第七十九話 賭け
オグドンは観客席の最上段に腰を下ろし、広場を見下ろしながらしみじみと呟いた。
「また五年が経ったのか……歳を取った気がするな。」
それを聞いたアウロラ錬金魔法学院の校長、アモロンがふんっと鼻を鳴らした。
「お前が老けて見えるのは、自業自得だ。薬ばっかり調合して、木属性魔導士のくせに休まず働くからだ。もっと自分の生命力を大事にしろ。」
オグドンは笑いながら手を挙げた。
「だったら、ちょっと資金を援助してくれよ。アウロラ錬金魔法学院というと、宝の山だろ? 適当に一つくれれば、うちは半年は困らん。」
「やらん。都合よすぎ。」
アモロンは抱いていた茶虎猫の頭を撫でながら、つれなく答えた。
そこへ、アカデミア・カラン魔法学院の校長、カミロが話した
「そうそう、オグドン、お前本当に老けたな。見ろよ、メリーを。あんなに若々しい。四十代って言われたら信じるぞ。同い年なんて、誰が思うかって話だ。」
オグドンはわざとらしく咳払いをして話題をそらした。
すると、優雅に紅茶を啜っていたメイヴレーナ融合魔法学院の校長、メリーがニコリと微笑んだ。
「でもカミロ、最近あなた、妙に元気じゃない? 二十代の男子みたいよ。聞いたわよ、昔の幼馴染があなたを“許した”って。」
「“許した”って言うな。誤解が解けただけだ!」
顔を真っ赤にしながらカミロが抗議すると、アモロンが茶虎猫を抱き直しながら呟いた。
「……くだらん色恋より、早く本題に入ってくれ。俺は早く帰って猫を撫でたいんだ。」
メリーが優雅に微笑みながら言った。
「では、例年通りでいいかしら? 学生試合と教師試合、二本立てで。」
アモロンが答えた。
「異存はない。」
「問題ない。」
とカミロが頷くと、最後にオグドンもゆっくりと頷いた。
「それじゃ、いつも通りにしよう。学生は各学院から一名ずつ代表を選出。教師陣はポイント制で勝敗を決める。で――肝心の報酬だが……」
そう言いながら、オグドンは懐から橙黄色に輝く琥珀を取り出した。
「学生には一年分の高等薬剤の供給を。教師部門には……これを。」
「――お前、正気か!?」
アモロンの目が見開かれ、その猫もびくっと震えた。
「それ、まさかティリオンの琥珀じゃないか! お前、それを賞品に出すとか頭おかしいだろ! オレリス、今まで勝ったことなかったじゃないか!」
「今回はわからんぞ。」
オグドンはニヤリと笑いながら琥珀を指先でくるくる回した。
「うちにはな、すごい教師が入ったんだ。……賭けてみるか? オレリスが一位を取ったら、お前の『機械の心臓』をいただく。」
アモロンは一瞬沈黙し。
「……噂には聞いた。オレリスに新しく雷系の大魔法使いが入ったと。でもな……大魔法使いごときでそんなに変わるか?」
カミロがニヤニヤしながら、まるで待ってましたと言わんばかりに口を挟んだ。
「じゃあ、俺も乗った! オレリスが勝つなんて絶対にない! 俺は『熔岩の核』を賭けよう。勝ったら……お前の『生命の雫』をいただくぞ。」
「いいだろう。」
オグドンは即答した。
アモロン:“?”
オグドンがにこにことしながら問いかけた。
「どうだ? 賭けるか?」
アモロンは黙っていたが、オグドンはさらに追撃をかける。
「毎回一位のアウロラ錬金魔法学院が、まさか……今年は怖じ気づいたってわけじゃあるまいな?」
「なっ……!」
アモロンの眉がピクリと動き、立ち上がって叫んだ。
「馬鹿を言うな! この俺が怖がるか!? ――いいだろう、賭けてやるよ!」
そう言って、腰のポーチから金属のような光を放つ精密な心臓――《機械の心臓》を取り出し、机の上にドンと置いた。
「ふふっ、よし。」
オグドンは満足げに頷き、次にメリーの方に顔を向ける。
「さて、メリー。君もどうだい? せっかくだし乗ってみないか?」
「……?」
メリーは一瞬微笑を浮かべかけたが、ふと学生のことを思い出した
彼女の脳裏に数日前のことがよぎる。リュミエールが話していた“陸虚”という名の青年。
(なるほど……隠された魔導士か、オグドン、なにたくらんがあるの……)
メリーは優雅に微笑んだ。
「私は賭け事は趣味じゃないの。」




