第四十七話 ザグレウス・ヴェノムス
「久しいな、フレアヴァルトの坊主ども」
その声が、空気を震わせる。
「ザグレウス・ヴェノムス――黒蛇公爵本人、御臨場だ。」
「ちっ……」
陸虚が舌打ちした。
(こいつ……黒蛇公爵か)
「まさか……フレアヴァルト家にこんな“切り札”があったとは。だが、残念だったな――一手、足りなかったようだ。」
ザグレウスがにやにやと笑いながら、リセルに視線を向ける。
「リセル、お前が外に出なければ、私は動かなかった。だが出てきた以上、これは“外交上の問題”にできる」
陸虚は睨みつけて、低く吐いた。
「……クソ蛇野郎が。ガキ相手に大人げない真似しやがって」
「ん? 私は手など出していないよ?」
――その瞬間、空に鳳の影が現れた。
「それ以上は許さんぞ、ザグレウス」
炎の翼を広げ、シフが空から舞い降りた。
「リセル、出てこい。……こいつが手を出せるものなら、出してみろ」
ザグレウスが冷笑を浮かべた。
「やはり貴様か、シフ。昔から変わらずウザったい男だ」
そして手を振る。
「だが、こちらにも準備はある。出ろ」
――ズズッ……
彼の背後から、三人の漆黒の魔導士が現れる。
「全員、5級、魔導士クラスだ」
「さあ、噂の陸先生――君がどれだけ強かろうと、三人の魔導士を同時に相手にできるか?」
そして、ザグレウスは楽しげに続けた。
「シフ、君はどうだ?これを見ても、まだ“戦う価値”があると思うか?」
そのころ――
遠く、フレアヴァルト公爵邸の一室では――
レオネス公爵が、ある男と向き合っていた。
「……レオ、もう遅いよ。君はここを離れられない」
「……まさか、お前まで買収されていたとはな」
レオネスが静かに言い放つ。
だが、男は手を上げた。
「違う、聞いてくれ。レネヴィル家採掘していた物は本当は鉱脈だけ?あれは旧皇族のものだ――!」
「.......」
シフは陸虚の目線を一瞬で読み取った。
「……了解だ」
彼は片手をゆるりと持ち上げ、ザグレウスを真っすぐに指さした。
「お前の顔見てるとムカついて仕方ねぇんだよ。今日は……絶対にぶん殴る!!」
――ゴォォオッッ!!
炎の翼が爆発的に展開された。
シフの身体は、眩いばかりの紅蓮の羽を纏い、一瞬で「炎の鳳凰」へと変貌した。
灼熱の螺旋が地を裂き、空を焦がす!
「……ったく、本当に狂ってるな」
ザグレウスは黒いローブを翻しながら、
静かに呟いた。
次の瞬間、漆黒の魔力が地面から湧き出す。
その身体は霧のようにほどけ、
巨大な黒蛇の姿へと変貌した。
――そして、炎と毒が激突する。
一方そのころ――
陸虚の前に立ちはだかる、三人の魔導士。彼らの瞳は全て赤黒く染まり、不吉な魔力が空間を歪ませていた。
陸虚は軽く片手を振り上げる。
バリバリバリバリッッ――!!
暗紫色の雷光が天空を引き裂き、漆黒の陰雷竜が咆哮とともに出現した。三人の魔導士は一瞬たじろいだが、すぐに呪文を唱え始める。
三方から魔力が収束し、空間そのものが呪術的な圧に包まれる。
――雷が唸り、魔法が炸裂する。
陸虚は陰雷龍と共に三人の魔導士の中へ飛び込んだ。
ドォォン!!!
龍の爪が黒鎧を引き裂き、雷光が影を焼く!
「クソッ、何だこの龍……!奥義みたいが奥義じゃない!」
「……魔導具ではない、“召喚存在”か!? いや、それとも……」
「そんな分析してる暇あるかよ!」
ズガァァン!!
三人の魔導士と陸虚が、雷と呪詛の嵐の中で、互いの命を削り合っていた――!
空が白み始める。
夜の支配が終わりを迎え、暁の兆しが空を染めていく。
その光に照らされながら――
ザグレウスの眉がひくりと動いた。
「……妙だな。時間がかかりすぎている」
彼は険しい声で叫んだ。
「おい、何をモタついている!相手はたかが4級の大魔法使いだろう!?」
三人の魔導士が、血を吐きながら答える。
「……す、すみません、ザグレウス様!この男、何かがおかしいんです!」
「攻撃しても、倒れても、魔力が切れた“フリ”ばかりしやがって……!」
「油断すると――何度でも立ち上がってくる!!」
「……まるで、こっちを弄んでいるように……!」
ザグレウスの瞳が鋭く光る。
「――何……?」
そして、次の瞬間。
「……ははっ、時間稼ぎはここまででいいだろう?」
陸虚が立ち上がり、遮っていた気配を“解除”した。
――ズゥゥゥゥンッ!!




