第四十二話 危機
ノアはカミラに連れられ、王都東区にあるレネヴィル伯爵邸に到着した。邸宅は絵本の中のように落ち着いた佇まいで、庭には丁寧に手入れされた花々が咲き誇っていた。
「初めて来たけど……まるで貴族の理想のお屋敷みたい……」
ノアが感嘆すると、カミラは笑顔で手を引いた。
「部屋はもっと可愛いよ、さ、こっちこっち」
カミラの部屋は期待通り、というよりもそれ以上に居心地のいい空間だった。派手すぎず整然としていて、壁には草花の押し花や絵画が飾られていた。室内にはほんのりとラベンダーの香りが漂っている。
「ちょうど新しいお茶とお菓子が届いたところだったの。一緒に食べましょ」
銀のティーポットに美しいティーカップ、テーブルにはローズヒップのゼリーと蜂蜜の焼き菓子が並べられた。
「えっ、こんな素敵なの出してくれるなんて……私にはちょっと贅沢すぎませんか?」
「そんなことないよ、友達が来たら一番いいものを出すのが私のルールなの」
二人はティータイムを楽しみながら、ライフタリンでの生活や子供の頃の思い出について語り合った。カミラは、リセルと一緒にいた頃の話を楽しそうに話す。
「昔ね、私が魔法に憧れてて、リセルがこっそり教えてくれたの。結果、厨房を爆発させちゃって、二人でめちゃくちゃ怒られたのよ!」
ノアは思わず吹き出した。
「カミラ様って……すごく優しいんですね」
「だから様付けやめてってば。今日は友達なんだから」
そんな他愛ない会話に、ノアの表情にも自然と笑みが浮かんでいた。ふたりの間に、穏やかで暖かな時間が流れていく。——だが、その時間は、突如として破られた。
「ドンッ!!」
重たい音が一階から響いた。
「……何の音?」
カミラは眉をひそめて立ち上がる。
窓の外から、甲冑の擦れる音が聞こえた。何者かが、邸宅を完全に包囲している。
「カミラ! 密道から逃げろ!」
ドアの外から、カミラの父の声が響いた。
「お父様!? どうしたの!?」
「誰かが……我々を狙ってる。すぐに逃げろ!!」
ノアは手を引かれながら、細い裏路地を駆けていた。二人は、カミラの邸宅に設けられた密道からどうにか脱出したばかりだ。
だが――
「――止まれっ!!」
先の角を曲がった瞬間、全身鎧の兵たちに包囲される。その時、どこかで見た顔の男が現れた。
「……あんたは……!」
「やあ、お嬢さん。こんなところでまた会うとは」
それは、かつて宝石店で丁寧に接してくれた、あの若い貴族だった。
「……何を……どうして……?」
「カミラ・レネヴィル嬢を確保するよう命じられてる。あんたは関係ない。帰っていいよ」
そう言いながら、男は手をひらひらと振った。
だが――
「はあ!? なんで逃がすんだよ! 始末しとけよ!」
背後にいた部下が反発した瞬間、男の足が無造作に腹を蹴り飛ばす。
「俺の命令に口を挟むな。"使い捨て" で済まされたいのか?」
部下は呻き声をあげ、壁に叩きつけられる。
ノアは勇気を振り絞って、一歩踏み出した。
「……お願いです! カミラ様を……どうか、助けてください……!」
「悪いね。あの家は“手を出しちゃいけないもの”に手を出したんだよ。こっちも仕事でやってる。あんたには恨みないけど、今回は見逃してくれ」
ノアは、唇を震わせた。
「それじゃ……それじゃあ、あまりに理不尽じゃないですか……!」
「理不尽だって? ふふ、君のご主人には伝えてくれ。これ以上首を突っ込むな。今回の相手は――君たちの手に負える相手じゃない」
ノアがすべてを語り終えたあと、陸虚は黙ってリセルの方を見た。
「……どうする?」
リセルは腕を組み、眉をひそめて答えた。
「今はまだ状況が見えてない。まずは情報を集めよう。下手に動けば、逆に巻き込まれる」
そうして数時間――
二人が手分けして集めた情報をまとめた結果、ある真相が浮かび上がった。
カミラの実家、レネヴィル伯爵家は――なんとザグレウス・ヴェノムス公爵家の管轄下にある貴族だった。
最近、その家が領地内で極めて貴重な鉱脈を発見した。本来であれば、それは公爵家に即座に報告すべきものだった。
だが、レネヴィル家はそれを黙って秘密裏に採掘していた。
「……それ、やっちまったな……」
陸虚が呟く。
リセルは頷いた。




