第五十四話 ドワーフの情報
商隊はついに、ライフタリンを出発した。
馬車が連なり、ゆったりとした速度で街道を進んでいく。旅の始まりとしては、上々の滑り出しだった。
その中、陸虚はこっそりと――だが確実に、自分の快適空間を確保していた。
「隊長、この“驅虫スクロール”、一枚でいいんで……できれば馬車のスペース、少しだけ分けてもらえませんか?」
そう言って差し出された符を見た隊長の目が、一瞬で変わる。
「おおっ……こりゃありがてぇ……!」
隊長の馬車の座席に落ち着いた陸虚に、隊長が嬉しそうに語りかける。
「いやいや、君、気を遣いすぎだって! でも正直なところ……これがあると本当に助かる。野営中に虫がいないだけで、どれだけ寝つきが違うか……!」
「はは、それなら良かったです。道中でもちょこちょこ描いて、みんなに配れるようにしておきますよ。」
「マジで!? それ、助かるなぁ!」
すっかり上機嫌になった隊長は、豪快に笑ってから拳を軽く握った。
「いや~、君みたいな若者が来てくれて助かるよ。こういう気配りができる奴、少ないからな。ありがとな!」
「いえいえ、僕も色々と教えてもらいたくて。……そういえば、ドワーフの部族ってどんなところなんですか?」
「ドワーフか。あいつらはな、一度関係築けたらめちゃくちゃ義理堅いぞ。」
「恨みさえ買ってなけりゃ、どこ行っても歓迎される。しかも今の時期なら、ちょうどお祭りシーズンに入ってるはずだ。」
「祭り……ですか?」
「ああ、美酒、美食、もう飲み放題食べ放題ってやつだな!」
隊長は嬉しそうに両手を広げて語り出す。
「運が良ければ、あの女族長様が自ら鍛えた品を、祭りの“腕相撲大会”の優勝者に授けてくれるらしい。」
「腕相撲大会……!? 僕らも参加できるんですか?」
「もちろん! ただし、魔法の使用は禁止! 完全に肉体勝負だ!」
「俺も去年出たんだぜ? 結果は……六位!」
そう言って隊長は自慢げにニッと笑い、荷物の中から一本の匕首を取り出した。
「これがその時の賞品だ。“黒鉄の牙”って呼ばれてるやつでな。見ろ、この黒光り……!」
漆黒に光る刃が、日差しを受けて鈍く輝く。その匕首を陸虚に見せながら、隊長は腕をぐっと曲げ、さりげなく鍛えられた上腕二頭筋を見せつけた。
「まあ、君みたいな細身の子にはちと厳しいかもな? はっはっは!」
隊長の話を聞きながら、陸虚はふと心の中で思った。
(……あれ? なんか、思ってたより穏やかな旅かもしれないな……)
そんな気がしてきた矢先――
「ま、リクくん、あんまり気負わなくていいぞ。ドワーフたちは、俺らみたいな“普通の連中”には、すごくフレンドリーだからな。」
「……普通の?」
「そう。逆に、あっちの連中が警戒するのは“強い奴”だ。」
「えっ?」
陸虚が一瞬きょとんとする。
隊長は後頭部をポリポリと掻きながら、少しばかり申し訳なさそうに続けた。
「詳しいことは俺も知らないけどな……向こうの村に入る時、4級以上の大魔法使いたちは全員チェックされるって聞いたぜ。」
「えぇ……」
「それで、“問題なし”って確認されても、あまり長くは滞在させてもらえないらしい。」
「いやいや、それ……強者側は納得するんですか?」
陸虚が思わずそう尋ねると――
「“強者”ねぇ……」
隊長が豪快に笑い出した。
「はははっ! そりゃ、お前――その“強者”とやらをぶん殴れる奴が向こうにいるってことさ!」
「……へ?」
「ドワーフの女族長ってな、5級の奥義魔導士、魔導士レベルの中じゃトップクラスの実力者だ。」
「“最強の5級”って言われてるくらいでな。」
「アカデミア・カラン魔法学院って知ってるか? そこの校長、あれはもう6級の魔導師なんだけどな――」
「数年前、挨拶に行ったらしいんだよ。で、例によって力の波動かなんかで警戒されて――」
「女族長に……」
隊長は拳を握って振りかぶるような仕草をしながら――
「一発、“ゴン”と、門の外まで吹っ飛ばされたらしい!」
「…………っ!」
陸虚の喉がごくりと鳴る。
(なんが嫌な予感が….!?)




