第六十七話 呪われた地
準備を整えた陸虚は、変装を施したまま“呪われた地”の境界を越えた。
身なりは、よくある下級術師風。
魔力の波長も“純陰”に切り替えてあるため、外見も反応も“感染者に極めて近い”状態になっている。
「……さて、ここからが本番だ」
足音を殺し、呼吸も浅く、彼は闇に紛れるようにゆっくりと歩を進めていった。
“呪われた地”。
そこは、予想以上に静かだった。
腐りきったような空気に満ちてはいたが――
「……誰もいない、ってわけじゃないのか」
遠くに、ゆらりと揺れる黒い影。
姿形はまちまちだが、共通していたのは、どれも“完全な異形”ではないということ。
皮膚の色や目の濁り、魔力の歪みはある。
だが彼らは、理性を失ってはいなかった。
そして――
「……エルフ、だけじゃないな」
暗闇の中を移動しているのは、人間、獣人、鳥人族……様々な種族の“変異者”たち。
しかも彼らは、一定の距離を保ちつつも、皆ほぼ同じ方向に向かっている。
(……偶然じゃない)
陸虚は、遠巻きにその流れを追うように足を進めた。
数時間後。
辿り着いたのは――
「……城?」
霧に包まれた丘の上に、巨大な影が立っていた。
朽ち果てた外壁、蔦に覆われた城門、半壊した塔。
だが、その朽ちた城の壁の上には、“見張り”がいた。
ボロボロの鎧をまとい、背中に奇妙な瘤を背負ったようなシルエット。
それでも、明確に“巡回”している。
(……ここが、彼らの“集落”か)
陸虚は息を潜め、視線を細めた。
眼前に広がるのは、かつての文明の残骸――
それが今、感染者たちの手によって、再び“秩序”を持ちはじめている。
陸虚は城壁の影に身を潜めたまま、内部の動きを観察していた。
しばらくすると、どうやら外から戻ってきた“変異者たち”とは別に、新たにやってきた集団が城門の手前で止められているのが見えた。
(……あれは)
彼らは、どこか不安そうな表情を浮かべていた。
変異の程度はまちまちだが、共通しているのは“どこかから逃れてきたばかり”という雰囲気。
その前で、大きな声が響く。
「今日の分はここまでか? 他に新入りはいるかー!?」
その声に、集まっていた変異者たちがざわつく。
「ちょ、ちょっと待って……俺たち、何で集められてんの……?」
その様子に、門の横に立っていた守衛が鼻で笑った。
「は? 決まってんだろ。“闘技場”の挑戦者だよ」
「……は?」
「この城で生きたきゃ、勝ち残れ。お前らに与えられるチャンスはそれだけだ」
ざわつく新入りたち。
「ちょ、待ってくれよ! 俺たち、そんなこと聞いてない――!」
「今なら引き返してもいいぞ。ただし、外に戻ってどうなるかは知らんがな」
「……!」
沈黙の中、ひとりが呻くように言った。
「……でも、俺たちはもう“感染者”なんだ。戻ったって、どうせ殺されるだけだ……」
「だったら――」
「――ここで、賭けるしかねぇだろ……!」
その言葉に、他の者たちも、ぎゅっと拳を握る。
守衛は満足そうにうなずいた。
「よし。現実が分かってきたようだな」
「無価値なゴミに、生きる資格はない。ここじゃ、それが常識だ」
そう言って、再び叫ぶ。
「他にいねーのか!? 今日の挑戦者はこれで締めるぞー!」
そのとき――
「……あ、あのっ! 僕、僕も!」
ぴょこっと姿を現したのは、地味なフード姿の青年。
魔力の波動は不安定で、見るからに“ひ弱な人間種”――つまり陸虚だ。
守衛は彼を一瞥すると、憐れむような笑みを浮かべた。
「……人間か。こりゃまた、久々に見たな」
「――ま、せいぜい頑張れよ。“食い残し”にならないようにな」




