第四十六話 真火の虎
その威圧感――明らかに4級、大魔法使いのそれだった。
(……まずい……こいつは……!)
リセルは一瞬で全身の汗が噴き出すのを感じた。
「リセル、お願い……逃げて!」
カミラが鉄格子の向こうから叫ぶ。
「彼は……4級の大魔法使い!この荘園の結界は、外部からの侵入者に対しては2級以上の魔力を持つ者を拒絶して、しかし、内部にすでに存在する人物の魔力量や階級には一切制限をかけないだ!!!。」
リセルは歯を食いしばる。
(今の俺の魔力……残りわずか。日が昇るまでなんて絶対もたない……!この場で、ヤツを仕留めなければ……全て終わる!)
一瞬、頭の中フレアヴァルト家の家紋が浮かれた
(ヴェノムスの奴……5級はさすがに出してこなかった。さすがにそこまでやれば“戦争”になるからな…)
リセルの瞳が静かに燃える。
「カミラ……大丈夫。俺は、ここで引かない。ここで引いたら――お前を救いに来た意味がないんだ!」
そして拳を構える
「……防御は捨てる」
リセルは、すべての魔力を両拳に集中させた。
その体を覆っていた“真火のバリア”が消え、代わりに拳へと――全力で注ぎ込まれていく。
「……ほう」
敵の大魔法使いは、口元を歪めて笑った。
「その拳に賭けるつもりか……面白い、ならば受けてやろう。」
リセルは――飛んだ。
「うおおおおおおおッッ!!」
一撃、二撃、三撃――!灼熱の拳が、空気を焦がしながら叩き込まれる。
ドゴォッ! バガァッ! ガンッ!
音だけ聞けば、まるで勝っているようにも思える。
だが――
(……効いてない!?)
拳が肉を叩いている感触が、あまりにも“軽い”。
「ははっ……どうした? 終わりか?」
大魔法使いは一歩も動かず、ただ、片腕でリセルの拳を受け止め続けていた。
「君の炎は、確かに特別だ。レアヴァルト家の魔力らしくない、だが――その程度で、この“魔導障壁”を破れると思ったか?」
バチィィン!!
反撃の魔法がリセルの腹部に炸裂した。
「ぐはっ!!」
リセルの体が吹き飛び、石壁に叩きつけられる。
「はぁっ、はぁっ……」
倒れ込みながら、リセルは自分の拳を見る。燃えていた“真火”が、徐々に弱まっている。
(ダメだ……一撃も通せない……)
「さあ、もう終わりにしようか」
敵の男が、杖を掲げた。魔力の波動が膨れ上がる。その瞬間、鉄格子の向こうからカミラの声が叫んだ。
「リセル――ダメ! 逃げて!! もう十分よ!!」
(いや、違う……)
立ち上がりながら、リセルは拳を握った。
(俺は……まだ、負けてない――!)
「ぐあああああああああッ!!」
真火を纏ったリセルの咆哮が、夜の空気を震わせた。
その瞬間――
ズゥゥン……!!
まるで大地そのものが応えたような、重く、深く、魂に響くような脈動が彼の体を駆け巡った。
(……これは……なんだ!?)
灼熱の真火が、拳の周囲で激しく蠢く。
そして、残されたわずかな炎が――形を成した。
二つの炎の獣影。
それは、牙を剥き、咆哮を上げる二頭の“猛虎”だった。
「なっ……!」
敵の大魔法使いの顔が一瞬で蒼白になる。
「奥義……いや、違う、これは……奥義の“影”!?」
拳から溢れる“気配”――それは未完成でありながら、
明確に“奥義”に連なる何かだった。
(バカな、こんな未熟な小僧が……!奥義の片鱗に触れただけで、ここまでの威圧感を――!?)
「吠えろ!!」
リセルの叫びと同時に、猛虎の影が動いた。
「グ、グワアアアアアアアッッ!!」
ドガアァァァァン!!
――爆発のような衝撃。
リセルの拳から放たれた二頭の炎の猛虎が、大魔法使いの身体を貫き、吹き飛ばした。
その肉体はまるで撃ち出された矢のように、牢獄の壁を砕きながら――外庭へと叩き落とされた。
地面が抉れ、煙が上がる。
リセルは拳を下ろしながら、ゆっくりと息をついた。
「……これが、“俺の決意”だ」
荘園の外――
虎の咆哮が空を裂いた瞬間、
木の下に座していた男がゆっくりと立ち上がる。
「……ほう。リセル、教える前から“形”まで掴みやがったか」
陸虚は土を払いつつ、
「まったく……期待以上だな」と笑って歩き出す。
正門へと向かう途中――
そこに見えたのは、カミラに支えられて歩くリセルの姿だった。
だが――
「そこまでだ」
門番が、陸虚の前に立ちはだかる。
「……なんだ。勝負はもうついたんだろう?」
陸虚が問いかけると、門番はにやりと笑った。
「いえ、まだ“終わっていません”よ。」
――ゴゴゴゴゴ……
次の瞬間、空間が歪み、
結界が音を立てて開かれた。
「……っ!?」
その中心から現れたのは――
黒き長衣をまとい、まるで蛇のごとき薄笑いを浮かべた男。




