第六十一話 盗人
「この三人、議会の前に引っ張っていけ。二度言わせるなよ」
「「「は、はいっ!!」」」
連行される途中、ロープで縛られた陸虚が口を開いた。
「……今回の訪問、決して悪意があったわけじゃありません。ちょっと……ちょっとだけ、草薬を掘りに来ただけでして……」
スミルナは冷たい目で振り返った。
「お前、自分でその言い訳信じてるのか?」
「……えーと……」
「“瞞天過海”。それも見事に、だ。護符で気配を隠し、魔力を収束して、しかも私の鼻すらごまかした。――で?」
「……で?」
「そんな大がかりな潜入の理由が“草薬数本”か?」
「……まあ、その草薬、実はかなりレアでして……」
「ふん」
スミルナが鼻で笑った。
「……カミロ、てめぇ……あの時もこそこそする、弟子までこのザマか」
「いやいや、あの……僕は別に、カミロ先生の弟子じゃ――」
「リクくんは誰の弟子でもありません! 彼はオレリスの“先生”です!」
レイリアが両手を握りしめながら前に出た。
「先生……?」
トーマが目を丸くしてぽつり。
「ちょっと待て、え、マジで? 僕だけ何も知らなかった感じ?」
スミルナは一度だけまばたきした後、にやっと口角を上げた。
「ほう。じゃあオグドンの手下か。“偽君子”の元で育っただけある。見た目は立派な“卑怯者”だな」
「……」
(この人、毒舌すぎない!?)
陸虚はロープの中で頭を抱えた。
「……本当に、すみません。騙すつもりはなかったんです。ただ……あの草薬は本当に必要で、しかもカミロ校長とあなたに因縁があると聞いたもので……」
「――おぉ? それ知ってて潜り込んだってことは、“覚悟してる”ってことだな?」
「え?」
スミルナはぐっと近寄って、ニッと笑った。
「まだカミロに叩き込んでない借りがあるんだ。――お前が代わりに受けてみろ」
「ちょっ――」
「吊るせ」
「えぇぇぇぇ!?」
レイリアとトーマの叫びが、議会の廊下にこだました。
「……殴るっていうなら、別に構わないですけど……」
吊るされたまま、陸虚は静かに口を開いた。
「せめて、理由ぐらい教えてもらえませんか? 僕が今から何でぶたれるのか、納得しておきたいんですよ」
「はあ? 語る価値もない。――誰か、狼牙棒持ってこい」
「えっ、ちょ、ちょっと!? え、それ本気のやつ!?」
数秒後、ずしんと重い音を立てて現れたのは、鉄でできた巨大な棍棒。先端にはぎっしりと鋭いスパイク。
「嘘でしょ……あれで殴られたら、絶対五体満足じゃ済まない……」
陸虚はごくりと喉を鳴らした後、必死に頭をフル回転させる。
(……確か、カミロ校長が“魔導師昇格の席”を奪った、って言ってたよな……)
(ってことは……もしかして――)
「……もしかして、カミロ校長って、族長の“魔導師昇格の枠”を横取りしたとか、そういう話ですか?」
その言葉に、スミルナの目がピクリと反応する。
「……横取り? “横取り”じゃない」
「“盗んだ”んだよ!」
その声には、長年の怒りがこもっていた。
「アイツとは、一緒に古代の “秘法”を研究する約束だった。共に学び、共に高め合うって――そう言ってたんだよ」
「なのに、アイツ……約束を破って、一日早く秘法を読み漁ったんだ!」
「中に残ってた魔力を“勝手に吸収”して、先に魔導師に昇格しやがった!」
「せめて一言、“先に使わせてくれ”って言ってくれれば、私は譲ったよ! あんな奴のためなら、私は――」
拳を震わせながら、スミルナは言葉を詰まらせた。
陸虚はその顔を見て、ふと気づく。
(ああ……これは、ただの“枠の奪い合い”なんかじゃない……)
(この人、本気で信じてたんだ。カミロ校長との関係を――)




