第五十六話 山賊
翌朝、商隊が山道に差し掛かったあたりで、それは起きた。
「――おい、お前ら、荷物置いてさっさと消えな!」
道を塞ぐように現れたのは、武装した十数人の男たち。
その中で、最も大柄な男がニタニタと笑いながら指をさす。
「おいおい、お前が出せって言ったら、ホイホイ渡すのかよ……!」
隊長が口を挟んだ瞬間――
山賊の頭が中級魔法を放ち、隊長はその場に倒れ込んだ。それを無視ながらレイリアのところへ見た。
「……それと、そこの小娘、連れてこい。なかなかの美人じゃねぇか。」
レイリアの顔がこわばる。だがそのとき――
「……大丈夫。怖がらないで」
すっと近づいた陸虚が、耳元で小声に囁いた。
「君の持ってる“あれ”、渡して。混乱に乗じて、僕が仕留める。」
レイリアはこくんと頷き、懐からスクロールを取り出しかけた――その瞬間。
「おいおい、何コソコソやってんだ?」
ニヤついた一人の手下が、陸虚の背後からいきなり蹴りを入れた。
「ぐっ……!」
陸虚は地面に倒れたが、顔をしかめながらも黙って起き上がる。
(……覚えたぞ、お前)
さらにその手下が追い打ちをかけようと歩み寄ったとき――
「待てっ!」
間に割って入ったのは、トーマだった。
「……彼達には手を出すな。僕を人質にしろ。僕の家は伯爵だ。身代金を出せば、いくらでも金になる」
「へっ、金持ち坊っちゃんか? 回りくどい!」
山賊の頭は鼻で笑い、トーマの目の前まで歩いていくと――
ドゴッ!
容赦ない一撃を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
トーマはその場に崩れ落ち、その手から一枚のスクロールが滑り落ちる。
「……高位スクロールか?」
山賊の頭がそれを拾い上げ、にやりと笑った。
「はっ、甘いな。俺様を騙そうなんて百年早ぇ!」
その視線がレイリアに向く。
「女、いい加減に出せ。俺は女には甘いんだ。無駄に血を流させたくない」
レイリアはちらりと陸虚を見た。陸虚は静かに、けれどはっきりと頷いた。
「……わかりました」
レイリアが差し出した二枚目のスクロールを受け取った土匪頭は、勝ち誇ったように笑った。
「へへっ、二枚とも高位か。こりゃ大儲け――」
だが次の瞬間。
――バチン!!
スクロールが勝手に展開し、空気が一気に引き締まった。
黒雲が空に渦巻き、巨大な雷陣が地面に刻まれていく。
「……なんだ!?自動的に? 防御だけ? たかが――」
最後まで言い切る暇はなかった。
ズバァンッ!!
無数の雷光の中から、鋭く尖った“雷針”が一直線に飛来し――
ドシュッ!!
山賊の頭の頭部を、貫いた。
「っ……!」
沈黙。
そして次の瞬間、陸虚の叫びが響き渡る。
「頭がやられたぞ! 反撃だ!!」
「な、なにぃっ!?」「ひ、引けーっ!」
動揺した山賊たちは、一気に士気を崩し――
商隊側の護衛や冒険者たちが、怒涛の勢いで攻勢に出る。
ほんの数分後には、山道に立ち塞がっていた盗賊たちは、完全に沈黙していた。
レイリアはすぐに立ち上がり、倒れた隊長の元へ駆け寄った。
「リクくん、トーマ! 怪我は!?」
「……かすり傷程度だ。大丈夫。」
「僕も大丈夫、ちょっと打撲しただけ……」
ふたりが答える中、レイリアは急いで回復薬と治療用の薬草を取り出し、隊長の手当てに集中した。
「……ふぅ、ひとまず命に別状はないみたい……」
しばらくして、隊長がうっすらと目を開けた。
「……すまん、俺がちゃんと守れなかったばかりか……大事なスクロールまで失わせて……」
「なに言ってるんですか!」
レイリアが眉をひそめて声を上げた。
「こんな緊急事態、誰にも予測できませんよ。それに、あのスクロールは“ちゃんと役に立った”じゃないですか」
「……そ、そうだな。ありがとう……」
そのやり取りの横で、トーマが感心したようにぽつりと言った。
「にしても、あのスクロール……すごかったよな。あんな強力な雷魔法が自動で発動するなんて、絶対オレリスの“あの天才教師”の作品だろ?」
レイリアと陸虚が、無言で顔を見合わせる。
「……あれ、レイリアって、会ったことあるよな? あの先生、どんな人なんだ?」
「えっ……そ、それは……あの、厳しそうな……感じの……」
レイリアは視線を彷徨わせながら言葉を濁す。
「ふーん……じゃあ、リクくんは?」
「え、僕……? うーん、まあ……たぶん、見たことあるんじゃないかな……?」
陸虚が若干引きつった顔で言うと、トーマは両手を上げて冗談めかして笑った。
「ははっ、なんだよそれ。ふたりとも、存在感なさすぎて覚えられてないんじゃないの? あの先生の眼中にすら入らなかったとか?」
「…………」




