第八十五話 小花(シォウファ)
――静寂。
陸虚は、腕の中で丸くなった三毛猫をじっと見つめていた。
次の瞬間――
「ぷっ……くく……あははははははっ!!」
突如、腹を抱えて大笑いし始めた。
「……なるほど……なるほど! 猫かよッ! ははははっ!!」
その様子を見たカミロは青ざめた。
「やばい……壊れたぞ……完全に壊れた……」
そして隣のアモロンを睨みながら言った。
「お前のせいだ、アモロン! 順番通りに素材を投入してたらちゃんと完成してたのに、お前が『遠古霊液を加えよう』とか余計なことを言うからっ!」
アモロンも負けじと反論した。
「ちょっと待て! 理論上はあの液体で霊性が増すはずだったんだ!……誰が猫になるなんて予想できるかよ!」
「だから言ったんだよな!? “あれはまだ安定してない”って!」
「文句はあとにしてくれ! 素材はもうないんだぞ! 次に揃えるのにどれだけかかると思ってる!」
「ほらみろ! あーもう、ほんとに最悪だ……」
ふたりが取っ組み合い寸前で言い合っている中、メリーがピシャリと声を上げた。
「……いい加減にしなさい、あなたたち二人とも!」
ピタリと口を閉じるカミロとアモロン。
「見なさいよ、主人のオグドンは微動だにせず落ち着いているじゃない。あの人を少しは見習いなさいな」
そう言いながら、メリーはゆっくりとオグドンの肩に手を置いた。
「オグドン? 大丈夫よ、まだ何も――」
彼女の手が触れた瞬間。
「……っ!? え? えええええええっ!? 目が、白目っ!? 嘘でしょ!? オグドン!?」
メリーの悲鳴が響いた。
「オグドンが……気絶してる!? いつからよ!?」
「ちょ、ちょっと待って……っ! 治癒魔法を……!」
メリーは急いで手を構え、水属性の癒しの魔力を流し込み始めた。
「オグドン、しっかりしてっ! アンタが倒れたら、ホントにこの場が崩壊するからぁぁぁ!!」
一方、陸虚は――猫を抱いたまま、まだ笑いを堪えきれず肩を震わせていた。
さんざん笑い転げたあと、陸虚はようやく涙を拭いながら立ち上がった。
「……アモロン校長。さっき“天才”って言いましたけど、あれ――訂正させてください」
アモロンは苦笑いしながら、うつむいた。
「いや、もうそれ以上はいいよ……あれは失敗だ。何でも言ってくれ、補償は惜しまない」
だが、陸虚は真顔で続けた。
「違うんですよ。アモロン校長、僕は本気で言ってます。あなたは……“天才中の天才”です!」
「……は?」
「本来なら法宝の中に宿るはずの器霊を、外形そのものと融合させて、自由に動ける形に進化させた――
これって、どれだけの奇跡か分かってます!? しかも見た目は猫! こんなの前代未聞ですよ!」
アモロン:「……お、お世辞にしか聞こえん……」
「いやいや、マジで褒めてますって!」
陸虚は腕の中の三毛猫に微笑みかけた。
「さぁ、お前にも名前が必要だな。うーん……よし、今日からお前は“小花”だ!」
「にゃあっ!」
三毛猫――小花は、うれしそうに尻尾を立てて返事をした。
「気に入ったみたいだな。じゃあ、小花――みんなに見せてやれよ。お前の……“本当の姿”を」
言うなり、小花はふわりと宙に浮かび、口を大きく開けて“フーッ”と一息吐き出した。
すると、そこから放たれたのは――まるで天地を創造するような、濃密な造化の気。
空間が一瞬ゆがみ、光が歪み、そして――
「……っ!? あ、あれが……!」
小花の身体がぐにゃりと溶けるように変形し、次の瞬間――
その場に現れたのは、七色に輝く巨大な法宝。
全体から霧のような神気が立ち上り、あたりの魔力が吸い寄せられるように震える。
小花が七彩の神鼎へと変化したその瞬間、空間が震えた。




