第一話 賭けに出る
「――もし、騎士団長カイル・ヴァルデン卿に釣り書きを送って、お見合いに応じてくださったなら。この縁談、一旦止めて下さらない?」
父と母が、同時に固まった。
無謀だと、エセル自身が一番わかっている。
なにしろ相手は侯爵家三男にして騎士団長。
王都中の令嬢が釣り書きを送り、全滅している相手だ。
けれど。
断られる前提の時間稼ぎだった
三十歳年上の変態伯爵に嫁ぐくらいなら、推しに玉砕した方がまだましである。
その“推し”とは――
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弓兵の攻撃により、地に舞い降りたドラゴンへ、
騎士たちが一斉に切りかかってゆく。
「防炎シールド展開っ! 筋力増強三倍っ! 稲妻を付与――」
後方で、覆面に白尽くめの、体型でかろうじて女とわかる者が、騎士たちへ支援魔法をかける。
彼女は、エセル・ブラント。
一人で一個中隊を支援できる、当代随一の付与魔法士。
そして――没落寸前の伯爵家の令嬢でもある。
彼女の付与魔法に守られ、強化された騎士たちは、ためらいなくドラゴンへと突っ込んだ。
その先頭を行くのは、騎士団長のカイル・ヴァルデン。
「左翼、下がれ! 包囲を崩すな!」
指示を飛ばしながら、カイルは自ら最前線へ踏み込み、その低い声が戦場を支配した。
無駄のない剣の軌道。
しなる筋肉が鎧越しにも伝わる。
その一太刀で、竜の鱗が裂けた。
――はわわわぁ~っ、やっぱり、カイル団長は今日も最高ですぅぅぅぅ
覆面の下、エセルが蕩けそうな呆け顔をさらしていることは、誰も知らない。
騎士たちの剣捌きは軽く、あっという間にドラゴンは屠られてゆく。
やがてカイルが天高く飛び上がり、ドラゴンの脳天に剣を突き立てた。
『グオォォォォォォォ――』
団長の剣は深々と突き刺さり、ドラゴンは崩れ落ち、やがて動かなくなった。
――あ゛あ゛あ゛あ゛―――、今の一撃、もう一度見たい。
一度と言わず、百回だって見たい!
なぜ、映像記録装置を持ち込めないのでしょうかぁぁぁ
誰も見ていないことを良いことに、エセルはくねくねと身もだえる。
彼女が熱望する映像記録装置は、個人での持ち込みは禁止されていた。
破れば相応の罰が待っており、この職務からも外されてしまう。
大好きな騎士団長を間近で見られなくなるリスクなど、彼女にとっては論外だった。
ドラゴン討伐の成功に、騎士たちは健闘をたたえ合い、ひとしきり喜び合った。
「よし、第四・第五騎士団は、そのまま得物の解体と運搬に当たるように。
他のものは、負傷者を――」
カイルが手早く事後処理の指示を出してゆく。
騎士たちは命令を受けると、素直に三々五々散ってゆく。
「――付与魔法士どの、本日もすばらしい支援魔法、ありがとうございました。」
全ての指示を出し終わって、カイルがエセルのもとへとやってくる。
「――」
エセルは身振り手振りで「それほどでもない」と謙遜する。
呪文の詠唱以外――、会話のために魔法士が声を発することは禁じられていた。
「いいえ、私たちが安心して切り込めるのは、付与魔法士どののおかげです。
――それではいつも通りお手を……」
カイルが両手を差し出すと、エセルは恐る恐る、と手を差し伸べ、重ねた。
彼はほっそりとした、女性らしい指先を見つめ、優しく微笑むと、
騎士らしくその爪先に口付ける。
――はぁぁぁぁぁ……
途端にエセルの身体を温かい、衝撃に似た魔力の流れが駆け巡り、恍惚と満たされてゆく。
お決まりの儀式……。
戦闘後に彼にこうして魔力を分けてもらうと、明らかに身体が整い、回復が早くなると気が付いたのは、エセルが付与魔法士として戦闘に随行し始めて間もなくだった。
最初はあくまでも、儀礼的に騎士として女性に対する口づけだった。
けれども、それに対して明らかな効能を見つけ、
エセルは魔法士団を通じて毎回してもらいたいと頼み込んだ。
カイルの唇が指先から離れ、一瞬だけ、彼女の指を強く握り――すぐに離れた。
視線が覆面の顔に定められ、微笑まれた気がした。
――たとえ地獄でも、私、どんな戦場だって行きますよぉぉぉ
指先に残る感触と魔力が、彼女の神経を灼く。
エセルは覆面の下で身もだえながら幸せをかみしめていた。
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「エセルお帰り~。首尾はどうよ?」
王城の隅にある魔法士団の駐屯所――、通称『魔術師の塔』へエセルが戻ると、
魔法士団団長のヘルマンが、声をかけてくる。
「上々ですよぉぉぉぉ。もう、今日もカイル団長は最高でした!」
覆面をめくり上げながら、エセルがだらしない笑顔を向けると、
ヘルマンは苦笑する。
「はいはい、無事討伐したのね?わかったわかった。」
「わかってないですぅー、私、まだ一言も、カイル団長の雄姿をお伝えしていませんよぉっ」
エセルが口をとがらせる。
「いや、おまえの顔見たら、全部わかるわ。
しかしなぁ……顔も名前も出せない魔法士が、騎士団長に恋してどうするんだよ……」
「いいんです! 私の魔法がっ! 魔力がっ! カイル団長の力を押し上げてっ、
カイル団長の剣舞の一助となり、カイル団長の身体を巡ると思うだけで、
幸せではちきれそうですぅぅぅ」
ヘルマンの憐みの視線などどこ吹く風、エセルは恍惚と虚空を見つめる。
「その上、戦闘後にはキスと魔力のご褒美がもらえて、お給金もそれなりに出る。
これ以上の幸せを望んだら、罰が当たりますよぉぉっ!」
エセルが出仕する理由は、団長との接触のためだけではない。
傾いた伯爵家の家計の足しに――
当初はそういった理由だった。
けれど今は――
――彼は私を知らないけれど、それでいい。それで十分なの。
「当代きっての付与魔法士が、このありさま……カイルが見たらきっと泣くわ……。
……本当に、覆面で匿名で良かったかもなぁ……」
ヘルマンは、くねくねと身もだえるエセルを胡乱な目で見つめた。
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その日の夕方、伯爵邸に帰ると、珍しく父と母がそろって玄関でエセルを待っていた。
「お仕事お疲れ様。今日はお前に素敵な話があるよ。」
父が、あからさまにご機嫌取りの笑顔を貼り付けている。
「悪くない話なの。」
母も、打算と皮算用をすっかり済ませた笑みを貼り付けている。
エセルは不穏な空気を読み取って、警戒をあらわにする。
「……何なのかしら……全然素敵でも、悪くない話でもないようなのだけど……」
「「まあまあまあまあ」」
両親は、二人そろってエセルを今のソファへと導いた。
両親はエセルの対面に陣取ると、父親がおもむろに封筒を取り出す。
顔に笑みを貼り付けたまま、その中から一枚の書状をエセルへと押しやった。
「エセルや、おまえももう二十歳を越えた。そろそろ行き遅れとそしられる年齢だ。
そんなお前を、もらってくれるという殊勝なお方が現れてね――話を進めてある。」
「そうよ? 侍女の仕事が充実しているって、前も言っていたけれど……
いつまでも続けられる仕事ではないの。そろそろ結婚を考えた方があなたのためよ。」
母まで追い討ちをかけ初める。
エセルが付与魔法士として出仕していることは、彼らにすら伏せられていた。
王城で侍女として働いている、ということになっていたのである。
エセルはため息をつきながら、その書状を手に取った。
「――プリニーツ伯爵……っ
ちょっと、二人とも、この人がどういう人か、わかって進めているの?!」
差出人に目を通しただけで、エセルは悲鳴を上げた。
「「ええ、わかっているよ(わ)、とってもお金持ちで、我が家を支援してくださる素敵な方だ(よ)」」
両親が満面の笑みで声を揃える。
「下品で、三十歳も年上で、妻が次々変わってく、とんでもない変態と噂の伯爵の、
どこが素敵な殿方よっ!」
スパーンと小気味良い音を立てて、書状をテーブルにたたきつけ、エセルは肩で息をした。
「それでも、プリニーツ伯爵に支援していただかなければ、我が家はつぶれてしまう。
今年も小麦の不作に、雨期の洪水、魔獣の出没――借金は嵩む一方だ。」
父はテーブルに視線を落として押し黙る。
「私の実家からもこれ以上の支援は無理だって――
とりあえず、この額をまずは一月後に返済しなければ、領地の一部を差し出さなければならないのよ。」
母も、手垢のついた帳簿の表紙を撫でて目を伏せた。
――どうしよう……、付与魔法士なら――この程度の金額、どうにでもなる。
けれども、偽りの身分――王宮侍女にはとても用意できない額だった。
もし、エセルがポンと持ってきたら、両親には説明ができない。
だからといって、自分が付与魔法士だと明かせば――それは家族に対してであっても規約違反。
即刻、魔法士団から追放される。
かと言って、プリニーツ伯爵に嫁がされたら、付与魔法士を続けられない。
――そんなの嫌だ。
少しでも時間を稼げれば――、即答を避けて、考える時間を作らねば――
――賭けるしかない。
「――もし、騎士団長のカイル・ヴァルデン卿に釣り書きを送って、お見合いに応じてくれたなら、
この話、一旦止めて下さらない?」
それが無謀だとわかっていながら、口をついて出ていた。
「カイル・ヴァルデン? あの侯爵家の三男坊か? 確かに騎士団長だし、実家は資産もあるが、
すぐに資金提供してもらえるような相手か?」
父が首をかしげる。
「それに、そもそもあの人、どんな令嬢にも興味を示さないじゃない。
釣り書きなんて送るだけ無駄よ。」
母はくだらないと切って捨てた。
「それでもよ! 私、お城勤めで彼を見て、一目ぼれしたの。初恋なの。
だから、せめて、釣り書きだけでも送らせてよ。ダメだったらあきらめがつくから――」
――多分ダメだろう。だけど、その間に時間を稼げれば、次の一手を、
自分があの金額を両親に差し出せる言い訳も、考えつくかもしれない。
「ねえ、お願い! 一生のお願い! それくらいやってみなきゃ、諦めきれないのよ。」
再三頼み込んだエセルに、両親は渋々うなづいた。
その瞬間、憧れは賭けに変わった。




