第三十四話 “炎の獅子”フレアヴァルト家
翌日――
陸虚とノアは、シフ教頭に付き添い、炎獅子公爵家の屋敷を訪れた。
高くそびえる城門、磨き抜かれた石畳、門前に立つ衛兵たちの視線は鋭く――まさに“王都の三大公爵家”の一角にふさわしい、重厚な雰囲気を醸し出していた。三人が正門の前に立つと、衛兵たちがすぐに槍を交差させて道を塞いだ。
「止まれ。ここは炎獅子公爵の私邸だ。用件を述べよ」
シフは面倒そうに小さく溜息をつきながら、静かに言った。
「……執事を呼んでくれ。話はそれからだ」
「……は?」
衛兵たちは一瞬顔を見合わせたが、次の瞬間――
一人の衛兵が、彼の襟元の“5級”の紋章に目を留め、目を見開いた。
「……っ! す、すぐにお呼びします!」
ほどなくして、奥から執事姿の老齢の男性が小走りで現れた。彼はシフを見るなり、目に涙を浮かべるような笑顔を浮かべた。
「副当主様……! またお戻りになられたのですね!」
「……もう、“フレアヴァルト家”の者じゃない。そう呼ばなくていい」
「何を仰いますやら。老いぼれのこの身は、ずっと副当主を見守っておりましたぞ。どんなに時が経とうと――あなたは“我らの誇り”です」
シフはその言葉に、一瞬だけ視線を伏せ、深く息を吐いた。
「……ミリナは?」
「お嬢様ですか? このところは大変真面目に勉学に励んでおられます。今も書庫で本を読まれておりますよ」
「……そうか。俺のことで、まだ拗ねてるかと思ったが……いい、彼女の読書が終わったら呼んでくれ。紹介したい人間がいるんだ」
「はっ、かしこまりました」
「それと――兄貴は?」
「公爵様は、執務室にて書類の整理中でございます」
「じゃあ、顔を出してくる」
そう言って、シフは踵を返す。そして、横に立つ陸虚とノアを一瞥してから、執事に言った。
「この二人は大切な客人だ。屋敷の中を案内してやってくれ」
「はっ、かしこまりました。こちらへどうぞ、陸虚様、ノア様――庭園からお回りいただけます」
フレアヴァルト家の壮大な屋敷――
陸虚とノアは、執事に案内されながら広大な庭園を歩いていた。
しかし、意外なことに。
「……おかしいな。公爵家にしては、装飾が地味すぎないか?」
視線の先には、整然とした芝、最低限の花壇、質素な噴水。豪奢な彫像や金細工などは一切なく、“王都三大公爵家”と聞いて想像していたものとは、だいぶ違っていた。そんな陸虚の疑問を察したのか、隣の執事がふと口を開いた。
「……お客様、もしかして“物足りない”とお感じでしょうか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「フレアヴァルト家は“実務と鍛錬を重んじる家風”でしてな。無駄を嫌い、飾り立てるよりも、力そのものを価値とするのです」
「なるほど……見た目じゃなくて、“中身”ってことか」
その時だった。
「――執事さーん!!」
庭園の奥から、慌てた様子の若い使用人が走ってきた。
彼は陸虚とノアに気付き、一瞬足を止めると、すぐに執事の耳元に小声で何かを囁いた。
次の瞬間、執事の表情が固まる。
「……っ、申し訳ございません。お二人様、どうぞそのまま庭園をご自由にお回りくださいませ。一通りご覧になったら、正面のホールにて副当主がご挨拶申し上げますので」
「……はい。急ぎのご用でしたら、どうぞ」
「かたじけのうございます。では、失礼を――!」
執事は深く一礼すると、そのまま早足で奥へと消えていった。陸虚とノアは、ぽつんと残される。
「……なんか、大変そうだったな」
「うん。何があったんだろ……」
二人はそのまま、庭の中央にある小さな噴水へと歩み寄った。
水の音が心地よく響き、王都の喧騒が嘘のように静かな空間。
石造りのベンチに腰掛けると、陸虚はふと、何気なく言った。
「……なあ、ノア。膝枕してくれない?」
「えっ……!?」
ノアは顔を真っ赤に染めて固まる。
「……だ、だってここ、お屋敷の庭で……!」
「誰もいないし、ちょっとだけ。疲れたし」
「~~……もう、旦那様は……」
ノアは照れながらも、ゆっくりと膝を整える。
「……ほら、どうぞ」
陸虚がその膝に頭を乗せると、涼しい風と優しい感触が頬を撫でた。




