第八十八話 原因
その言葉を聞いた瞬間、オグドン校長の表情がピクリと動いた。
一瞬の間、明らかに反応が遅れた。
陸虚はそれを見ていたが、特に触れずにミリナの方を向く。
「……それより、ミリナ。どうしてこんなことに? 何があった?」
ミリナは目に涙を浮かべたまま何か言おうとしたが、その隣からリセルが一歩前に出て、静かに口を開いた。
「師匠。ここは、俺が説明します。」
リセルは一度深く息を吸い、眉をひそめながら語り始めた。
「……きっかけは、カミラ家の一件だったんです。あの件を理由に、ザグレウスの奴が三大公爵家の会談を提案してきました。本来なら、そんな誘いは断っておけば済んだはずなんですが……なぜかお父さんは、その提案を受け入れてしまったんです。」
その言葉に、陸虚もわずかに表情を曇らせる。
「シフおじさんは、ザグレウスが何か企んでいると警戒して……自らお父さんに付き添って会談の場へ行ったんですが――」
そこでリセルの声が震える。
「……まさか、あんな奇妙な“毒火”に襲われるとは思いもしませんでした。名も知らぬその炎に侵され、おじさんは倒れ……お父さんは激怒し、ザグレウスをあと一歩で息絶えさせるところまで叩きのめしました。」
陸虚の目が鋭く細まる。
「……ですがそのとき、灰熊公爵が止めに入ったんです。仲裁するつもりだったのでしょうが……あろうことか、そいつもザグレウスの策略に引っかかってしまって……。その場は、まさに“共倒れ”でした。」
重い沈黙がティアリアの空間に満ちる。
「今、お父さんは公爵邸で療養中です。そして、公の仕事は兄貴が一時的に引き継いでいます……。師匠……どうか……どうか、おじさんを助けてください!」
陸虚はリセルの肩にそっと手を置き、静かだが力強く言った。
「リセル……安心しろ。必ず、シフ教頭を助けてみせる。」
その眼差しには、揺るがぬ決意が宿っていた。
「……そして、ザグレウス。――この借り、絶対に返させてもらう。」
そうして陸虚は、ふと視線を空へ向け、何かを思い出すように呟いた。
「極寒の物……たしか、あの場所に――」
その時、オグドン校長が表情を一変させ、厳かな声で言った。
「陸先生、私と一緒に来てください。他の者たちはここに残るように。」
「ティアリア――君はあの部屋を最大術式で結界封鎖しなさい。中の気配が一切外に漏れないように。」
「了解しました。」
ティアリアはすぐに頷き、両手を組み合わせると、濃緑の魔法陣が宙に展開される。その瞬間、深い森のような気配が広がり、校長と陸虚が入った部屋を丸ごと包み込むような結界が発動された。
魔力の奔流が静かに空間を遮断する――外からは何も見えず、何も聞こえない完全密封の異空間がそこにできあがった。
陸虚はそのまま無言で校長について部屋の中へと入り、重く閉ざされた扉の向こうへと姿を消していった。
部屋の扉が静かに閉まり、外の世界から完全に隔絶された空間の中――
オグドン校長は重々しい足取りで部屋の中央まで進むと、ふと立ち止まり、振り返って陸虚に言った。
「君のような聡い人間なら、私が今から話す内容も、すでに察しがついているだろう。」
陸虚は軽く頷きながら答える。
「ええ、極寒のもの――それと、封印された歴史。」




