第五十七話 ドワーフの部族
数日後、一行は無事にドワーフの部族領へと辿り着いた。
ちょうど祭りが近い時期とあって、入口の通りは多くの人と商人で賑わっていた。
「うわ……にぎやか……」
「見ろよ、あっちの屋台、肉が丸焼きだぞ……!」
レイリアとトーマがはしゃぐ中、商隊がゲートを通過しようとした、その瞬間――
――ドォンッ。
まるで空間そのものが一瞬揺れたかのような“圧”が、頭上から降ってきた。
(……! この感覚……!)
陸虚が警戒した次の瞬間、その威圧感は一気にティアリアへと向かった。
「……ッ!」
鳥の姿をしたティアリアの頭が、強制的に下に押し下げられる。
彼自身も小さく羽を震わせながら、静かに耐えていた。
やがて、数秒後――
その圧はふっと消えた。
(……終わった……?)
陸虚がほっと胸を撫で下ろした、まさにその時。
――ズンッ。
またしても、あの“視線”のような気配が戻ってきた。
今度は、彼自身に向けて。
(……マズい……!)
陸虚は冷や汗をかきながら、無理やり笑顔を作って、横の二人に話しかけた。
「お、僕たちも……あとでちょっと、お土産でも見に行くか……?」
「え、うん? いいけど……?」
会話をしながらも、彼は全神経を“金丹”の気配の封印に集中させていた。
(抑えろ……絶対に、バレるな……!)
金丹の回転を限界まで低速に、魔力の循環を徹底的に弱める――
数十秒後、ようやくその“視線”は去っていった。
(……はあ……はあ……)
なんとかその場を取り繕い、一行は街中にある宿屋にたどり着いた。
部屋に入った瞬間――
バタンッ!!
ドアを閉めた陸虚は、その場にしゃがみ込みながら大きく息を吐いた。
「……っ、やっば……マジで……危なかった……」
ティアリアも肩の羽をぐったりと落とし、鳥の姿のままふぅっと息を吐いた。
「……とりあえず、今のところは……侵入成功、ってとこかな……」
宿でひと休みした後、陸虚は肩のティアリアに視線を向けて言った。
「……完全に冬になるまで、あと一週間ってとこだな。よし、先に情報収集しに行こうか。」
「了解。あまり目立たないようにね」
そうして二人は街へと出かけた。
さすがは鍛冶の民、ドワーフの街――通りの半分以上が鍛冶屋で埋め尽くされていた。
ただ、その多くはシャッターが下りたままで、火も灯っていない。
「……あれ? 思ったより静かだな。祭りの準備中……ってわけでもなさそうだけど」
首を傾げながら歩いていた陸虚だったが、中央広場にたどり着いた瞬間――
「な、なんだこのにぎやかさは……!?」
目の前に広がっていたのは、すでに祭り本番さながらの熱気と活気に包まれた風景だった。
楽器の音、笑い声、焼き肉の匂い、飛び交うビールジョッキ――
「えっ、祭りってまだ数日先じゃなかったか……?」
そう思った瞬間。
「ほら、兄ちゃん、遠くから来たんだろ? 飲め飲めー!」
「え、ちょっ……」
言葉を遮るように、でっかいジョッキが陸虚の手にねじ込まれた。
「遠路はるばるよく来たな! ここじゃ余計な遠慮はいらねえぞ!」
「……っ!」
陸虚は一瞬迷ったが――
「じゃあ、いただきますっ!」
ぐいっ、と一気に飲み干した。
「おおっ! いい飲みっぷりじゃねえか!」
その一言で完全に気に入られた陸虚は、そのまま熱狂の輪に巻き込まれていった――
日が落ちて、夜も深まった頃。
「うー……ちょっと……飲みすぎたかも……」
千鳥足の陸虚が、ぐらぐらとしながら宿の玄関を開けた。
肩に乗ったティアリア(鳥形態)もぐったりとしており、顔を羽で隠していた。
「……あいつら、まさか鳥にも酒を勧めてくるとは……」
どうにか部屋にたどり着いたところで、レイリアの呆れた声が飛んできた。
「また一人、酔っ払いが帰ってきたわね……」
「“また”?」
訝しんで部屋に入ると――
「……うぇぇ~……」
ベッドの上には、トーマが四つん這いで大の字になって沈没していた。
「……ああ、なるほど。“また”か」
陸虚はふらふらしながら、静かに納得したのだった。
翌朝。
「今日は……飲まない!絶対に飲まない!!」
トーマが拳を握りしめ、真剣な顔で宣言した。
「昨日のは完全に罠だった……完全にやられた……」
「だな……」
隣でうなずく陸虚も、内心で決意を固めていた。
(昨日は飲まされただけで、何の情報も得られなかった……今日はちゃんと調査しないと……)
そうして二人は再び中央広場へと向かった。
しかし――
「おっ、来た来た! 昨日の“豪快コンビ”じゃねえか!」
「おう、そっちの細身の兄ちゃんも、酔ったら踊るし歌うし、なかなかのエンタメだったぜ!」
「さあさあ、今日も頼むぞっ!」
「あっ……」
「やっ……やばい、目を合わせるな……!」
逃げようとする前に、二人はガッチリと両腕を掴まれ、あれよあれよという間に“本日の飲酒会”へご招待されていた。
夜。
「っひっく……今日は……昨日より飲んだな……!」
「でもさぁ……あの矮人のじいさんのダンス……面白かったよな……!」
酔いどれコンビが肩を組みながら、千鳥足で宿へと帰ってくる。
その光景を見たレイリアは、頭を抱えた。
「……もう、あなたたち……何やってんの……」
「だ、だって向こうがしつこくてな……」
「仕方ない流れだったんだ……」
「……明日は私も一緒に行く!」
「えっ」
「えっ」
そして、翌日。
案の定――
「今日は美女もいるなんて最高じゃねえか!」
「三人組で飲むなら“お祭りトリオ”だな!」
「ちょ、ちょっと!? ちょっと待って……!」
レイリアもきっちり巻き込まれ――
その夜。
三人そろって、揃いも揃って、ふらふらと宿へと戻ってきた。
「だ……だから言ったのに……うぅ、頭ぐるぐるする……」
「はっはっは……これが……“ドワーフのもてなし”ってやつだ……」
「ティアリア……お水……水くれ……」
こうして“ドワーフの宴”三連敗――見事に酒に負け続ける三人だった。




