第五十三話 出発前の準備
冒険者ギルドでの登録を無事に終えた陸虚は、レイリアに案内されて商隊の集合場所へと向かった。
今回同行する商隊は、ライフタリンでも有名な交易団のひとつ。香辛料をドワーフ領に運び、帰りには希少な鉱石と交換して戻ってくるという、往復型の定期取引だ。
一通りの挨拶と紹介が終わると、レイリアが少しもじもじとした様子で隊長に話しかけた。
「あの……実は、私の……その……友達も、一緒に行くことになってて……」
「ほう? 護衛がもう一人増えるのか?」
隊長は少し驚いたように眉を上げる。
「でも、うちの予算はもう決まってるからな……追加人員を頼むには費用が――」
「い、いえっ! 彼、便利な魔法スクロール書き者で……えっと、報酬は必要ないそうです!」
「……なに?」
一瞬、隊長の目が鋭くなったが、すぐに満面の笑みに変わった。
「なぁんだ、そういうことか! それなら大歓迎だよ!魔法スクロール書き者ってのは、旅の途中で何かと役立つしな!戦闘もサポートもできるし、こっちの負担も軽い!」
「それにしても……報酬いらないとは、いい若者だな!」
横で“報酬いらない便利職”の陸虚が苦笑いを浮かべる。
(いや、もらってるけどな……)
そのまま出発日についての調整が行われ、予定は来月の初旬に決まった。
「……ちょうどいい。火山地帯に入れる時期とも被るな。」
陸虚は心の中でそうつぶやき、計画が予定通り進んでいることにひと安心するのだった。
出発当日。
陸虚はカミロが仕上げてくれた“ドワーフの気配を纏える護符”を首から下げ、肩には鳥の姿となったティアリアを乗せて、商隊の集合場所に向かった。
レイリアはすでに到着していたようで、陸虚の姿を見つけると、ぱっと顔を明るくして駆け寄ってきた。
「おはよ――あっ……!」
危うく“陸先生”と呼びそうになって、慌てて口を押さえる。
「お、おはよう……リクくん……!」
「ナイス判断。」
陸虚が小さく親指を立てて笑うと、レイリアは一瞬嬉しそうに照れた表情を見せた。
「それより、肩の鳥さん……すっごく綺麗……! ふわふわだし、目も知的で……なんだろう、どこかで見たような……」
陸虚はそっと彼女の耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。
「……ティアリアだよ。」
「……えっ?」
近すぎる距離に一瞬ドキッとしながらも、意味を理解した瞬間、レイリアの目が大きく見開かれた。
「まさか……毎日見てた、あの世界樹が……!?」
「まあ、分身体らしいけどな。」
「すご……そ、それならもっとちゃんと敬意を……!」
慌てて鳥のティアリアに頭を下げようとするレイリア。
その様子を微笑ましく見ていた陸虚だったが――
「へぇ~、レイリア。そっちの男、見たことないけど? ずいぶん親しそうだな?」
どこか鼻にかかった、わざとらしい声が割り込んできた。
振り返ると、そこに立っていたのは年の近そうな青年――トーマだった。
レイリアの顔が一気に冷たくなる。
「……トーマ。あんたに関係ないでしょ。これから出発するの。関係ないなら邪魔しないで。」
「うわ~、冷たいな~。でも残念でした、僕“関係者”なんだよね。」
「……は?」
「今回は僕も一緒に行くから!」
「はぁ!? あんた魔法も使えないのに何しに来るのよ!?」
「観光だよ、観光。旅のついでにリッチな空気吸いに行くだけ。ほら。」
そう言って、トーマは懐から金貨の入った袋を取り出し、隊長にドンと渡した。
「こいつで旅費はばっちり。問題ないよね?」
隊長は金額を確認して、即座に満面の笑みを浮かべる。
「はい、ようこそご参加を!」
レイリアの額に青筋が浮かび上がった。
(……へぇ、こいつ……金持ちか)
陸虚はトーマの金袋を一瞥して、心の中でうなる。
(しかも、レイリアに対して妙に絡んでくるし……これは、間違いなく“気がある”パターンだな)
(ふむ……もしこのふたり、くっついたら……お祝い金とか、なんかうまい話が転がってくるかも……)
(っていうか、校長から金貨1万を稼ぐことで? あれ、本気で無理じゃね?)
(……よし。こうなったら、貴族連中から稼ぐしかない!)
そう腹を括った瞬間――
陸虚の目がギラリと光を放った。
「レイリア!トーマ!いやぁ、素晴らしいタイミングで知り合えて嬉しいよ!」
急に満面の笑みを浮かべて、両手で二人の肩をがっちりと抱く。
「一緒に旅をする仲間として!これからはしっかりと絆を深めようじゃないか!」
「へっ……!?」
レイリアは突然のスキンシップに、耳まで真っ赤にして固まってしまう。
「な、なに、陸――じゃなくて、リクくん……そんな近いって……!」
その横で、トーマはというと――
(な、なんだ……この視線……)
(えっ? 今の目つき、僕を見るときもレイリアを見るときも同じじゃなかったか……?)
(えっ、ちょ、まさか……こいつ両方いけるタイプか!?)
「う、うわあっ!? や、やっぱり僕、馬車で荷物整理してくるわ!!」
ガタガタと肩を震わせながら、トーマは腕をふりほどき、猛スピードで馬車の中に消えていった。
その後ろ姿を眺めながら、陸虚はニヤリと笑ってつぶやいた。




