第五十九話 潜入
祭り当日。
陸虚は最初の一回戦だけ“形だけ”参加し、あっさり敗退。
「……まあ、こうなるよな」
とりあえず会場の隅に座ってビールを飲みながら、勝ち進む猛者たちを眺めていた。
やがて会場が歓声で最高潮に達したタイミング――
「ちょっと……トイレ!」
そう言い残し、陸虚は人混みを抜けてさっと広場を離れた。
そのまま裏手の山道を進み、南門を抜けて火山地帯へ――
肩にティアリア(鳥)を乗せ、首からドワーフの“気配遮蔽の護符”を下げながら、溶岩の熱気に満ちた洞窟へと入っていく。
「時間がない、急ごう。試合が終わる前に戻るぞ」
「了解、全力で探す」
二人は周囲の気配を探るために魔力感知を最大限に開き、奥へと進んでいった。
そして――
それは、火山の内部にある赤黒い“火湖”のほとりだった。
「……あれ、あれじゃない?」
ティアリアが一本の奇妙な植物を見つけて指し示した。
赤くねじれた根、燃えるような葉――
「千年火参……間違いない。しかも状態も最高級だ」
陸虚が喜びに顔をほころばせた、そのとき。
「……で、食うとどんな味だ?」
「ん? 苦い……けど、……え、ティアリア、君食べたいの?」
「……いや、私じゃない。今の、私じゃないよ?」
「え?」
二人が同時に振り返ると――
そこにいたのは、真紅の鱗に覆われた、巨大な龍だった。
その双眸が、まっすぐこちらを見下ろしていた。
「……っ!!」
(……6級!? いや、間違いない、この気配……!)
完全に固まった陸虚の隣で、ティアリアがピクリと動いた。
「……その気配、懐かしいな。ティリオンと関係あるか?」
紅龍がティアリアに問いかける。
「ティリオンは……私の父です」
「ほう……あいつか。昔、ちょっと遊んでもらったことがあってな。果実、よくくれた」
紅龍が懐かしそうに目を細めたあと――今度は陸虚に目を向けた。
「……君の気配、すごく心地いい。側にいてもいいか?」
「……へ?」
「いや、別に……ダメってわけじゃないけど、今の姿のままだとちょっと……いろんな意味で目立つかも……」
そう言うと、紅龍はふふっと笑い――
次の瞬間、その身体が淡い炎に包まれ、みるみるうちに人型へと変化していく。
現れたのは、燃えるような赤髪と龍角を持つ、スラリとした美女――
「これなら、大丈夫?」
「………………」
火参を手に入れたあと、陸虚は肩のティアリアを撫でながら、紅龍に向かって口を開いた。
「……改めて自己紹介しておくよ。僕は陸虚です、こちらはティアリアです。」
紅龍は一礼すると、柔らかな微笑みを浮かべた。
「妾身の名はヴァルゼリナ。火の属性が満ちるこの火山で、長らく眠っておった」
「……ここに?」
「うむ。妾身はこの大地に満ちる濃密な火属性の魔力に惹かれ、気づけば長き眠りに……そして、そなたの気配を感じ、目覚めたのじゃ」
「えっ、じゃあ……僕のせいで起きた感じ?」
「妾身が必要とする“熱”を、そなたは纏っておる。だから、ついていくことに異存はない」
「……なるほど…..」
こうして、三人………じゃなくて、一人と一羽と一龍は、火山地帯を無事に後にした。
祭り会場へ戻ると、あたりは再び大盛り上がり。
「うおおおおっ! いけーっ、トーマ!!」
中心のテーブルでは、トーマが筋骨隆々なドワーフの男と腕相撲を繰り広げていた。
「はっはっ、飲んでからのほうが調子出るなぁ!」
レイリアが陸虚の姿に気づき、すぐに駆け寄ってきた。
「リクくん、どこ行ってたのよ!? トーマ、この調子でベスト4入りだよ!? 飲んだら意外と強いんだから!」
「あいつ……笑わせながら、こっそり力入れてる……あれ反則ギリギリじゃね?」
だがそのとき、レイリアの視線が陸虚の後ろに向けられた。
「……で、そっちの超美人さんは?」
「え、いやこれは――」
説明しようとした、そのとき――
――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!




