第五十八話 女族長スミルナ
四日目。
広場に到着するなり、トーマが腕をまくり上げながら叫んだ。
「さあ来いドワーフども! 今日は俺が飲み勝ってやるぞーっ!!」
……しかし。
「………………」
誰も酒を持っておらず、全員が広場中央の鍛冶場に注目していた。
「……え、あれ? 今日は……飲まないの?」
気まずそうに笑うトーマに、一人のドワーフのおじさんが答えた。
「飲むのは夜。昼は族長様が“賞品”を鍛えるのを見る時間だ」
「賞品……?」
その言葉を皮切りに、周囲が一斉に静まり返る。
そして――
「来たぞ……」
重たい足音と共に現れたのは、一人の堂々たる女性。
ドワーフの女族長、スミルナ。
白銀混じりの髪を後ろでひとまとめにし、背筋はまっすぐ。年季の入った鍛冶エプロンを身に着け、その眼光は鋭く、言葉は少ない。
「……始める」
それだけ言うと、巨大な炉の前に立ち、奥義の真形とも呼ばれる特注の戦鎚を手に取った。
――ガン、ガン、ガン……!
鋼を打つ音が響くたび、空気が震える。
火花が舞い、溶けた金属が炉から流れ出し、命が吹き込まれるように一つ一つの武具が形になっていく。
矮人たちは息をのむようにその姿を見つめ――やがて、鍛造が終わると、スミルナはまっすぐにこちらへと歩いてきた。
「……君、オレリスの学生か?」
スミルナの視線が、レイリアに向けられる。
「は、はいっ!」
緊張しながらも答えると、スミルナは小さく頷いた。
「魔法の気は悪くない。護身用に持っておけ」
そう言って、彼女はレイリアに精巧な小型の斧を手渡した。
「……それと、男を見る目は鍛えておけよ」
レイリアが赤くなる中、スミルナの目が次に動いたのは、陸虚の肩に乗ったティアリア。
「……ほう。あの老いぼれオグドン、まだやるじゃないか」
「世界樹の気配を纏った鳥なんぞ、普通はお目にかかれん」
そう言って、懐から取り出した小さな装飾品を、ティアリアの頭にそっとくくりつけた。
それを見て、期待に満ちた目でこちらを見ている陸虚とトーマ――
「……お前らにはねえよ」
「は?」
「男ってのはな、プレゼントを“もらう”んじゃなく、“勝ち取る”もんだ」
バチンッ!!
スミルナは豪快に二人の背中を叩きながら、にやっと笑った。
「勇気と熱血で奪ってみせろ。そしたら、くれてやる!」
「「は、はぁ……」」
二人は赤くなった背中をさすりながら、素直に頷くしかなかった――
午後。
酒の回っていない貴重な時間帯、陸虚はティアリアと共に街の鍛冶屋を回って情報を集めていた。
その中で、とあるドワーフの親父がぽろりと漏らした。
「火山の道? それなら南門の裏手から細い山道があるぞ。知ってるやつは知ってる」
「へぇ……」
「ただし、あそこは基本誰も近づかん。特に祭りの夜は、みーんな広場に集まって飲むからな」
(……それって、つまり“今夜”なら無人ってことだよな)
陸虚は心の中で密かにガッツポーズを決めた。
夜。
再びの宴会、再びの酒。
「かーっ……やっぱドワーフのビールは効くな……!」
周囲のドワーフたちと酔いが回り始めたところで、陸虚がぽつりと話題を投げた。
「そういえば……僕の通ってた学校の隣に、アカデミア・カラン魔法学校ってあるんだけどさ――そこの校長、ドワーフなんだよな?」
その言葉に、周囲の空気がピタリと止まった。
「……なっ……」
「お、おい……お前、今なんて言った……?」
「え? だからカランの校長が――」
「やめろ!! その名前、ここじゃ禁句だ!!」
「えっ!?」
突然の剣幕に陸虚も驚き、思わず身を引く。
「……族長様の前でその名前出したら、お前の頭、ほんとに“カーン!”ってやられるぞ……!」
「な、なんでそんなに……?」
「……あの人が、族長様の“魔導師昇格の道”を奪いやがったんだよ……!」
「……それ以来、あの話題は部族全体でタブーなんだ。詳しいことは聞くな。命が惜しけりゃな……」
「………………」
陸虚、沈黙。
(……そ、そりゃあスミルナが殺しに来なかっただけ、むしろありがたいレベルじゃねぇか……)




