第三十七話 説教?
夜。
ミリナの部屋の前。
「……食事をお持ちしました」
ドアの向こうに声をかけると、中から不機嫌そうな声が返ってきた。
「……なんであんたなのよ、ムカつくわね!」
そう言いつつも、ドアを開けてしっかり料理を受け取るミリナ。
「……ご飯はちゃんと食べるんだな。てっきり拗ねて、絶食でもしてるかと思ったよ」
「フレアヴァルト家の人間は、どんなときでも食を粗末にしないの。それが“誇り”ってやつよ」
「ふふ……なるほど。自分の家柄にはかなり誇りを持ってるみたいだね」
「当然でしょ?フレアヴァルト家は帝国の誇り、炎の獅子の名を継ぐ者よ」
「そんなに誇らしい家に生まれて……それでも“出ていきたい”と思ったのは、どうして?」
ミリナは一瞬、箸を止めた。
そして、少しだけ目を細めながら答えた。
「炎獅の奥義は、すでに長兄様が継承に決まったわ。だから私は……おじさまみたいに、自分だけの“奥義”を見つけたいのよ」
「……ふーん。その道を進めば、いつか“魔導師”に辿り着けると?」
「当たり前じゃない!」
胸を張って堂々と答えるミリナ。そして、じろっと主角を睨むように見て言った。
「あんた、おじさんと仲良さそうだったわよね?もしかして、弟子?」
「……ああ、それ」
陸虚はくすっと笑ってから、静かに言った。
「紹介が遅れました。僕はオレリス魔法学院所属の大魔法使い陸虚です、シフ教頭の弟子ではなく――同僚です」
ミリナ:「…………………………」
食事の手が止まった。
「公爵様にはちゃんと言ったよ。三十歳までに“大魔法使い”になれたら、どこへ行こうが口出ししないって」
「……ほんと!?」
ミリナの目がぱっと輝く。
「じゃあ、さっさと解放してよ!あたしの才能なら、そんなの余裕だもん!」
だが――
「……あいにく僕には、君が三十までに“大魔法使い”になれるとは思えないけどね」
「……は? なに言ってんの、あんた」
「他の人から見れば“若くして魔法使い”ってだけで天才かもしれない。でも、僕の目には――“半端者”にしか見えないんだよ」
「なっ……!!」
ミリナが勢いよく立ち上がろうとする。
「言わせておけばっ――!」
だが、その瞬間。
バチン――!
雷の網が走り、ミリナの身体は椅子ごと縛られてしまった。
「ちょっ!? 放して! なによこれ――!」
陸虚は静かに、だが厳しい口調で語り始めた。
「魔力は混濁し、魔力核心は不純。同じレベルでも、シフ教頭の魔法のほうが君の三割は威力が上だ」
「……っ!」
「天賦だけじゃ、魔導士にはなれないんだよ。お前……努力してるって言うけど、本当に“全力”だったか?」
ミリナは顔を背け、わずかに目を泳がせた。
「……それなりには……やってたし……」
「“それなり”? “そこそこ”?――その“ちょっとずつの妥協”が積もって、君は一生“大魔法使い”になれないんだよ」
「…………っ!」
「――これはな、君のお父様と、シフ教頭、そして僕、三人で出した“結論”だ」
ミリナの目が大きく見開かれる。
その瞳に、“悔しさ”と“認めたくない自分”がせめぎ合っていた。
「フレアヴァルト家ってそんなもんか?」
陸虚は腕を組んで、冷たく言い放った。
「ちょっと叩かれたくらいでシュンとするようじゃ――さっさと諦めて、公爵さんにいい縁談でも探してもらいなよ」
その一言で、ミリナの顔に怒り・悔しさ・恥ずかしさ・迷い――あらゆる感情が一瞬にして浮かび上がった。
だが。
ミリナはぐっと拳を握りしめ、唇を噛みしめてから、はっきりと言った。
「……証明してみせる。私が間違ってないって、あんたたち全員に」
「――いいね、それでこそだ」
陸虚は満足そうに頷き、雷網を解除した。
「その“気概”があれば、“大魔法使い”の壁は超えられるさ」
ミリナは立ち上がり、陸虚をまっすぐ見つめた。
「……なんにせよ、ありがとう」
「……ん?」
「子供の頃から、ずっとお世辞しか言われてこなかったの。本気で叱ってくれたの、あんたが初めてだった。あのままじゃ……きっと私は、自分が“すごい”って勘違いしたままだった」
「……そんなに喜ぶなよ。たとえ“大魔法使い”になれたとしても――“奥義”には、お前には一切チャンスがないからな。」
「……?……やっぱりあんたのこと、大嫌い」
そう言って、机に突っ伏して泣き出した。
「……っ……ぐすっ……っ……」
しばらく、しゃくりあげる声が部屋に響いた。陸虚は黙ってそれを聞いていたが――
ミリナがふいに顔だけこちらに向けて、にらんで言った。
「……なによ。もう見世物は終わったでしょ?さっさと出て行きなさいよ。まだ辱め足りないの?」
陸虚は肩をすくめながら言った。
「最初から、辱めるつもりなんてなかったさ。僕が言ってたのは“事実”だ。お前が勝手に深読みしただけだよ」
「…………っ!」
「それに……“奥義”については……」
ミリナはまた顔を伏せた。
「…………もう……いいよ……」
「まあ、やりようがないわけでもないけどな」
陸虚はゆっくりと続けた。
「お前の“基礎”の脆さが原因だ。そこを補える秘術を、僕はひとつ持ってる。――学んでみるか?」
ミリナの肩が、ぴくりと動いた。
沈黙が続く。
ミリナはずっと下を向いたまま、何も言わない。
そんな様子を見て、陸虚は肩をすくめた。
「……ま、やる気がないなら僕は帰るけど?」
くるりと背を向けようとした瞬間――
「ま、待って!!」
ミリナが思わず陸虚の袖をつかんだ。
「……教えてよ。やるから。ちゃんと学ぶから!」
陸虚はにやりと笑った。
「よし。じゃあ、よく聞け。僕が教えるのは――『黄芽煉心訣』って秘術だ」
「こうが……れんしんけつ……?」
「そう。お前の体内にある雑多な魔力を一度抜き取って、代わりに“純粋な炎属性魔力”を練り直す術だ。――まずは、この呪文を唱えてみろ」
陸虚がゆっくりと口にした“黄芽煉心訣”の訣文。ミリナは一字一句、聞き逃さぬように目を閉じ、心を落ち着かせて唱える。
そして――
「っ……!」
ミリナの体から、紫がかった黒い煙のようなものが、じわじわと滲み出した。
「これ……私の中に、こんな……」
見た目もどこか“ねばついた”魔力の残滓。鼻を近づけると、少し臭う。
「なっ、なによこれ……く、くさいっ……!」
ミリナの顔がみるみる真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと! あたしシャワー浴びてくるっ!」
そう言って立ち上がろうとしたところ――
「おいおい、今ちょうど効果出てきたとこだろ? 続けろって」
「~~~~っっっ!! バカ!! 変態!! デリカシーゼロ!!出ていけ! この鈍感っ!」
バシン!
魔法でドアが全開になり、陸虚は強制的に部屋から追い出された。
「お、おい! やめるなって! 魔力の修復はタイミングが――」
「聞こえなーい!! あとで反省文書けーっ!!」
バタン!
閉められたドアを前に、陸虚はぽりぽりと頭をかいた。
「……ま、効果はあったんだし、よしとするか」




