第三十六話 問題少女
「……おじさま…」
ミリナは、草むらから姿を現したシフを見て、思わずそう呟いた。しかし、すぐにハッとしたように顔を背け、表情を引き締める。
(……ダメダメ、今は“ケンカ中”の設定なんだから……!)
だが、さらにその背後から重たい足音が近づいてきた。――炎獅公爵レオネス・フレアヴァルト。そして執事までも。
「っ……お父様……」
さすがのミリナも、完全にしぼんだ声でそうつぶやく。レオネスは何も言わず、ただ無言で娘を見つめた。次に、その視線はリセルへと向けられ――
「よくやったな、リセル」
「……別に。言われた通りにしただけだよ」
「…………え?」
ミリナはぽかんと口を開けた。
「ど、どいうこと……?」
リセルは、頭をかきながら肩をすくめて言った。
「お父様に頼まれてたんだよ。“おじさんが戻ってくるまで、お前を見張っておけ”って」
「はあああああ!? じゃああの商隊って――」
「うん、北方には向かわない。ちょっと王都周辺を回って、気が済んだら戻すって手筈だったの」
「……お兄ちゃんのバカ! 裏切り者! スパイ!」
ミリナは涙目で叫んだ。
「悪いけどさ、兄貴にお前のこと託けたなんて……俺、確実に殺られるわ。」
その様子に、父はついに低く、しかし厳しい声を発した。
「――いい加減にしろ、ミリナ。最近、お前のわがままには本当に手を焼いている」
そして、執事に向き直る。
「この子を部屋に連れていけ。私の許可が出るまで、絶対に外に出すな」
「かしこまりました」
シフは一歩前に出ようとしたが、横目に陸虚と視線が合い――
陸虚が、そっと首を横に振った。
その合図に、シフはしばし口を開いたまま、結局何も言わずに黙り込んだ。
「………………」
「………………」
空気が重くなる中――
ミリナは、しょんぼりとうなだれて、執事に手を引かれていった。その背中には、いつもの覇気も、ふてぶてしさも、もう残っていなかった。
ミリナが執事に連れられて立ち去った後――
陸虚は、ついに王都三大公爵の一角、フレアヴァルト公爵と対面した。
その姿は、シフ教頭とよく似ていた。
だが、シフよりも年長で、重厚さと威圧感に満ちている。
彼の放つ魔力の気配は、確かに奥義魔導士としては頂点に近いものだった。シフが“中堅クラス”の奥義使いであるのに対し――この男は、“魔導師”の扉を叩く寸前にあることが一目で分かった。
「初めまして、陸虚と申します」
陸虚が丁寧に一礼すると、公爵は短く頷いた。
「うむ。話は聞いている。よく来たな」
シフが横から問いかける。
「……どうだ? ミリナの件、何か掴めたか?」
陸虚は少し考え込みながら答えた。
「少しは手がかりになりそうなものが。ただ――彼女自身の想いを、もう少し詳しく知る必要があります」
「ふむ……」
公爵は背をまっすぐにし、腕を組んで語り始めた。
「ミリナはな……小さい頃から、他の貴族令嬢とは違っていた。綺麗なドレスも宝石も、まるで興味を示さず――ただひたすら、“シフのようになりたい”と口にしていた」
「そうとも言える。そして――フレアヴァルト家伝来の“炎の魔法”に目覚めてからは、ますます“家を出て、自分の道を切り拓きたい”と叫ぶようになった」
「……それで、シフを呼び戻したと」
「そうだ。本人の意志が強い以上、私も完全に否定はしたくなかった。だから、シフに説得を頼んだ。……だが――」
公爵は、わずかに目を伏せて苦笑した。
「“おじさんまでつまらない人間になっちゃった”と吐き捨てて、そこからずっと不機嫌だった。今日の件は……その延長だな」
しばしの沈黙。
陸虚は、ふと顔を上げて問う。
「……あの、お聞きしても?」
「なんだ?」
「公爵様は、ミリナさんが“魔法を学ぶこと”自体に反対しているわけではないのですか?」
「ふむ。別に、反対はしていない。……ただ、あの子は天賦こそあるが、私やシフほどの“努力”があるとは思えん。このままでは――三十になるまでに“大魔法使い”には到底なれまい」
「……なるほど」
「そして、三十を過ぎて“魔法も中途半端”では、嫁入りの口もなくなる。……親としては、それが気がかりなのだ」
陸虚は淡々と問う。
「……では。もし、彼女が三十歳になる前に“大魔法使い”になれたら――その時はもう、進路を自由にしてもらえますか?」
公爵は、その目を細くした。
「……ふむ。だが、それが可能だと?」
「やってみます。できるかどうかは分かんないけど、とりあえず試してみるよ。最悪、現実を思い知って素直に嫁に行く気になるかもしれないしね。」
公爵は数秒、無言で彼を見つめたのち――
「……いいだろう。結果が伴うのであれば、口出しはせん。……“フレアヴァルト家の名”にかけて」




