第四十三話 陽謀
「ヴェノムス家ってのはな、貴族社会でも有名な“仕返し屋”なんだ。しかも陰険で粘着質、いったん敵に回したら……終わりだ」
「カミラの家族……どうなる?」
「明日、北方への追放が決まってるらしい。でも、俺たちは知ってる。あの公爵家のやり口は、“流刑”なんて建前で、移送中に皆殺しにするのが常套手段なんだよ」
リセルは続けた。
「……ヴェノムス家は、カミラの一家を王都郊外の荘園に閉じ込めている。しかも、魔法使いギルドが所有する“至宝”を使って荘園全体を覆っているんだ。2級以上の魔法使いは、結界の中に入れない。」
それを聞いた陸虚の表情が一変した。
「……これは……まさか……」
「――そう。俺の家族への当てつけだ」
リセルの声は低く、しかしはっきりと響いた。
「ヴェノムス家は、俺とカミラの関係を知っている。だからこの情報を、わざと外に流した。」
陸虚は考え込むように口を開いた。
「……陰謀か?」
リセルはかぶりを振った。
「違う。これは“陽謀”だ。あの公爵の頭の中では、俺は他のバカな二世たちと同じ“ただの駒”なんだろう。」
「この件を聞いた俺が、父に泣きついて交渉に動くと見越している。その結果、カミラの家族と引き換えに、我が家は莫大な資源を差し出す羽目になる。
もし父が拒めば、カミラ家の他の者を殺して、カミラだけは生かす。そうすれば、カミラは“俺のせいで家族を失った”と恨みを抱くことになる。そして、俺と父との間に亀裂が生まれる――」
「それに……あの“2級以上は入れない”って制限も、俺を誘い出すための罠だ。“どうせリセルは我慢できずにカミラを助けに来る”、そう考えてるんだろう」
「で、俺が結界に無理やり入ろうとして捕まれば、今度は俺を使って、より大きな対価を父から引き出すつもりなんだ。」
陸虚は眉をひそめながら問う。
「……お前の父上が動けないなら、俺とシフ教頭で行くってのはどうだ?」
だが、リセルは即座に首を振った。
「無理だ。あの結界は、魔法使いギルドが保有する“最高位の魔導具”――“法則”を刻む力を持ってる、大魔導師(7級)以下の人は入らない。」
「それに。おじさまが動けば、今度は“もう一人の公爵”が出てくる。この件、ヴェノムス家が“先手”を取ってる以上、後から動くほどリスクが増える」
「どっちに転んでも、あの公爵は損をしないんだ。俺たちが動けば、奴の思う壺……」
陸虚は静かに言った。
「だけど――あの公爵は、お前を甘く見た。奴の“全ての後手”を、お前はすでに見抜いていたんだ。」
リセルはうつむき、唇をかんだ。
「……見抜いたところで、どうにもならないよ。結局は結果が変わらない。俺が賢かろうが、馬鹿だろうが、意味なんてない。――あの公爵は、最初から俺のことなんて人間として見てないんだ」
陸虚は目を細め、鋭く言葉を返す。
「そこまで分かってるなら……なぜ、“さらに先”を読まない?」
「……!」
リセルは顔を上げる。
そしてしばらく黙ったあと、呟いた。
「……たぶん、あの公爵は……親父と賭けをしてる。“俺がカミラを助けに行くかどうか”“救い出せるかどうか”でな……」
その拳に、血がにじむほどの力が込められる。
「親父は……きっと、動かない。“負ける勝負には乗らない”――そういう人だから」
だが――
陸虚は、口角をわずかに上げて言った。
「――でも、お前が“彼女を救い出す”ことができたら?話は変わるだろ。……問題は、お前にその覚悟があるかどうかだ。」
リセルの目が揺れる。
「……でも、親父が許すとは……」
その瞬間、屋敷の方から執事が息を切らして走ってきた。
「リセル様……!……公爵様から伝言です……“やりたいことがあるなら、やれ。父親に恥だけはかかせるな”と……!」
リセルはその場に立ち尽くし、そして――
「……っは……あははははは!!」
顔を手で覆って、笑い出した。
その笑いは次第に壊れたように大きくなり、そして――
「……まさか……この俺が……こんな無茶なこと、やる日が来るとは思わなかったよ……」
笑いが静まり、リセルは目を閉じ、長く息を吐いた。
そして――
「陸先生――お願いします。」




