第七十六話 人魚姫 リュミエール
一方その頃、メイヴレーナ融合魔法学院の馬車列の中――
人魚族の姫、リュミエールは車内で試合の資料を丁寧に読み込んでいた。
そこへ、控えの者が顔を出す。
「姫様!外にお客様が。ご自身を『アカデミア・カラン魔法学院から来た者で、前回の試合で一度お手合わせしたことがある』と――」
その言葉に、リュミエールは少しだけ眉をひそめて口を開いた。
「……何度言わせるの? 今回は王族じゃなくて選手として来てるの。『リュミエール』でいいわよ。」
「はっ、申し訳ありません!」
慌てた部下を軽く諭しながらも、リュミエールは外へと出た。
そこに立っていたのは――見覚えのある赤髪の青年。
「やっぱり、あなたね。久しぶり、炎獅子公爵家の次期当主さん?」
彼女が手を差し出すと、青年もにっこりと笑ってそれを握り返す。
「久しぶりだね、人魚国の次期女王様。」
二人は視線を交わし、そのままくすっと笑い合う。
「でも、遅かったわね。オレリスってアカデミア・カランから近いはずだけど……まさか、私を待ってた?」
「残念、今回は妹を連れて遊びに来ただけさ。」
後ろから顔を覗かせたのは、興味津々でリュミエールを見つめる少女――ガルドの妹、ミリナ。
「まさか……出ないの? 試合に!」
リュミエールは思わず声を上げた。
「ははは、遅かったな。俺、もう卒業してるんだよ。」
「ええ~……」
リュミエールは少し寂しそうに口を尖らせた。
陸虚は、逃げ出したはいいものの――どこに身を隠すべきか迷っていた。
「……学院は校長に止められてるし、家に帰るのもダメだな。どう考えても捕まるだけだし……魔法使いギルド? いや、それも危ないか?」
考え込んでいたその時――
ドンッ!
「……ぐっ」
思いきり人にぶつかってしまった。
深くかぶったフードの影で相手の顔は見えなかったが、目の前のシルエット――
(……こっちは山脈と……こっちは平原……マジか……)
冷や汗が背中をつたう中、陸虚はすぐさま低い声で謝った。
「す、すみません、通りますね……!」
そのまま立ち去ろうとした瞬間――
「……どこへ行くつもりですか、陸先生?」
鋭く冷たい声とともに、彼の腕をがっしりと掴む手。
「ちょ、ちょっと人違いじゃ――」
「うわあああああん! やっぱりダーリンだった〜っ!」
隣から聞き慣れたハイテンションボイスが飛んできた。
アラセリアが嬉しそうに叫ぶ。
「シオンちゃんの方法、大成功ね♡」
陸虚が顔をしかめて視線を向けると、シオンの手の中にはきらきらと光を放つ純陽符。
陸虚は乾いた声でつぶやく。
「やあ……偶然だね、シオンじゃないか、ここで会うなんて……」
アラセリアが嬉しそうに陸虚に飛びつく。
「ダーリン、やっと会えたわ〜!」
「ちょっ……やめっ……!」
陸虚が慌ててアラセリアを引きはがすと、その隣で――
ピキピキピキ……ッ
シオンの額に青筋が浮かび上がっていた。
「陸虚。……最後に何か遺言はあるかしら?」
「え? ちょっと待て、シオン、誤解だ、話せば――」
「ふうん……やったこともないのに、“違う”って言えるんだ?」
「……僕、何したんだっけ!?」
顔を真っ赤にして睨んでくるシオンに、陸虚は完全にパニック状態。
そして、その隣にいるやけに目を逸らしてるアラセリアをじっと見つめ――
「……お前、なに吹き込んだんだよ……!」
ムギュッ!
「いだだだだっ! ごめんなさいごめんなさい! シオンちゃんがあまりにも可愛くて、ちょっとからかっただけなのぉ!」
アラセリアが両手を合わせて必死の謝罪モード。
「だって、ダーリンがライフタリンの道を教えてくれなかったし、こうするしかなかったのよ……」
「まったく……後でな。」
ため息まじりに陸虚が手を離すと、アラセリアは頬を押さえてふくれっ面。
そのやり取りを見ていたシオンも、ようやく事情を理解したらしく――
「……まぁ、今回はアラセリアの悪ふざけってことで、許してあげるわよ。でも……」
少し顔を赤らめながら、唇を尖らせて陸虚を睨む。
「……全部あなたが悪いのよ!なんでまた一人で乱暴するの?エルフの領域に通ったのに、私のこと、全然見に来てくれない?」
「……はは、ごめんなさい、ごめんなさい、全部僕が悪かったよ。大人気ない真似してすみません、シオン様……」
「ふん。……今回だけだからね。次は許さないんだから。」




