第七十五話 試合の直前
時が流れるのは早いもので、試合まで残り一ヶ月となった。
北方に位置し、ライフタリンから最も近い「アカデミア・カラン魔法学院」は、他校よりも一足早く到着した。カミロ校長は、ドワーフの里から帰ってきて以来、顔を真っ赤にして上機嫌。最近はオグドン校長と一緒に、やけにニヤニヤしながら何か怪しい研究に没頭している様子だった。
一方その頃——
陸虚は、なぜか魔法使いギルドに送られていた。任されたのは、副会長としての業務。最近では分会会長アルリンと共に、城門の案内任務にあたる日々が続いていた。
どうやらオグドン校長は、意図的に陸虚とオレリスの関係を曖昧にしている節があり――
まるで何かを“隠そう”としているようだった。
ライフタリンの城門付近、いつものように魔法使いギルドの会長アルリンと雑談していた陸虚。ふとアルリンが問いかけてきた。
「陸先生、四大魔法学院の試合について、どこまで知ってる?」
「今のところは……帝国に属する四つの学院があるってことくらいかな。」
陸虚は指を折りながら語り始める。
「僕の所属するオレリス魔法学院は薬剤や付与魔法の専門。
次に、軍隊向けの戦闘魔法使いを育てるアカデミア・カラン魔法学院、
古代文明の研究や錬金術で知られるアウロラ錬金魔法学院、
そして多種多様な種族の魔法師が在籍するメイヴレーナ融合魔法学院――
この四つの学院が、五年に一度、交流のために集まって、学術討論とか、友好試合とか、学生への表彰なんかをやるって聞いてるけど?」
「まあ、そこまでは合ってる。」
アルリンはニヤリと笑った。
「だがな、試合をやるのは学生だけじゃない。教師陣も出場するんだよ。」
「えっ、先生も!?」
「そう、そしてな……」
アルリンは声をひそめるようにして言った。
「オグドン校長が、お前をこっちに預けた理由、分かるか?」
「うーん……校長曰く、極めて希少な材料を調達するため、しばらくオレリスに顔を出さないでくれってことだったけど。」
「ははっ、やっぱそう来たか。」
アルリンは笑いながら言った。
「実はな、試合のルールでは各学院から教師三名を出して、一名をバンされ、残り二人が試合を行う。ポイントで勝敗を競うんだ。毎回オレリスでは最強のシフ殿がバンされるのが定番でな、だからいつも下位なんだよ。」
「……なんがずるいと思いますけど、確かに最適対策だな。」
「だろ? だから今回は、陸先生を隠してるんじゃないかって話さ。思いっきりぶちかまして、今までの分を取り返そうって腹だろうな。」
「……」
賑わう大通りを眺めながら、陸虚はふと口を開いた。
「……なんか、すごいな。王都に負けないくらいの人混みじゃない?」
「そりゃあそうさ。」
アルリンは胸を張って言った。
「四大魔法学院の魔導師が揃うってだけで、大陸中の注目が集まってるからな。ここライフタリンに、これだけの人種が集まるなんて滅多にないことさ。」
陸虚は目の前の光景をゆっくりと見渡した。
「……あれ、猫耳の獣人? かわいいな。あっちの鰓のあるのは……海族?あ、エルフと闇エルフが一緒に歩いてる。珍しい組み合わせだな――ん?闇エルフ?!」
視線の先に、見慣れた顔が二つ。
「……シオン……と、アラセリア……?」
シオンは顔を真っ赤にして怒気を漂わせており、アラセリアはというと、満面の笑みでテンションが高そうに話しかけていた。
「……まさか、また何か誤解が……?」
嫌な予感が陸虚の背筋を駆け上がる。
「……やばい。」
彼は即座にくるりと身を翻し、アルリンに一礼。
「すみません、ちょっと用事を思い出しました! 会長はどうぞお仕事を続けて!」
「お、おい?」
アルリンが呼びかけるも、陸虚はすでにフードのフチを深くかぶり、音もなく群衆の中へと姿を消していた――。
ライフタリンの城門前、シオンとアラセリアが堂々と姿を現した。
「アルリンさん、すみません、陸先生を見ませんでしたか?」
会長アルリンに問うと、彼は苦笑した。
「さっきまでここにいたよ。多分君たちの姿が見えた途端、何も言わずに逃げてったけどね……」
「……っ!」
シオンはぎりぎりと奥歯を噛みしめ、横のアラセリアの手を強く引っ張る。
「行くわよ、絶対逃がさないんだから……!」
「きゃっ、ちょっと待ってよ~シオンちゃん、そんなに強く引っ張らないでぇ~♡」
そのまま二人は街中へと突入していった。




