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推しの騎士団長に玉砕するはずでした――利害一致から始まる偽装交際。三十歳年上の変態伯爵の九番目の妻にはなりたくありません!  作者: じょーもん


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第一話 賭けに出る

「――もし、騎士団長カイル・ヴァルデン卿に釣り書きを送って、お見合いに応じてくださったなら。この縁談、一旦止めて下さらない?」


 父と母が、同時に固まった。


 無謀だと、エセル自身が一番わかっている。


 なにしろ相手は侯爵家三男にして騎士団長。

 王都中の令嬢が釣り書きを送り、全滅している相手だ。


 けれど。


 断られる前提の時間稼ぎだった

 三十歳年上の変態伯爵に嫁ぐくらいなら、推しに玉砕した方がまだましである。


 その“推し”とは――



 +++++



 弓兵の攻撃により、地に舞い降りたドラゴンへ、

 騎士たちが一斉に切りかかってゆく。


「防炎シールド展開っ! 筋力増強三倍っ! 稲妻を付与――」


 後方で、覆面に白尽くめの、体型でかろうじて女とわかる者が、騎士たちへ支援魔法をかける。


 彼女は、エセル・ブラント。

 一人で一個中隊を支援できる、当代随一の付与魔法士。

 そして――没落寸前の伯爵家の令嬢でもある。


 彼女の付与魔法に守られ、強化された騎士たちは、ためらいなくドラゴンへと突っ込んだ。

 その先頭を行くのは、騎士団長のカイル・ヴァルデン。


「左翼、下がれ! 包囲を崩すな!」


 指示を飛ばしながら、カイルは自ら最前線へ踏み込み、その低い声が戦場を支配した。


 無駄のない剣の軌道。

 しなる筋肉が鎧越しにも伝わる。

 その一太刀で、竜の鱗が裂けた。


 ――はわわわぁ~っ、やっぱり、カイル団長は今日も最高ですぅぅぅぅ


 覆面の下、エセルが蕩けそうな呆け顔をさらしていることは、誰も知らない。


 騎士たちの剣捌きは軽く、あっという間にドラゴンは屠られてゆく。

 やがてカイルが天高く飛び上がり、ドラゴンの脳天に剣を突き立てた。


『グオォォォォォォォ――』


 団長の剣は深々と突き刺さり、ドラゴンは崩れ落ち、やがて動かなくなった。


 ――あ゛あ゛あ゛あ゛―――、今の一撃、もう一度見たい。

 一度と言わず、百回だって見たい!

 なぜ、映像記録装置を持ち込めないのでしょうかぁぁぁ


 誰も見ていないことを良いことに、エセルはくねくねと身もだえる。

 彼女が熱望する映像記録装置は、個人での持ち込みは禁止されていた。

 破れば相応の罰が待っており、この職務からも外されてしまう。

 大好きな騎士団長を間近で見られなくなるリスクなど、彼女にとっては論外だった。


 ドラゴン討伐の成功に、騎士たちは健闘をたたえ合い、ひとしきり喜び合った。


「よし、第四・第五騎士団は、そのまま得物の解体と運搬に当たるように。

 他のものは、負傷者を――」


 カイルが手早く事後処理の指示を出してゆく。

 騎士たちは命令を受けると、素直に三々五々散ってゆく。


「――付与魔法士どの、本日もすばらしい支援魔法、ありがとうございました。」


 全ての指示を出し終わって、カイルがエセルのもとへとやってくる。


「――」


 エセルは身振り手振りで「それほどでもない」と謙遜する。

 呪文の詠唱以外――、会話のために魔法士が声を発することは禁じられていた。


「いいえ、私たちが安心して切り込めるのは、付与魔法士どののおかげです。

 ――それではいつも通りお手を……」


 カイルが両手を差し出すと、エセルは恐る恐る、と手を差し伸べ、重ねた。

 彼はほっそりとした、女性らしい指先を見つめ、優しく微笑むと、

 騎士らしくその爪先に口付ける。


 ――はぁぁぁぁぁ……


 途端にエセルの身体を温かい、衝撃に似た魔力の流れが駆け巡り、恍惚と満たされてゆく。


 お決まりの儀式……。

 戦闘後に彼にこうして魔力を分けてもらうと、明らかに身体が整い、回復が早くなると気が付いたのは、エセルが付与魔法士として戦闘に随行し始めて間もなくだった。


 最初はあくまでも、儀礼的に騎士として女性に対する口づけだった。


 けれども、それに対して明らかな効能を見つけ、

 エセルは魔法士団を通じて毎回してもらいたいと頼み込んだ。


 カイルの唇が指先から離れ、一瞬だけ、彼女の指を強く握り――すぐに離れた。

 視線が覆面の顔に定められ、微笑まれた気がした。


 ――たとえ地獄でも、私、どんな戦場だって行きますよぉぉぉ


 指先に残る感触と魔力が、彼女の神経を灼く。

 エセルは覆面の下で身もだえながら幸せをかみしめていた。




 +++++




「エセルお帰り~。首尾はどうよ?」


 王城の隅にある魔法士団の駐屯所――、通称『魔術師の塔』へエセルが戻ると、

 魔法士団団長のヘルマンが、声をかけてくる。


「上々ですよぉぉぉぉ。もう、今日もカイル団長は最高でした!」


 覆面をめくり上げながら、エセルがだらしない笑顔を向けると、

 ヘルマンは苦笑する。


「はいはい、無事討伐したのね?わかったわかった。」


「わかってないですぅー、私、まだ一言も、カイル団長の雄姿をお伝えしていませんよぉっ」


 エセルが口をとがらせる。


「いや、おまえの顔見たら、全部わかるわ。

 しかしなぁ……顔も名前も出せない魔法士が、騎士団長に恋してどうするんだよ……」


「いいんです! 私の魔法がっ! 魔力がっ! カイル団長の力を押し上げてっ、

 カイル団長の剣舞の一助となり、カイル団長の身体を巡ると思うだけで、

 幸せではちきれそうですぅぅぅ」


 ヘルマンの憐みの視線などどこ吹く風、エセルは恍惚と虚空を見つめる。


「その上、戦闘後にはキスと魔力のご褒美がもらえて、お給金もそれなりに出る。

 これ以上の幸せを望んだら、罰が当たりますよぉぉっ!」


 エセルが出仕する理由は、団長との接触のためだけではない。

 傾いた伯爵家の家計の足しに――

 当初はそういった理由だった。


 けれど今は――


 ――彼は私を知らないけれど、それでいい。それで十分なの。


「当代きっての付与魔法士が、このありさま……カイルが見たらきっと泣くわ……。

 ……本当に、覆面で匿名で良かったかもなぁ……」


 ヘルマンは、くねくねと身もだえるエセルを胡乱な目で見つめた。




 +++++



 その日の夕方、伯爵邸に帰ると、珍しく父と母がそろって玄関でエセルを待っていた。


「お仕事お疲れ様。今日はお前に素敵な話があるよ。」


 父が、あからさまにご機嫌取りの笑顔を貼り付けている。


「悪くない話なの。」


 母も、打算と皮算用をすっかり済ませた笑みを貼り付けている。

 エセルは不穏な空気を読み取って、警戒をあらわにする。


「……何なのかしら……全然素敵でも、悪くない話でもないようなのだけど……」


「「まあまあまあまあ」」


 両親は、二人そろってエセルを今のソファへと導いた。



 両親はエセルの対面に陣取ると、父親がおもむろに封筒を取り出す。

 顔に笑みを貼り付けたまま、その中から一枚の書状をエセルへと押しやった。


「エセルや、おまえももう二十歳を越えた。そろそろ行き遅れとそしられる年齢だ。

 そんなお前を、もらってくれるという殊勝なお方が現れてね――話を進めてある。」


「そうよ? 侍女の仕事が充実しているって、前も言っていたけれど……

 いつまでも続けられる仕事ではないの。そろそろ結婚を考えた方があなたのためよ。」


 母まで追い討ちをかけ初める。


 エセルが付与魔法士として出仕していることは、彼らにすら伏せられていた。

 王城で侍女として働いている、ということになっていたのである。


 エセルはため息をつきながら、その書状を手に取った。


「――プリニーツ伯爵……っ

 ちょっと、二人とも、この人がどういう人か、わかって進めているの?!」


 差出人に目を通しただけで、エセルは悲鳴を上げた。


「「ええ、わかっているよ(わ)、とってもお金持ちで、我が家を支援してくださる素敵な方だ(よ)」」


 両親が満面の笑みで声を揃える。


「下品で、三十歳も年上で、妻が次々変わってく、とんでもない変態と噂の伯爵の、

 どこが素敵な殿方よっ!」


 スパーンと小気味良い音を立てて、書状をテーブルにたたきつけ、エセルは肩で息をした。


「それでも、プリニーツ伯爵に支援していただかなければ、我が家はつぶれてしまう。

 今年も小麦の不作に、雨期の洪水、魔獣の出没――借金は嵩む一方だ。」


 父はテーブルに視線を落として押し黙る。


「私の実家からもこれ以上の支援は無理だって――

 とりあえず、この額をまずは一月後に返済しなければ、領地の一部を差し出さなければならないのよ。」


 母も、手垢のついた帳簿の表紙を撫でて目を伏せた。


 ――どうしよう……、付与魔法士なら――この程度の金額、どうにでもなる。


 けれども、偽りの身分――王宮侍女にはとても用意できない額だった。

 もし、エセルがポンと持ってきたら、両親には説明ができない。

 だからといって、自分が付与魔法士だと明かせば――それは家族に対してであっても規約違反。

 即刻、魔法士団から追放される。


 かと言って、プリニーツ伯爵に嫁がされたら、付与魔法士を続けられない。


 ――そんなの嫌だ。

 少しでも時間を稼げれば――、即答を避けて、考える時間を作らねば――


 ――賭けるしかない。


「――もし、騎士団長のカイル・ヴァルデン卿に釣り書きを送って、お見合いに応じてくれたなら、

 この話、一旦止めて下さらない?」


 それが無謀だとわかっていながら、口をついて出ていた。


「カイル・ヴァルデン? あの侯爵家の三男坊か? 確かに騎士団長だし、実家は資産もあるが、

 すぐに資金提供してもらえるような相手か?」


 父が首をかしげる。


「それに、そもそもあの人、どんな令嬢にも興味を示さないじゃない。

 釣り書きなんて送るだけ無駄よ。」


 母はくだらないと切って捨てた。


「それでもよ! 私、お城勤めで彼を見て、一目ぼれしたの。初恋なの。

 だから、せめて、釣り書きだけでも送らせてよ。ダメだったらあきらめがつくから――」


 ――多分ダメだろう。だけど、その間に時間を稼げれば、次の一手を、

 自分があの金額を両親に差し出せる言い訳も、考えつくかもしれない。


「ねえ、お願い! 一生のお願い! それくらいやってみなきゃ、諦めきれないのよ。」


 再三頼み込んだエセルに、両親は渋々うなづいた。

 その瞬間、憧れは賭けに変わった。

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