第七十七話 再会
場面は再び、リュミエールとガルドの馬車の中。
「そういえば、今回は学院と一緒じゃないんでしょ? じゃあ宿泊先は? よければこっちに来ない?」
リュミエールが軽く誘うように聞くと、ガルドは笑いながら首を振った。
「おいおい、俺はもう卒業生だけど、学院に居場所がないわけじゃないさ。ちゃんと部屋もあるしな。それに、弟もこっちにいるから、今回はそっちに顔出しに行くつもりだ。」
「ふーん、弟くんにね……」
と、リュミエールが納得しかけたとき、ガルドはミリナの方を見て言葉を続けた。
「それと、オレリスには我が家の恩人もいるしな。」
「そうそう、陸先生だよ!」
ミリナが目を輝かせながら食い気味に答える。
「私のことを手取り足取り教えてくれたし、次兄様を弟子にもしてくれたの! 今回は兄さんも直接お礼を言うつもりなんだよ!」
「へえ……その陸先生って、どんな人なの?」
リュミエールの問いかけに、ミリナの目がさらにキラキラと輝き始めた。
「最強ので4級大魔法使い!しかも若い! 優しくて、真面目で、強くて、それでいて――」
一度スイッチが入ったミリナは止まらない。
「授業中だって丁寧で、どんな質問にも答えてくれて、それに……」
「雷魔法はすごく強い!」
「あと、笑った顔がすっごく素敵で――」
「それでいてちょっと抜けてるとこもあるんだけど、それがまた――」
「……あ、あのさ」
最初は「ほうほう」と聞いていたリュミエールも、段々と無表情になっていき、
しまいには目が死んできた。
「もういいわミリナちゃん、その“陸先生”って人がどんだけ完璧超人なのかはよーく分かったから……」
リュミエールは、延々と続くミリナの“陸先生語り”に半分呆れながら、ふと窓の外へと視線を移した。
(……ん?)
城門近くの賑わう通りの中、彼女の視線はある一人の青年に吸い寄せられた。
その青年はフード付きのローブを着ていて、胸元には間違いなく魔法使いギルドの紋章。
しかも――5級の証まで付いている。
(若い……こんな年で魔導士?聞いたことない、そして、隣にエルフ?しかも二人!?)
その光景に、リュミエールは無意識に溜息を漏らした。
「……やっぱり、校長先生と言った通り、男はつよくになると女にだらしないのかしらね……」
軽く眉をひそめながら、こっそりガルドの横顔に目をやる。
(まあ、あの人なら真面目な男……そして陸先生って人も、紳士らしい、いい人はいるよね)
そんなことを思っていた矢先、突然ミリナの声が弾んだ。
「――あっ! 陸先生っ!」
「へ?」
ミリナは窓の外を指差し、ぱっと立ち上がると、嬉しそうに馬車から降りて駆けていった。
「陸先生ーっ! お久しぶりですーっ!」
ぽかんとその背中を見送るリュミエール。
自分の中で作り上げていた“完璧な紳士像”とのギャップに頭がついていかず、
「えっ……今のが……? いや、でも……え? 大魔法使いじゃなくて魔導士?オレリスの先生なぜ魔法使いギルドに所属?あんな色男で真剣?本当にあれがミリナが言ってた陸先生……?」
と、目の前で起こる現実を受け止めきれずに、しばらく口を開けて呆然としていたのだった。
ガルドは微笑みながらリュミエールに振り返った。
「じゃあ、俺はこの辺で。試合のときは応援しに行くから、頑張れよ。」
「……うん。」
リュミエールは小さくうなずき、顔を伏せた。その頬には、わずかに朱が差している。
一方その頃――
陸虚は、アラセリアの肩に軽く手を当てながら、封印符を再調整していた。
「この前の旅で少し緩んだみたいだな。ほら、これでまたしばらくは大丈夫だ。」
「さすがダーリン♪」
その時、前方から元気な声が聞こえた。
「陸先生ーっ!」
「ん?」
駆け寄ってくるのは、金髪の少女――ミリナだ。
陸虚はニヤリと笑いながら冗談めかして言った。
「おやおや、これはミリナじゃないか。また家出か?」
「ち、違いますっ! 今回はお兄ちゃんが連れてきてくれたんです!」
「へえ、お兄ちゃん?もしかしてリセルの兄貴?」
正装のような衣装を身にまとった堂々たる青年が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その顔立ちはどこかリセルに似ていた。
彼は陸虚の前で丁寧に一礼する。
「ミリナとリセルの兄、ガルド・フレアヴルトと申します。弟と妹が、あなたに大変お世話になっていると聞きまして……本日は、直接お礼を申し上げに参りました。」
こんなにも頼れる兄貴分がいてくれるなんて——陸虚はふと、心からの笑みをこぼした。
「そんなに堅くならなくていいよ、ガルドさん。せっかくだから、今夜うちにでも来ない? リセルにも声をかけて、シフ教頭も呼ぼう。叔父さんと久しぶりに会えるだろ?」
「――叔父さん……!」
ガルドは一瞬、遠い記憶に思いを馳せた。
「そういえば、俺が北方の学院に行ってから、シフ叔父さんとは会ってないな……。すごく、会いたかったんです。……ありがとうございます、陸先生。」




