魔法士団に、魔法士隊と付与魔法士の派遣を要請してくれ。
魔法士隊は、準備が整い次第、付与魔法士殿は騎士団と二時間後に出立だ。」
「はっ!」
伝令は敬礼すると、速足で去って行った。
彼の背中が見えなくなる前に、カイルは一つ咳ばらいをすると、
今度は回廊の柱の影から軽装の騎士が一人、音もなく現れた。
第一騎士団の徽章を付けた彼は、騎士団の中でも諜報活動を主にする特殊部隊の隊長だった。
「――ルークス、調査部隊を二班編成してほしい。
一班は昨今の魔物の動向について、早急に調査をまとめてほしい。」
「了解。あと一つは?」
ルークスは、ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべて促す。
「――プリニーツ伯爵の身辺を洗え。
資金源、女性関係、その他不祥事何でもいい。潰す材料が欲しい。」
声を一段低くしたカイルに、ルークスはますます笑みを深める。
「それは、私怨か? 職権乱用はいただけないぞ……」
「……私怨だけではない。我が騎士団――ひいては、国益のためだ。
それに、本来なら、もっと早く動くべきだったんだ。」
「それはもっとも。
しかし、団長がここまで動く、あのお嬢さんは相当だな。
そちらの素性は探らなくていいのか?」
「必要ない。」
きっぱり言い切ったカイルに、ルークスは喉の奥で笑う。
「了解。そうか――、あのお嬢さんが、団長の、ねぇ……。
まあ、私怨が国益に転じるなら歓迎だがな。」
「そのためにも、魔法士団にも、騎士団にも、余計なことを悟らせるなよ。」
それだけ言い残し、カイルは踵を返した。
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きっかり二時間後、エセルは魔術師の塔で着がえを済ませ、他の付与魔法士と共に集合場所に向かう。
騎士団との合流の直前、待ち構えていたマデリナが、やってきた付与魔法士に数字が書かれた覆面を渡してゆく。
複数人の付与魔法士が作戦に参加する時は、その時々で数字が割り振られる。
騎士団長は数字と能力が事前に知らされ、戦闘中は数字で呼ばれる。
数字は能力の序列を示す。
エセルに渡されたのはもちろん一番だった。
「私たちが複数人で出るなんて、一年ぶりではなくて?」
白尽くめの一人が、既に着けていた覆面と、器用に交換しながら声をあげる。
三番の垂れ布を付けた彼女は、エセルも声は知っていたが、名前は知らない付与魔法士だった。
付与魔法士同士、名前や素性を積極的に晒したり、親しくなることは推奨されていなかったが、会話は禁止されていない。
「そうね。魔法士隊も派遣要請されているんでしょう?
この前のドラゴンは一人の派遣で済んだのに、今度はそんなに深刻なのかしら。」
次に声をあげたのは八番の垂れ布だった。
「ドラゴンは強力でも所詮は単体。騎士団で囲んで、時間をかければ落ちる。
でも今回はヘルハウンド……数で物言わせてくるんだから、騎士の剣より、広範囲の魔法の方が有効って事じゃないかしら。」
エセルが声を上げると、三番が振り返る。
「あなたが一番……、ドラゴン退治もあなたが派遣されたのではなくて?」
三番の口調に、貴族令嬢の気配を感じながら、エセルは注意深く返答した。
「ええ、確かに私が出たわ。」
「はーい、皆さん。そろそろ時間ですよーっ!」
覆面を配り終えたマデルナの声に、皆おしゃべりを終える。
番号順に一列になると、騎士隊の方へと歩み始めた。
「付与魔法士どの。この度は招聘に応じて下さり、ありがとうございます。」
カイルに丁寧な礼で迎えられ、筆頭のエセルがそれに応える。
――王女か聖女のようね。
けれど、名前は呼ばれない。
エセルの胸に、ちくりと小さなとげが刺さる。
もちろんカイルに知られることはない。
彼は、既に出陣に向けて指示を出し始めている。
「それでは、一番様から五番様までは、先発隊として騎士隊にご同行願います。
六番様から十五番様までは、後発隊として、馬車をご用意いたしましたので、そちらにご乗車ください。」
そう言うと、若くして部隊長を任された騎士が四名、前へ進み出る。
清潔に整えられた装い、端正な顔立ち。いかにも王都の子女が憧れそうな男たちだった。
「先発隊は、騎馬にて急行します。
馬捌きには覚えのある者を用意しましたので、ご同乗を。」
背後の同僚たちがにわかに色めき立つ気配を背中に感じながら、
――四名なら、一騎足りないわよ?
と、エセルは首をかしげる。
そのわずかな仕草を、カイルは見ていた。
エセルに向かって完璧な騎士団長の笑みを浮かべ、スッと手を差し出す。
「一番様はどうぞこちらへ。私がお連れ致します。」
「――っ」
エセルは叫び声をあげそうになった。




