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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

すれ違い勘違い

「しんちゃん、けっこんしようね」

「うん。かずくんとけっこんする」


俺は幼い頃、隣に住む男の子と当然結婚するものと思っていた。ふたりで赤ちゃんの話までしていた。男同士では結婚ができないことも、子どもができないことも知らなかった。






「あ」


玄関を出たところで和也(かずや)とばったり会う。和也は俺を見るなり眉を顰めて綺麗な顔を歪めた。


「……」


そんな反応することないじゃん。幼馴染なんだし。


隣の嶋田(しまだ)家の和也は冷たい。昔は優しかったのに、中二になって少しした頃から突然俺にだけ冷たくなった。

理由はわからない。聞くこともできないくらい無視。

俺の親とかには普通に接するけど、俺が話しかけると答えてくれない。同じ高校に通っているのに一緒に通学もしてくれない。

昔を引きずっているのは俺だけのようだ。俺は幼い頃と同じように和也が好きなまま、置いてきぼりになっている。


「朝からへこんでんなー」


学校の校門前で通学バッグを思いきり叩かれた。振り返ると友人の清人(きよと)が立っている。清人は中二のクラス替えで出会って仲良くなり、同じ高校に進んだ。


「また嶋田か?」

「…うん」

慎治(しんじ)も諦めが悪いな。あんだけ慎治にだけ冷たいんだからもう過去のことは忘れたら?」

「……」


確かに、もう忘れたほうがいいのかもしれない。

でも、もしかしたらなにかの心変わりがあって明日は昔のようになってくれるかもしれない、明日は、明日は…って思うと希望を捨てられない。だって和也は俺以外には本当に優しいんだ。…どうして俺だけだめなんだろう。


「まあ、あんなイケメンにそう簡単に相手にしてもらえると思うな。女子の告白も全部断ってるらしいし」

「そうだよな…俺みたいな地味な男じゃ、相手にされないよな」

「趣があると思うけど。ま、幼馴染でも、いつまでも同じじゃないんだよ」


趣……。

校舎に向かって歩きながらそんな話をしていると、冷たい視線を感じる。見ると和也が睨んでる。そんなに俺が気に入らないか。


「また睨まれてやんの」

「…今、俺なんかした?」

「存在自体が気に入らなかったとか?」

「……」


それを言われたらもうなにも返せない。あんなに優しかった和也はどこに行ってしまったんだろう。明日にはもしかしたら優しい和也に戻っていたりしないかな。毎日そう思って過ごしている。

その願いが叶うことはこの先ないだろう。初恋が絶対実らないことを知りながらまだ大切にしている俺は、ばかでしかないんだろうな。






「あ」


翌日、和也が俺と顔を合わせたくないだろうから早めに家を出たら同じことを考えたのか、和也と会ってしまった。


「お、おは」


「よう」まで言わせてもらえなかった。和也は先にすたすた歩いて行ってしまったから。近付かないほうがいいだろうから少しうしろを歩く。なんだか後をつけているみたいだ…。


「…うしろ歩くのやめろ」

「え?」

「後つけられてるみたいだから」


和也も同じことを感じたらしく、こちらを振り返りもせずにそう言った。

これは隣を歩いていいってこと、だろうか…。もしかしたらようやく願った日がやってきたのかもしれない。

と思ったけど間違いだった。

駅に着くまで和也はそれ以上なにも喋ってくれなかった。俺から話しかけようにも、ちらりと見た横顔は険しくて話しかけられなかった。


「……」


駅で自然と別れて違う車両に乗る。もう願った日は来ないんだとはっきりわかった。


「清人ー!」

「おお、どうした」


学校についてすぐに清人の席に行ってそこまでの出来事を話していると、また和也に睨まれた。なんでそんなに睨むんだ…辛い。

涙目になった俺の頭を清人がよしよしと撫でてくれる。ああ、これが清人じゃなくて和也だったら……そんなことは絶対起こらないだろうけど、でももしそうだったらどんなに幸せか。


「俺、もう和也のことは忘れる」


清人に宣言する。宣言することで自分に言い聞かせるために。


「そっか。長い片想い頑張ったな」


また頭を撫でてくれる。清人は本当に優しいな。乱暴なところもあるけど、本質が優しい。それに比べて和也は…。


「忘れるって言った途端に嶋田のこと考えてるな」

「…なんでわかるの」

「そういう顔してた」


しょうがないやつって言ってくれる清人。あーあ、好きになった相手が清人みたいなやつだったらよかった。でも俺は和也が好きで、和也だけ見てきたんだ。


「それも、もうやめるから」

「わかった」


それ以上なにも言わないで、俺のことをわかってくれる清人。本当にいい友人に恵まれた。


「もう睨まれても気にしない。和也を見ない」

「おう」

「好きは……好きだけど」

「そうだな」


優しい笑顔。清人もかっこいいんだよな…和也の次に。


「おー、嶋田が相変わらず睨んでる」

「う…気になるけど、もういい」

「えらいえらい」


また頭を撫でられた。昔は和也もこうやって俺を褒めてくれたなぁ、なんて思い出してしまってすぐに、いけない、と心を引き締める。もう、忘れるんだ。

最後に和也の見納めをしたら、クラス委員の女子に優しく微笑みかけていた。相手はぽーっとしている。大ダメージ。…でもあれが本当の和也なのを、知っている。






和也のほうを見るのをやめて一週間。

心にすーすー風が通るけど、でも辛さは前よりマシ。睨まれるのは本当に苦しかったから、それを見ないだけで楽だった。幼少からの“好き”がそう簡単に消えないのは仕方ない。でも、このまま過ごしていればそのうち薄れていくだろう。

これでいい。もっと早くこうすればよかった。


「おい」


このまま和也との関係は切れてなくなると思っていたのに、なぜか和也から話しかけてきた。しかも朝、待ち伏せまでして。


「え…あ、お、おはよう…」


目を見たくない。目を見たらまた引きずられる。せっかく楽になれたんだ。

視線をずらして愛想笑いを浮かべる。うまくできているかはわからないけれど。


「おまえ、マジで富田(とみた)にすんのか」

「清人?」


和也の口から出た名前につい顔を上げてしまう。まっすぐ目が合ってしまった。こんなの、いつぶりだろう。


「清人がなに?」

「付き合ってんだろ。俺のこと、ほんとにどうでもよくなったのか?」

「??」


なにを言っているのか全然わからない。どうでもいいのは和也が俺をそう思ってるんじゃないのか。

疑問符を浮かべる俺に、和也は更に続ける。


「富田とどこまでいってんだ」

「???」


どこまでってなに? ほんとになに? 和也はなにを言っているの?

疑問符が脳内にどんどん増えていって満員御礼。いや、全然ありがとうじゃない。


「なに言ってるの?」


聞くと、和也が眉を顰める。


「隠すつもりか。いつからそんな奴になったんだ」

「はい?」


もうわけがわからない。和也がどんどん俺に近付いてきて、俺は後ずさる。なに…怖い。

じりじり近付かれてじりじり逃げて、どん、と塀に背が付いた。俺が今度は左右のどちらかに逃げようとすると、和也は俺の顔の両脇に手を付いて退路を塞ぐ。

これは……壁ドン? じゃなくて塀ドン? なんでこんなことされてるの、俺。


「慎治、全部隠さず話せ」

「えっと…だからなにを?」

「おまえと富田の関係だよ」


俺と清人の関係?


「と、友達…」

「嘘吐くな」

「ほんとだよ! 清人、三組に付き合ってる人いるし」

「は?」

「清人とは友達だけど、どんな関係だろうと、和也には…か、関係なくない?」


ちょっと勇気を出して言ってみたら、思いきり睨まれた。うっ、と動けなくなる。そんな俺の様子を見て、和也は俺の顔の両脇についていた両手を離し、その場にしゃがみ込む。


「……なにそれ」

「なにそれは俺が言いたい。一体なんなの?」


さすがに俺だってちょっとイラッとしている。散々俺に冷たかったくせに、いきなりなんなんだ。俺が無視するようになったからか。こっちが追いかければ興味がないけど、いざ興味を失われたら腹が立つ、とかだろうか。なんだそれ。めちゃくちゃ自分勝手だな。


「……じゃあ中学からの俺ってなんだったんだよ…」

「は?」

「おまえが富田と付き合い始めて、それなのに俺のことちらちら見てくるから腹が立って…なんで富田なんだって睨めば、すぐ富田に泣きつくし」


なにを言ってるんだろう。俺が清人と付き合ってるとか、ないない。


「………関係なくねえんだよ…俺が一番関係あるんだ、慎治のことは…」


なにこれ、都合のいい夢? 和也がこんなことを言うはずがないから、似ているだけの別人かもしれない。


「……あなたは誰ですか」

「はあ? 和也だよ」

「嘘です。和也は俺にそんなこと言いません。和也のふりして、なにが目的ですか!」


盛大な溜め息を吐かれた。腹の底から出ている感じのでっかい溜め息。


「おまえ、ばかだろ」

「ばかで悪いですか」

「まずその敬語やめろ」

「いたっ!」


指でおでこを弾かれた。なんでこんなことをされなくちゃいけないんだ。

ていうか、もしかして本当に和也? 和也が俺にこんなこと言ってる? どうして?


「痛い…」


おでこをさすっていると、和也が手を伸ばしてそこに触れ、すりすりと親指の腹で撫でる。途端に顔が熱くなって視線を彷徨わせると、和也が小さく笑った。


「ほんと、昔から変わらない…」

「なにが?」

「可愛いとこ」

「!?」


俺、明日死ぬのかな。だからこんな都合のいいことが起こっているのかも。


「……富田に嫉妬してた」

「清人に?」

「ああ。もう慎治は富田のものなんだって」

「なんで嫉妬?」

「なんでって……慎治が好きだから」

「そう…」


好き……好き? 好き!?


「なにそれ、聞いてないんだけど!」

「今言った」

「待って和也…ほんとに和也?」


やっぱり偽物かも。

訝しがる俺を見て、ばかだな、と和也が笑う。あ…俺が大好きな笑顔だ。そう思ったら視界がゆらゆらしてきた。


「…まさか、嫉妬で今まで無視してたの?」

「あと、おまえにも腹立ってた。彼氏いるくせに気を持たせるような視線送ってくんなって」

「なんで直接聞いてくれなかったの…?」


俺が聞くと、今度は和也が視線を彷徨わせて、それからまた俺に視線を戻す。


「怖かったんだよ! 聞いて振られるのも、真実を知るのも」

「真実って…付き合ってないって言うだけだよ」

「俺の中では慎治は富田と付き合ってることになってたから、これ以上傷付くのが…怖くて…。でもこの一週間、慎治の視線感じなくて、ついに本当に離れて行くんだって思ったらすごい苦しくて待ち伏せした」


ふわっと抱き締められて心臓がバクバク言い、身体が少し震える。


「……ごめん。俺、自分のことばっかりだな。慎治、ほんとにごめん」

「許さない」

「許さなくていい」


和也の背中に腕を回す。

ばかな奴だし、俺自身もばかだ。こんな大ばか、可愛くて好きでしょうがない。抱き締める腕にぎゅっと力がこもるので、俺も同じように返す。和也のにおい。懐かしくて、ずっと欲しかった。


「…結果がよかったから全部許してあげる」

「だめ」


却下された。なんで。


「俺が全面的に悪いんだ。簡単に許しちゃいけない」

「許すよ…だって俺もずっと和也が、むぐ」


口を手で塞がれてしまい、続きが言えない。じっと和也を見ると険しい表情をしている。


「それは言うな」


なんで、と首を傾げる。和也が難しい顔になった。


「俺、自分が許せないから、それは言わないで」

「やだ」


口を塞ぐ手をどかして答えると、また口を塞がれそうになるのでもがいて抵抗する。


「やだ、言う。俺だって和也が好き」

「ばか」

「ばかでいい。好き」


ちゃんと話せばよかった。和也だけじゃない、俺だって怖くて直接聞くことから逃げていた。だから和也だけが悪いわけじゃない。


「俺も…ちゃんとしてなくてごめんね、和也」

「ちゃんとしてる慎治なんて怖い」

「どういう意味?」


手を引かれて歩き出す。ちょっとむっとしている俺を振り返って和也が微笑む。優しい、和也の微笑み。


「危なっかしいくらいでいいってこと」

「でも、それでまた勘違いされて無視されたら嫌」

「それは言うな」

「一生言う」


おかしくて笑いがこみ上げてくる。笑う俺を和也は複雑な顔で見つめている。

繋いだ手をぎゅっと握ったら、握り返してくれた。




END

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