第四十話 本音
リセルは空のグラスを軽く回しながら、ふと思いついたように言った。
「……ところで、陸先生。あんた、うちの妹を“更生”させたんですよね?」
「まあ、それなりにね」
「じゃあさ、俺も見てもらえません?自分でも分かってるけど……俺、まだワンチャンあると思います?」
「お、いいよ。じゃあ、ちょっと診せてみ?」
陸虚が手をかざし、リセルの体内の魔力の流れを丁寧に探る。
数秒後――
「……ふむ……ふぅ……」
「……え、なにその顔。そんなにダメだった?俺、そこまで絶望的っすか?」
「いやいや、違う違う」
陸虚は首を振りながら、興奮気味に言った。
「むしろ感動してる。お前の魔力状態、めっちゃ面白いぞ」
「……え?」
「炎属性の魔力が変質してて、“真火の種子”みたいなのができてるんだ。しかも、ほとんど完全な形で体内に眠ってる。――こいつを覚醒させれば、“龍虎金丹”までいけるぞ。シフ教頭の“鳳凰真炎”….じゃなくて、フェニックスの炎より強くなるはず….そうですね…..そうすれば、真火もあるかな……」
「……話が難しすぎて何も分からん。でも、なんかとんでもないこと言われた気がする」
「ふふ。僕に弟子になるかい? 絶対後悔させない」
「いやいやいや……まず“龍虎金丹”って何よ?ていうか“火の種を覚醒”?なんか怖いんだけど」
「簡単だよ。まず、お前が今まで修練してきた炎魔法を一度全部抜き取る――」
「ストーップ!!」
リセルが椅子から転げ落ちそうになりながら叫ぶ。
「なにそれ!? 今の一言でもう死ぬ気しかしないんだけど!?聞いたことないよ! 魔法を体から“抜き取る”って!?」
「別に呪術とかじゃない、ちゃんとした修行法だよ?」
「いやいやいや、どう聞いてもヤバいやつでしょ!?ていうか先生、本当に正規の教師っすか!?裏で闇の魔術とか使ってたりしませんよね!?」
陸虚は腕を組み、やれやれと呟いた。
「まったく……フレアヴァルト家の男は小心者ばっかりか?」
「結構です! 俺は平穏な人生で満足してますから!」
リセルはふてくされたようにそっぽを向いた。
「……ったく、そんな怖い修行、やるわけないでしょ」
「チッ……やらないならそれでいいけどさ」
陸虚は肩をすくめて、話題を変えた。
「じゃあさ、カミラのこと――お前、どうするつもり?」
「……は?」
「“どうするつもり”って、何が?」
「いや、お前さ、カミラのこと好きなんだろ?」
「――なっ……!?」
リセルが思わずむせた。
数秒の沈黙のあと、彼は苦笑いを浮かべながら答えた。
「……まあ、嫌いじゃないけど。でも、俺なんかがどうこう言える立場じゃないし」
「ほう、なるほど。つまり――“今の自分じゃ、彼女にふさわしくない”ってことか?」
「ちげぇよ! ……いや、ちょっとあるかもだけど」
リセルは、少しだけ目を伏せて言った。
「でもな、俺も一応フレアヴァルト家の次男っすよ?伯爵家の娘なら、釣り合い的には余裕で合格ラインのはずだし」
「じゃあなんでだ?」
「……」
「――ああ、わかった。“今の自分の力じゃ、守れない”って思ってるんだろ?だから不安なんだよな?」
「ちょ、ちょっと、陸先生!? テンション上がりすぎっすよ!?」
「だからこそ! お前は僕のとこで修行するべきなんだよ!!強くなれば、守れるようになるだろ!!」
「やめてーっ!! もうそういう熱血路線やめてーっ!!っていうかそもそも……」
リセルは深いため息をついた。
「……あの子が俺のことどう思ってるか、分かんないんですよ」
「おいおい、それは本人に聞いたのかよ?」
「……いや、聞いてない」陸虚はおでこに手を当て、ノアの方を振り向いた。
「ノア、お前はどう思う?」
ノアは真剣な顔で言った。
「私の目には……カミラ様は、リセル様のことが好きに見えました」
「やめてよぉおおおお! あの人はきっと、俺に助けられたから“恩義”で気にしてるだけっすよぉおお!」
「聞いたのかよ」
「……聞いてないっす」
「じゃあ、明日本人に聞こう。カミラを誘って、僕たちと一緒に四人で出かけようぜ」
「えぇええ!? 呼んでも来るわけないじゃん、あの子!」
「呼べば来るよ。お前がちゃんと呼べばな」
リセルは、呆然とした顔で陸虚を見つめた。
「……マジで、来ると思ってる?」
「絶対来るに決まってるだろ。――少なくとも、僕はそう信じてる」




