第五十五話 雑談
夜になり、商隊は野営の準備を整えていた。
焚き火がパチパチと音を立てる中、陸虚はティアリア(鳥の姿のまま)を肩に乗せたまま、焚き火のそばで小声で話しかけていた。
「……なあ、ティアリア。君、完全に気配を隠す自信ある?」
「うーん……」
ティアリアは翼で喉元を軽くかきながら、落ち着いた声で返した。
「今のこの分身体は、おそらく4級相当。気配を完全に消すとなると……逆に不自然になると思う。」
「それより、あえて“隠さない”ほうが自然かもしれないよ?」
「それに、私は“人間”じゃない。ドワーフの人たちも、そこまで警戒しないと思う。」
「……そっか。じゃあ、もしも何か“おかしい”って感じたら、すぐに逃げてくれ。」
「僕が捕まってもいいから、君は生きて戻って、助けを呼んでくれ。」
ティアリアは一瞬だけ沈黙したが、すぐに優しく羽を広げて頷いた。
「……了解。そうならないよう、祈ってるけどね。」
そんな話をしていると――
「リクくん、あったかいスープ、できましたよ」
レイリアが両手に鍋を抱えて近づいてきた。
「あ、ありがとう……って、君が作ったの?」
「……いえ、料理したのはあっちの人だけど。」
レイリアは少しむすっとしながら、焚き火の向こうを指さす。
そこでは、トーマが手際よく食材を炒めたり、鍋をかき混ぜたりしていた。
「へえ、意外だな。君って、もっと……なんというか、野営とか向いてないタイプかと思ってた。」
「それ、偏見ですよ?」
レイリアは口をとがらせて言い返す。
「トーマですら馴染んでるんですよ? それなのに私だけできないって、失礼です。」
「……たしかに、彼が働いてる姿は想像つかなかったな……」
そんな会話をしていると――
焚き火の向こうでこちらの様子をうかがっていたトーマが、思わず足を止めた。
(うわ……また二人で仲良くしてる……)
(でも……昼のあれは多分勘違い……た、多分な……)
ちらっと陸虚と目が合い、ビクッとしたが――
(いや、レイリアの隣を譲るわけにはいかん!)
何かを振り切るように、ぐっと歯を食いしばり、そのままスープ鍋を持ってこちらに向かってきた。
トーマが湯気の立つスープを手に、焚き火のそばへと歩いてきた。
「やあ、こっち座る?」
陸虚が笑顔で声をかけると、トーマは一瞬ためらったが、陸虚の隣――ぴったりではなく、一歩分だけ距離を取った場所に腰を下ろした。
「……ところでさ、君たち、どうやって知り合ったの?」
何気ないふうを装いながら、トーマが質問を投げかける。
レイリアは一瞬固まり、どう答えたものかと目を泳がせる。
「……オレリスで会ったんだよ。僕も学院の学生だった。」
陸虚が代わりにさらっと答えると、トーマは目を細めてじっと彼を見る。
「へえ……じゃあ、ご両親はどちらに?」
「……いないよ。僕、親はいないんだ。」
その瞬間、トーマの顔色が変わった。
「……っ、悪い。そんなつもりじゃ……」
「気にしなくていい。ホントのことだし。」
陸虚が笑うと、空気がほんの少し和らいだ。
「それにしても、君の“驅虫スクロール”見たよ。すごく出来が良かった。もし戻ってから時間があるなら、うちの工房で働かない? 待遇は悪くないよ。」
その言葉に、陸虚は驚きつつも、ほんのりと胸が温かくなるのを感じていた。
(……この子、普通にいいやつだな)
しかしその時、レイリアがすっと身を乗り出して割り込んできた。
「えーっと、彼、今は学院でも十分やれてますし、別にトーマのところなんか行かなくても……」
「“なんか”って……君が決めることじゃないだろ?」
「でも、あたしにだって言う権利くらいは――!」
「はいはい、喧嘩しないの。僕、まだ転職考えてないから」
二人の言い合いを見ながら、陸虚はふっと息をついた。
「……若いって、いいなぁ……」
「おいおい、何その言い方。君、いくつなんだよ?」
「27。」
「えっ、僕26、でレイリアは……」
「ちょっと!? なんで勝手に人の年齢言うのよ!」
「いいじゃん、どうせバレるし! ってか、たった1歳しか違わないのに、何“悟ってます”みたいな雰囲気出してんのさ!」
その言葉に、陸虚はとうとう吹き出した。
「ははっ、言われてみれば確かに……!」
笑い声は連鎖し、レイリアもぷっと噴き出して、最後には三人そろって声をあげて笑った。
夜の焚き火がぱちぱちと揺れる中、旅の仲間たちの距離は、ほんの少し縮まった。




