第四十四話 真火
「……これからも、僕のこと“先生”って呼ぶつもりか?」
陸虚が冗談めかして尋ねると、リセルは少し考えて、苦笑しながら答えた。
「……“師匠”って呼ぶよ」
その一言を聞いて、陸虚は一瞬だけ目を細めた。
(……僕も、修行の旅に出て間もない身だったのにな。まさか、もう弟子を取ることになるとは……)
(――これも、師匠が言ってた“縁”ってやつか)
「よし、いい子だ。お前が僕たちの“太玄道観”に入門したのも、運命ってやつだ。」
「さあ、静かな場所を探そう。僕が――お前の根基を作り直してやる。」
二人は街外れの人気のない岩場へと向かった。空はすでに茜色に染まり、風は静かで、空気には張りつめた緊張感があった。
陸虚は真剣な表情で言う。
「これからやることは、とにかく痛いぞ。耐えられるか?」
リセルは肩をすくめ、どこか開き直ったように笑った。
「格好よく“余裕です”って言いたいとこだけど……理性が全力で“無理だ”って言ってくる」
「お前、ほんと……なんでも冷静に見すぎなんだよな」
陸虚は呆れたように笑ったあと、声のトーンを下げた。
「でもな、耐えるしかない。父親のことを思い出せ、カミラのことを思い出せ。――それでも立て。」
リセルは拳を握りしめて、ぎゅっと目を閉じた。
「……来い、師匠。準備はできてる」
夕暮れの岩場、静寂の中に二人の影が伸びていた。
陸虚は袖をまくり、片手に指印を結ぶ。
「……じゃあ始めるぞ。深く呼吸しろ。今からお前の魔力を引き剥がし、燃やし、選別し、再構築する」
リセルは緊張で汗を滲ませながらも、うなずいた。
空気が震え、周囲の空間がわずかに歪む。
陸虚の掌がリセルの背中に軽く触れた瞬間――
ゴォッ!と音を立てて、リセルの体内から赤い霧が噴き出した。
「ぐああああっ――!」
激痛が脊髄から脳まで突き抜け、リセルは地面に膝をついた。だが陸虚は構わず、術式を進めていく。
「耐えろ、リセル。これは“魂に絡みついて積み重ねて成長できない炎の魔力”だ。十数年間積み重ねた“炎”を、今すべて燃やしてるんだ」
「わかってる……でも……やばいってこれ……!!」
赤い霧が抜けたあと、今度はリセルの胸元に淡い紅光が灯った。
「……見えたな。お前の中に眠る“真火の種”。ただし今はまだ、殻に包まれてる。自力じゃ決して目覚めない」
陸虚は深く息を吸い込み、全身の霊力を手に込める。
「――よし、“点火”するぞ」
掌から放たれた雷のような霊光がリセルの胸元に突き刺さる。その瞬間、真火の種子“コンッ”と音を立てて脈動した。
「ぅぁあああああああああっ!!」
全身の血液が沸騰し、魔力が逆流する。
それは痛みというより、存在が一度“焼かれ”、再び鋳造されるような感覚だった。
陸虚は手を離し、リセルの体を支える。
「……終わった。お前の魔力回路を焼き払い、真火に通じる“純粋な導線”に作り変えた」
リセルはぜえぜえと荒い息を吐きながら、倒れ込んだまま笑った。
「はは……終わったのか……」
術式が終わり、しばらくして陸虚が問いかけた。
「――で、今の調子はどうだ?」
リセルはゆっくりと立ち上がり、拳を握った。
「……すっげぇ強くなった気がする。体の中が……力で満ち溢れてる感じだ」
陸虚は笑いながら首を振った。
「残念ながら、今の僕にはを教える時間がないだから今回は、お前の中に溜まり続けた魔力を直接“燃やす”ことで、全身に“真火のバリア”を形成した」
リセルが目を丸くする。
「……つまり?」
「つまり――お前の魔力が燃え尽きるまで、その強さは続く。だけど、一度燃え切ったら……改めて1級にする」
リセルは顔をしかめたが、すぐに頷いた。
「……つまり、魔力が尽きる前にカミラを助けろってことか」
「その通りだ」
リセルは考え込んだ後、少し顔を上げて聞く。
「体術は使った方がいい?」
「お、心得あるか?」
「兄貴にしごかれてたから、軍の制式体術なら二年やってる」
「それなら話が早い。魔法使いに出会ったら――迷わず殴れ」
「……殴って……いいの?」
「いいどころか、殴るのが正解だ。真火のバリアを纏ってる今のお前の一撃は、相手の魔力を“燃やし尽くす”効果がある」
リセルは驚きで目を見開いた。
「……つまり!俺がひたすら殴れば、魔法使いの魔力をゼロにできるってことか!?」
陸虚はニヤリと笑いながら親指を立てた。
「そう。殴って、殴って、魔力がゼロになったら――勝ちだ。」




