第五十一話 任務
陸虚が魔法師ギルドに足を踏み入れると、受付カウンターの前にはアルリンの姿があった。ちょうど客の対応をしているところのようで、相手は五十代くらいの、上品な身なりをした中年男性だった。だがその表情はどこか冴えず、眉間にしわを寄せていた。
アルリンも珍しく真剣な顔で話を聞いていたが、ふと視線を上げたとき――
「おっ……これはこれは、陸さん、じゃなくて陸先生じゃないか!」
目を輝かせて駆け寄ってくる。
「いやぁ、久しぶりだなあ。こんなところに、どういう風の吹き回しだ? わしの顔でも拝みに来たか、この老骨を!」
「いえ、ちょっと用があって……」
主張しようとした陸虚を遮って、アルリンは隣の中年男性を紹介した。
「こちら、グレイ侯爵殿。で――こっちはオレリスの先生の中でも、最年少にして大魔法使いとなった若き逸材、陸虚先生だ。」
「いや、そんな……」
「……ん? まさか、君……もう“魔導士”になってるのか?」
「はい……実は、今日その報告も兼ねて紋章の更新に来たんです。」
それを聞いたアルリンは、横にいたグレイ侯爵と目を合わせ、意味ありげな笑みを浮かべる。
「……どう思う?」
「……これ以上ないほど理想的だ。ぜひ、彼にお願いしたい。」
「……へっ?」
突然、グレイ侯爵が深々と頭を下げて言った。
「我が娘を、どうかよろしく頼みます!」
「ちょ、ちょっと待って! なにが“よろしく”なんですか!? そっちの話、全然聞いてないんだけど!」
慌てて手を振る陸虚に、アルリンが笑いながら説明を始める。
「実はな、このグレイ侯爵の娘さんは、君のところ――オレリスの学生なんだよ。で、彼女は今度、ある商隊に同行して外部任務に出る予定なんだが……」
「……お父さんが心配しててね。実力ある護衛を、こっそり同行させたいそうだ。」
「で、君はオレリスの先生で、若いが実力も折り紙付き――まさに適任ってわけだ!」
「えぇぇぇ……」
「ストップ! まだ引き受けるとは言ってませんよ!」
陸虚が思わず声を張り上げる。
「僕も最近ちょっと立て込んでまして……正直、時間があるかどうか……」
その言葉に、グレイ侯爵とアルリンの表情にわずかな落胆が走る。
「……そうですか。まあ、無理にお願いするわけにもいきませんね。」
侯爵はそう言って少し苦笑すると、アルリンに向き直る。
「ではアルリンさん、この件、ギルドの方で任務として掲示してもらえますか? 報酬は金貨500、前払いで構いません。」
「……500……金貨……?」
その瞬間、陸虚の眉がぴくりと跳ねた。
「いや、その……考えてみたら、僕の用事、そこまで急ぎってわけでもないんですよね。状況確認くらいなら、全然……」
「この依頼、僕が引き受けます!」
「本当ですか!? 助かります!」
侯爵は目を輝かせ、慌てて懐から小袋を取り出すと、ずしりと重たい音をさせながら陸虚の手に押し込んだ。
「では、よろしくお願いします!無事に帰ったらもう500の報酬もあるぞ」
念を押すようにそう言って、そのまま足早に部屋を後にした。
二人きりになった部屋の中、アルリンはじっと陸虚を見つめてニヤリと笑う。
「……今、金欠か?」
「……一文無しじゃ、英雄も動けませんよ。」
陸虚は溜息混じりに答えた。
「校長に“困ったらアルリンを頼れ”って言われて来たんですけど……まさか、こんな形で解決するとは思いませんでしたよ。」
「じゃあ……どこに行く予定なんだ?」
陸虚は任務書類を手に取り、目的地の欄に目を落とした。
「……あれ? これって……えっ、まさか……」
「おう、偶然だな。お前もドワーフ領域に向かう予定だったんだろ?」
アルリンがにやにやしながら言う。
「はい……でも、なんというか……」
陸虚が言い淀んでいると、アルリンがふと何かを思い出したように眉を上げた。
「……あっ、しまった。言い忘れてたことがあるな。いやぁ、すっかりお前が若すぎてうっかりしてたよ。」
「……え?」
「お前、今や五級の魔導士で、しかもオレリスの先生だろ?」
「はい?」
「だったら……あの女族長、素直に通してくれないかもしれんなぁ。」
「……やっぱり、そのへんの事情、ご存知なんですね?」
陸虚が苦笑混じりに尋ねると、アルリンは笑った。
「この歳にもなって、ドワーフのゴタゴタを知らないほうが不自然だろう? 我々くらいになると、“あの頃”の話はだいたい共有してるんだよ。で、陸先生はどうつもり?」
「僕なら気配を隠せますよ。魔導師のレベルにたどり着かないと、僕の実力には気づかれません。」
そう言って、陸虚はすっと気配を収めてみせた。
その瞬間――確かに、ただの一般人にしか見えない。
「ほう……こりゃ見事だな。」
アルリンが感心したように頷いた。
「でもな、もし本当に“隠す”つもりなら、最初から徹底しろよ? 身分も、言動も、戦い方も――全部“その役”で通しきる必要がある。道中、うっかり本性を見せるようなことがあったら、一発でアウトだ。」
そう言いながら、アルリンは少し考えるように顎に手を当てた。
「……やっぱり、この任務、やめといたほうがいいかもしれんな。グレイ侯爵に金、返しておくか? これ、下手すりゃお前の今後の計画にも響くだろ。」
「……っ」
陸虚は手元の袋に視線を落とすと、ぐっと口を結んで小さく唸った。
「……だめです。ここまで来て手放すなんて……もったいない……」
「……何か方法があるはず……」
額にしわを寄せてうんうん唸っていたが、突然、目を見開いてぱんっと手を打った。
「そうだ!“魔法スクロール書き者”の肩書きで行けばいいんですよ!」
「魔法スクロール書き者?」
「そう。スクロール書き者ってことでギルドに登録して、戦う時は“スクロール”を使っているってことにすればいい。もし本当に危険な場面があったら、実力を隠しながら対応できます。」
「それに、事前に侯爵の娘さんにもこっそり事情を話しておけば、問題ないはず!」
アルリンはしばらく考えた後、頷いた。
「ふむ……なるほど、それなら筋は通っている。最初からそのつもりで演じ切る覚悟があるなら、いけるかもしれん。」
「ただし、冒険者ギルドへの登録も“スクロール書き者”として新規でやり直す必要があるぞ?」
「大丈夫です、もうイメージ湧きました!」
陸虚は自信満々に頷いたが、その手にはまだしっかりと報酬袋が握られていた




