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魔法学校の方士先生  作者: 均極道人
第五章 呪われた地と学院試合
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第六十四話 ノル

季節は春。


今日は、ノアの妹――ノルが、オレリス魔法学院に入学する日だった。


朝早くから、ノアは制服姿のノルの手を取り、学院の正門へと向かっていた。


「入学、おめでとう。いよいよノルも、魔法使いの一歩ね」


「うんっ!」


受付や手続きを一通り終え、案内された教室でノルは周囲を見回した。


(すごい……ここが、オレリス魔法学院……!)


だが。


その隣に立つ姉の表情は、どこか曇っていた。


(……あれ? お姉ちゃん、嬉しくないのかな?)


思い返す。


ちょうど一年前の春、ノアは嬉しそうに「すごくいい仕事が見つかった」と話していた。


忙しい毎日で、家に帰ってくるのは月に数回。それでも笑顔は絶えなかった。


なのに――


秋を過ぎた頃から、何かが変わった。


帰宅が増え、言葉数が減り、遠くを見ることが多くなった。


「……ノアお姉ちゃん、どうしたんだろう……」


そして、今日。


授業中、近くの席の子が話していた。


「ねーねー、聞いた? 貴族ってさ、気に入った平民の子を手元に置いて、飽きたらポイするって話……」


「え~やだやだ。恋人気取りとか、バカみたい~」


(……!!)


脳裏に浮かぶ姉の顔。


そして、一年前の笑顔――今の寂しげな表情。


バチンと脳内で火花が散った。


(まさか……!)


(お姉ちゃん……お姉ちゃんは、貴族に弄ばれたんだ!!)


「なにそれ、絶対に許せないっ!!」


義憤に燃えるノルは、お姉ちゃんの荷物から “ある人物の自宅住所”を入手。


その人物こそ――。


姉が語らなかった、“あの人”の名。


(ぜっっったいに許さない!)


(お姉ちゃんの仇、今ここで取ってやるんだからっ!!)


そうして、今日。


一人の少女が、ある家のドアベルを、強い意志を込めて押すのだった――。


「……は?」


陸虚は、ドアを開けたままポカンと固まっていた。


目の前には、睨みつけるような眼差しの少女――ノアによく似た小柄な女の子が立っていた。


「何の話……?」


「ふんっ、しらばっくれるつもりね!」


少女――ノルは、小さな拳を握りしめて言い放つ。


「金があるからって偉そうにしないでよ! 私、もうオレリスの学生だから! 貴族相手でも、絶対に屈しないからねっ!」


「いやいやいやいや、待て待て待て待て、なにそれ!? なんの話!?」


そのとき――


「ただいまー、買い物重かったぁ……」


「ん? なんか騒がしくない?」


ノア、カミラ、リセルの三人が袋を抱えて帰ってきた。


ノアがノルを見つけ、目を丸くする。


「ノル!? なんでここに……って、え?」


ノアの視線が陸虚に移る。


「……あ、旦那様、お帰りなさい!」


「姉っ……!」


ノルがノアの腕をぐいっと引っ張った。


「もういいよ、お姉ちゃん! こんな人、やめよう! この家から出て、一緒に帰ろ? 仕事なんてやめていいから! 私、バイトも始めたし、これからは私が養うから!」


「ちょ、ちょっとノル!? 何言ってるの!? 私と旦那様は、そんな関係じゃないよ! 変な想像しないで!」


「え……?」


「それに、旦那様って言っても、先生なの。あなたたちの学校の、“先生”なんだよ?」


「……先生? この人が?」


ノルは一瞬呆然とした後、恐る恐る聞いた。


陸虚は苦笑しながら、ポケットからオレリス教員の徽章を取り出す。


「ほら、これ」


「…………」


ノルは一気に顔を赤くして、深々と頭を下げた。


「……ご、ごめんなさいっ! 完全に、勘違いしてました……!」


「いや、いいよ。よくあることだから……」


陸虚が肩をすくめたそのとき――


ノルが小さく呟いた。


「……あ、あと……さっきの“大きいお姉さん”も、誤解してたの、謝ります」


「……大きいお姉さん?」


全員の視線が、部屋の奥へ向く。


するとそこには――


脱げかけのシャツに、下着姿のまま、ソファにごろーんと寝転びながら、


「ごはん……まだ……?」


とつぶやいている紅髪の絶世美人。


――そう、ヴァルゼリナ。


その場の空気が、ぴたりと止まった。


ノア「……」


カミラ「……」


リセル「……」


ノル「……えっ」


陸虚「……これはですね、違うんです」


誰も、最初の一言を発せなかった。


「……旦那様?」


ノアの顔がピクピクと引きつっていた。


「この状況、説明してもらえますか?」


「えーと……これはですね……」


陸虚が口を開く前に、リセルがヴァルゼリナを指さしてぽつりと呟いた。


「……すげぇ、美人……」


「……ほう?」


隣でカミラが静かに問いかける。


「リセル、何か言った?」


「え、いや、その……見たことないタイプの、こう……ワイルドな……」


「……で、好みなの?」


「い、いやいやいやいや、全然違います! どっちかっていうと怖いっす! 怖すぎてむしろ見惚れちゃうっていうか!」


カミラの殺気立った視線に、リセルは白旗を上げた。


そのとき、ヴァルゼリナがふと目を輝かせた。


「……ん? それ、食べ物じゃな?」


ノアたちが買ってきた食材の袋を見つけた彼女は、ズカズカと歩み寄ると――


「ちょっとだけいただくぞー」


――バクッ!


手に取った大きな塊の生肉を、そのまま丸かじりした。


「……あ」


「えっ」


「ぎゃああああ!!」


ノルが思わず悲鳴を上げた。


ノアも言葉を失い、カミラは若干引いていた。


「ちょっ……お前、なにしてんの!?」


「……なにって、食べてるんじゃが?」


「生で!?」


「生のほうが、風味が生きておるぞ?」


「いやいやいやいや!!」


陸虚が両手を広げて必死でフォローに入る。


「ま、待って! 彼女、人じゃないから! ほら、竜! 正真正銘の竜だから! 人に見えるけど違うから!」


「……竜?」


ノアたちが固まる中、陸虚は一気に説明を始めた。


矮人の火山、火山爆発、そして出会ったヴァルゼリナのこと――


一通り説明を終えると、ノアがそっとため息をついた。


「……なるほど、事情は分かりました」


ノアはヴァルゼリナに向き直る。


「生で食べるのも分かります。でも、うちではちゃんと“火を通して”食べるんです。そっちのほうが、美味しいですよ?」


ヴァルゼリナの目がキラッと光った。


「……ほんとうに?」


「はい。私が料理しますから、ちょっと待っててくださいね」


「うおおっ、それは楽しみじゃのう!」


パタパタとキッチンへ向かうノアを見送ったあと――


「……で、お願いがあるんですが」


「うむ?」


「せめて、その、服、着てもらえますか?」


「……ふぁ?」


ヴァルゼリナはようやく自分がほとんど下着姿でいることに気づいた。


「妾身、暑くて脱いだだけで……」


「……お願いです。食事はちゃんと用意しますから」


「……ぐぬぬ……しょうがないのう……」


ぶつぶつ言いながらも、ノアの言葉には勝てず、ヴァルゼリナはしぶしぶ服を着直したのだった。

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