第三話 利害一致
「あなたがエセルさんね。第七王女のシャーロットよ。
当代きっての付与魔法士と顔を合わせられて、とても光栄だわ。」
カイルとの顔合わせ当日。エセルは先だって、名目上仕えている第七王女のシャーロットと面会していた。
シャーロットはエセルよりいくつか年下で、今年がデビュタント。
エセルの世界には存在しないふわふわした美少女に、隠れ蓑とはいえ、自分がとんでもない人の侍女を名乗っていたことにすっかり緊張してしまった。
「こちらこそ、名義を貸していただいている上、このようにご協力いただき、恐悦至極に存じ上げまするぅぅ……」
「ふふ、私もあなたみたいな優秀な方のお役に立ててうれしいわ。
これを機に、お近づきになれたら嬉しいけれど……」
シャーロットは言い淀んで、庭園の向こうにあるガゼボを見つめた。
約束の時間にはまだ随分早いはずなのに、人影が見える。
カイルは既に着いているようだった。
「あなた、すごい方を釣り上げたわね……。
私の侍女も、何人か袖にされてるのよ。まさか、卿に魔法でもかけたんじゃないでしょうね?」
シャーロットが探るように言うと、エセルはビクリと肩を揺らす。
王女の後ろに控えた侍女の視線が突き刺さった。
「ま……魔法でしたら、戦闘時に何度もかけさせていただいておりますっ。
筋力増強とか、属性付与とか――」
慌てていったエセルに、シャーロットは噴き出し、扇の影でひとしきり笑い転げた。
「あははは、あなたって面白いわね! 本当に、私の侍女に欲しいくらい!
でもどう? 緊張は解けた?」
「……そういえば、そうですね。」
涙をぬぐう王女を見ているうちに、
いつの間にか、手のひらの湿り気が消えていることに気づいた。
「良かったわ。あのままじゃあなた、私の侍女に見えないもの。
まあ、堂々としていなさい。これからは私が後ろ盾になってあげるのだから!」
軽やかに微笑む王女の笑顔に、エセルもつられて頬が緩む。
――きっとこの恩を返したい。……浮かれてる場合じゃないわ。
伯爵との縁談を潰す。それが最初の目的でしょう。
エセルはガゼボの方を見つめると、こぶしを握り締めた。
王女を先頭に庭園を進み、ガゼボへと向かう。
ガゼボで待っていたのは、やはり騎士団長のカイル・ヴァルデン。
こわばった表情のまま虚空を一点見つめて座っていたが、王女一行の姿に気が付くとすぐに立ちあがり、胸に手を当てて騎士の礼をとる。
「ヴァルデン卿、ずいぶん早かったじゃない?
そわそわして、なんだかあなたらしくないわ。」
第一声、シャーロットがからかい交じりに声をかければ、カイルはすました顔で背筋を伸ばす。
「お忙しい王女殿下にお時間を割いていただいたのです。
お待たせしないのは当然でしょう。」
「……そういうことにしておいてあげる。」
シャーロットは、カイルより十歳は年若かかったが、
王族らしい余裕の笑みを浮かべた。
それから咳払いすると、自分の後ろにいたエセルをそっと前へ押し出した。
「こちら、私の大切な侍女のエセル。ブラント伯爵令嬢よ。
私の秘蔵っ子をどこで見初めたか知らないけれど、彼女の書状に応じたことは、褒めてあげるわ。」
カイルの視線が、初めてエセルに向いた。
――ああ……カイル団長の瞳って、あんなに深い青色だったんだ……
覆面の白布を挟まずに見るその顔が、すぐ目の前にある。
一歩進み出たエセルは、息をすることすら忘れた。
息ばかりでなく、名乗ることすら忘れて、二人の間にしばし沈黙が落ちる。
やがて耐えかねたシャーロットが、扇子の先でエセルの背中をつついた。
「あっ……ああっ、ええ……ハジメマシテ――、エセル・ブラントです。
本日はお日柄もよく――」
慌てたエセルは、発音も怪しく、舌を噛む勢いで頭を下げた。
あたふたするエセルに、カイルは口元を緩めると、少し身をかがめて彼女のぞき込む。
「初めまして、エセル嬢。カイル・ヴァルデンと申します。」
そう言うと、彼はエセルの右手をそっと取り上げ、その甲に口付けを落とす。
――はわわわわわ……もう無理~~
許容値を軽く超えてしまったエセルはその場にへたり込む。
「おっと?」
カイルは素早く腕を伸ばして、彼女がしりもちをつく前に抱き上げると、
流れるような動作で据えられていたテーブルセットの椅子へと、エセルを座らせた。
王女が小さく息をつく。
侍女たちは目を見合わせた。
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「お邪魔虫はさっさと退散するわね~」
嬉しげな声を残し、次の予定があると言って、王女は去って行った。
ガゼボには二人が残される。
エセルはすっかりあがってしまい、その場でガチガチに固まって動けなくなっていた。
カイルも、簡単に言葉を選ぶ男ではないのか、視線をわずかに伏せたまま、沈黙が続く。
二人の間には再び沈黙が落ちた。
「あ……あの――、ヴァルデン卿……今日はありがとうございます……」
震える手でティーカップを置きながら、
やっとのことでエセルが言う。
「“カイル”と、名前でお呼びください。」
カイルの視線は、まっすぐエセルを捕らえている。
逃げ場がない。
「で……では、カイル様……」
彼の名前を口にするだけで、エセルの脳は沸騰するようだった。
「あの……夢ではありませんよね? 何かの間違い、というわけでは……」
「……まさか、釣り書きは、間違えて差し出したのですか?
本当は別の殿方へ差し出したつもりが、私のところへ送られてしまった、とか?」
カイルが首をかしげると、エセルは慌てて首を振る。
「いっ……いいえっ!確かに、カイル様に送りましたっ!」
「そうですよね。私宛に直筆のお手紙も添えておられましたし……」
「あの……なんで、応えてくださったのですか?
いえ……カイル様は、こういったものに一切お応えにならないと聞いていたものですから……」
ようやく、エセルは一番気になっていたことを切り出した。
「ああ……その事ですか……。
周囲から縁談を勧められることが増えまして……
令嬢方からのお声がけにも、正直、困惑しており――」
カイルは少しきまり悪そうに言いかける。
が、すぐに首を強く振ってエセルから視線をそらした。
「いや、そうじゃないんです……
実は――
以前から、思いを寄せている女性がおりまして。
ただ、どうして良いかわからない、どうにもならない相手だったんです……。
でも、あなたから釣り書きと手紙が来た。」
彼の耳が真っ赤になっているのが見えた。
――カイル様には、想い人がいらっしゃる……
胸の内がスーッと冷えて、浮かれていた気持ちが、一気に地に落ちる。
「彼女に会える――。こんな幸運、二度とないと思いました。」
嬉し気に微笑むカイルに、とどめを刺される。
――カイル様ぁっ! 想い人がいるのに、なんで私に応えたんですかぁっっ!
エセルは心の中で絶叫しながら、それでも平静を装った。
「そ……そうなのですね……。カイル様は、それで私と会おうと……。
それでしたら、この先、お付き合いはいかがいたしますか?」
「……すぐにどうこう、とは言いません。少しづつ……、関係を進めていけたらと」
熱っぽく見つめられて、エセルは言葉に詰まる。
――いや、カイル様は、最初に、結婚を迫られて困っているとおっしゃっていた。
これはもしや――、意中の彼女をモノにするまで、私に防波堤になってほしいって事ではないかしら。
そう考えると、妙に辻褄が合う。
――あれ? もしかして、これって、私と利害が一致するのでは?
エセルは冷静になって、カイルをまっすぐに見つめ返した。
「あの……私もですね……少々事情がありまして……。
支度金目当てに、両親から意に染まない婚姻を強いられておりまして――。
時間を稼ごうとカイル様に釣り書きを……」
切り出すと、カイルの表情が一気に険しいものに変わる。
エセルは慌てて手を振った。
「カイル様にはご迷惑は一切かけませんっ! お金も自分で何とかできますっ!
法にも一切触れませんし、時が来ればけじめもちゃんとつけます。
だから、しばらくの間、交際を続けていただけると大変ありがたいのですが……」
「意に染まない婚姻……、それは聞き捨てなりませんね……。」
カイルの声が、低く落ちた。
「え……ええ、なので、お互いの利になると――」
「……その相手は、誰ですか?」
眼が、すっと細まる。
逃げ道はなかった。
「プリニーツ伯爵です。
お恥ずかしながら、我が家の財政がひっ迫しておりまして――
支援と引き換えに、九番目の妻になれと……」
とうとうすべてを白状したエセルは、羞恥心と情けなさで首をすくめた。
「よりによって……。
分かりました。協力しましょう。騎士としても見過ごせません。」
カイルは使命感に燃えた瞳でエセルを見つめると、スッと右手を差し出してくる。
――これは……お互いに協力したいってことよね。
恋は実らない。
けれども、カイルの役にも立てて、時間も稼げる。
エセルにとっては上々だった。
「はい。よろしくおねがいします!」
差し出された手をしっかり握る。
その手は、思っていたよりも、ずっと温かかった。




