第三十三話 王都
数日後――
オレリスを発った陸虚、シフ教頭、ノアの三人は、大通りを通って王都へと向かった。
魔物や盗賊の影もなく、道中は平穏そのもの。やがて――巨大な城壁と荘厳な門が目の前に現れる。
「……王都だ」
シフ教頭がつぶやくように言い、三人は門の前に立った。
「オレリスの紋章を見せておけ。これで問題ない」
陸虚とノアも各自の証明を提示すると、門番はすぐに敬礼し、通行を許可した。王都の街並みは、美しく整備された石畳、軒を連ねる高級店、そして華やかな貴族たちの馬車――
オレリスとはまた違う、“中央”の空気がそこにあった。
「……さて、俺はフレアヴァルト家に泊まることを避ける」
シフが言う。
「普通の旅館で泊まるで問題あるか」
「僕はどこでもいいですよ」
「ノアは?」
「……私は、旦那様に合わせます」
ノアはそう言いながら、ちらりと主役を見上げた。三人は王都の中心から少し外れた、落ち着いた雰囲気の旅館に宿を取ることにした。受付を済ませたあと、部屋数を決める場面で――
「……君たち、同じ部屋でいいのか?」
と、シフが静かに問いかけた。
ノアは咄嗟に目を伏せ、足元を見つめる。
「――いや、ちょっと待ってください! 三部屋でお願いします!」
慌てて割り込む陸虚。
「……そうか」
シフはそれ以上何も言わず、あっさりと頷いた。ノアは少し寂しげに微笑み、黙って荷物を抱えた。部屋割りを済ませたあと、シフはロビーで手帳を開きながら言った。
「今日は自由にしていい。明日になったら、俺とフレアヴァルト家へ行く。……俺はここで、少し仕事を片付ける」
「わかりました。行ってきます」
陸虚はそう返しながら、隣でどこかもじもじしているノアに視線を向けた。
(……とりあえず、街を歩いてみるか)
街の喧騒に包まれながら、陸虚とノアは王都の通りを歩いていた。
「……見て、あの屋台。美味しそう飴だって!」
「おお、うまそう。ひとつずつ買ってみようか」
人混みの中、二人は焼き菓子をかじりながら、手品や火の舞などの大道芸に足を止めたり、時には小さな楽団の音楽に耳を傾けたり――そんなふうにして、ゆっくりと“王都”の空気を楽しんでいた。
街を歩いていた陸虚とノアは、ある煌びやかな店の前で立ち止まった。“王都名門ジュエリー・ルシエール”と金の看板に書かれている。
「うわぁ、すごく高級そう……僕には手が届かないお店って感じ。」
「でも、別に入ったからって買わなきゃいけないってわけじゃないよな。見るだけならいいよな?」
陸虚は思わず苦笑しながらも、店の中へと足を踏み入れた。
ショーケースの中には、煌めく宝石、繊細な金細工、そして豪奢なペンダントの数々。
当然――魔力の気配は一切ない。
(……うん。魔道具じゃない。完全に貴族向けの装飾品だな。いや、僕がここで買えるもんじゃないけどさ……)
そう思いながらも、二人は“目の保養”とばかりに眺めていた。
その時、後ろから声がかかった。
「珍しいお顔ですね。お二人、王都には初めてですか?」
振り返ると、仕立てのいい服を着た若い貴族の男が、穏やかに微笑んでいた。
(……なんだ。やっぱり、見てるだけはダメってことか?)
一瞬、警戒した陸虚だったが――
「失礼しました。ただ……私も初めて王都を訪れた時、何も分からず“入るだけで緊張した”ことを思い出しましてね」
「初めての方には少し分かりにくいと思いましてこちらは“星涙石”と呼ばれる宝石でございます。夜空に瞬く星の光を閉じ込めたような輝きから、“願いを叶える石”とも称されております」
「このネックレスに使用されているのは“火晶石”。希少な火山性鉱石で、王都でも限られた加工師しか扱えません。炎属性の魔法石……ではなく、“貴族のステータスとしての赤”を表す逸品です」
「魔力は宿っておりませんが、その分“純粋な美”に特化しており、王都の舞踏会などでは最も人気のあるシリーズでございますたとえ魔力が込められていなくとも、この光沢と細工の緻密さこそが、“本物の価値”なのです」
青年は丁寧に説明を終えると、そのまま静かに立ち去っていった。
(……え?それだけ?)
二人はしばし呆気に取られたが、その気遣いと穏やかさに、次第に笑みを浮かべた。
「……なんか、意外。王都の貴族って、もっと偉そうなもんかと……」
「うん。あの人、優しかったね」
――そしてその頃。
宝飾店の奥では、あの青年の従者が首を傾げながら小声で問いかけていた。
「……主人様。あの二人、どう見ても平民ですのに、なぜあそこまで丁寧に?」
「馬鹿言うな」
青年は冷静に、しかし強い口調で言った。
「……あの男、まだ若いのに“4級の大魔法使い”だぞ。それに、あの女の子、メイドの姿なのに――“高位の魔導防具”をさりげなく身に着けてる」
「……えっ?」
「こういうのはな、見た目じゃなくて“気配”で見極めるんだ。損得じゃなく、人としてああいう相手とは“ちゃんと繋がっておく”もんだ。わかったか?」
「……はい」
青年はもう一度、店の窓から去っていく二人の背中を見つめながら、微笑みを浮かべていた。




