第二話 騎士団長からの返書
「で――、おまえは、カイルに釣り書きを送ったんだ……
ほんっっっっとうに、無謀だな……」
次の日、団長室で昨日の報告書を提出に来たエセルは、昨夜の両親とのやり取りを、洗いざらいヘルマンに打ち明けた。
「そんなの、自分が一番よくわかってますよぉ。
だけど、下手な人に送って、まさかOKされちゃったらそれはそれで困るし、
どうせカイル団長なら丁重に断ってくれるだろうか、それまでに策を……ですねぇ……」
エセルがもじもじと言うと、ヘルマンは報告書を机へ放り投げてため息をつく。
「時間稼ぎは結構だが――本当にその後はどうするんだ?
一か月先にその金額は用意できるが、その後は?」
「え――、以前お話をいただいていた、魔法薬の生産ラインにも参加させていただこうかと……
あちらは守秘義務はありませんし、私の実力なら、今よりお手当も倍になるって聞きますし……」
「でも、付与魔法士もやめるつもりはないんだろう?
伯爵家を立て直す額だぞ? それだけ稼ぐとなったら、命を削ることになる……。
後を継ぐでもないおまえが、そこまで背負い込むこと自体が、俺には納得できないがね。」
「とは言いましても、表向きの私は、ブラント伯爵令嬢って肩書しかないんですから。
このままじゃ、有無を言わさず三十歳年上の変態伯爵に嫁がされます。」
エセルが自嘲気味に吐き出した、その時だった。
団長室のドアがノックされ、赤いおさげとソバカスがトレードマークの事務員、マデルナが入ってくる。
「――エセルさん、こちらにおられましたか。丁度良かったです。」
彼女は抱えていた手紙の束から、一通抜き出すとエセルに差し出す。
エセルが受け取ったのを確かめる間もなく、踵を返してヘルマンの机に持っていた束の大部分を置いた。
「騎士団長から第七王女経由ですよ。エセルさん、カイル団長に何をしたんですか?
身バレか、ストーキングで訴訟か、どのみち、私の仕事を増やさないでほしいのですけど……」
マデルナが三白眼でじとりと睨むが、エセルは手紙に釘付けで聞いていない。
第七王女とは……、エセルが表向き侍女として仕えている相手である。
もちろん実態はないが、付与魔法士として令嬢が出仕する場合には、王族が率先して名義貸しを申し出るのが慣習となっていた。
「王女を通してきたってことはっ! 筋は通してくださるってことね!」
――侍女への婚姻打診は、主人を通すのが礼だ。
両親を先に押さえたプリニーツ伯爵とは、やり口がまるで違う。
……団長は、きちんと順を踏む人なのだ。
エセルは、カイルの律義さに感心しながら、封筒の署名をなぞり、ため息をつく。
「どうしよう……私、カイル団長から物を頂くの、初めてなの……
ああ……相変わらず力強い筆致、インクまで輝いて見える。
嬉しくて胸が張り裂けそう。これは家宝だわ。一生の宝物だわ。」
悦ぶ彼女を胡乱な目で見つめながら、ヘルマンがマデルナをちょいちょいと手招きする。
「エセルね……、変態伯爵に嫁がされるって、ヤキが回っちゃってねぇ……
とうとう、カイル団長に釣り書きを送っちゃったんだよ。
昨日の今日で、たぶん、史上最速の断りの書状だ。悪いけど、慰めるの、手伝ってくれる?」
「はぁ?! それはまた無謀な……」
二人が見守る前で、エセルは何回か深呼吸すると、おもむろに封蝋をはがして便箋を取り出す。
読み始めると間もなく、彼女は微笑を浮かべたままピクリとも動かなくなり、
まばたき一つしなくなる。
きっかり三十秒。
心配になったヘルマンとマデルナは顔を見合わせた。
「……エセル、大丈夫? まあほら、カイル団長が誰ともお見合いにすら進まないってのは有名なことだし――、そんなに気を落さないで、ね?」
「そ……そうだぞ。それに、カイルは令嬢としてのお前の事なんて、全然知らないんだから、十把一絡げに断られるのは当たり前で――」
かわるがわる慰めてくる二人へ、エセルはギギギと言う効果音がしそうな速度で、顔だけ向ける。
「……断られてないです。」
小さな声だったが、はっきりと響いた。
「へ?」
「は?」
三人の時が止まった。
「いやいやいやいやいやいやいやいや……
エセルさん。いくらカイル団長に振られたのがショックだからって、嘘はダメですよ。」
マデルナが取り乱しながらエセルへと近づいてくる。
「そ……そうだぞ! そんなしょーもない現実逃避をしているより、次の一手を考えなければ――」
ヘルマンも椅子を蹴って立ち上がり、エセルの手元をのぞき込んでくる。
「う……嘘じゃないですよぉぉ。ほら、ここに、
『ぜひ一度お会いして、お話がしたいです』って書いてあるじゃないですかぁあぁぁっっっっ」
完全に取り乱したエセルは、泣き笑いの表情で、ガタガタ震える指先で指し示した。
「嘘でしょ…、だって、あのコンフォード侯爵令嬢も、アイデリー伯爵令嬢も相手にしなかった、カイル団長が、よ?
ブラント伯爵家って――何か、カイル団長の弱みでも握っているの?」
マデルナの言葉に、ヘルマンもうなづく。
「エセル……おまえまさか、自分が付与魔法士だって、ばらしたんじゃないだろうなぁっ!
そうだったとしたら、カイルにまで迷惑が――」
「そんなことしてませんしぃぃぃ、ブラント家だって、そんな情報持ってませんよぉぉぉぉ。
ほらぁっ、ちゃんと見てください!
『まずは王女同席で、顔合わせをしたいです』って書いてあるじゃないですかぁぁっ!
団長は、付与魔法士の私じゃなくて、侍女の伯爵令嬢に手紙を送ってるんですよぉぉぉっっ!」
涙目で手紙を突き出した。
確かにそこには、王女を挟みたい旨が書いてある。
「本当だ……、しかも王女を挟むって……向こうも乗り気ってことじゃないか……。
本当に……カイルのやつ、どうしちまったんだよ……」
ヘルマンが口元を押さえて唸れば、エセルはハッとして彼を見た。
「どうしよう……私、第七王女殿下と面識ないですよ。
断れば、事情通のカイル団長なら、付与魔法士への名義貸しってすぐに思い当たりますよっ!」
「それは大丈夫だ。名義を貸す、ということは、こういうことまで織り込み済み。
多少の献上品や、頼み事くらいは覚悟しろ。
まあ、快く応じてくれるはずだよ。」
ヘルマンの言葉に、エセルの表情は一気にほどける。
「本当ですか?! やります! やらせてくださいっ!
体力を倍にするペンダントだって、
どんな毒も無効化するポーションだって、
付けてるだけで肌が白くきれいに見えるブレスレットだって、何だって作りますよ!
だからすぐに、第七王女殿下にお話を――」
詰め寄られたヘルマンは、たじたじと一歩引きながら、口端を引き上げる。
「わかったわかった、すぐに書簡をしたためてやるから。
っていうか、おまえそんなものまで作れるのかよ……
こりゃぁ……ますますプリニーツ伯爵なんかにやれないなぁ……」
「……カイル団長にだって、勿体ないくらいですよ。
魔法士団で終身雇用とか……やっぱり無理ですよね。」
マデルナがあきれ気味に言ったが、エセルはどこ吹く風。
「――あ゛あ゛あ゛、カイル団長に、一個人として認識されるぅぅぅっっっ。
どうしようっ、ちゃんと喋れるかしらっ。
その前に――着てくドレスがないっ!」
独り大げさな身振り手振りで、その場でぐるぐると歩き回り始めた。
その日のうちにヘルマンは書簡をしたため、即日第七王女まで届けられた。
王女側も迅速に日程を組み、騎士団へと日程調整を行う。
話しはとんとん拍子に進み、初顔合わせは、七日後に決まった。
エセルの両親は、半信半疑ではあったが、王女が間に入る以上、公式なものと認めざるを得ない。
「破談になったら、即刻プリニーツ伯爵との縁談を進める。
もし、カイル団長と話を進めるなら、一か月後の融資が条件だ。」
まさかエセルが選ばれるとは思っていない二人は、条件を提示して、
しぶしぶ、既製品のドレスを買い与えた。
「……応えてくれたのは嬉しいけれど、なんで団長は、会ってみる気になったのかしら。」
買ったばかりの既製品のドレスを見つめ、エセルは小さく首を傾げた。




