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魔法学校の方士先生  作者: 均極道人
第二章 エルフの里
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第二十二話 もう一匹?

 陸虚はそっと地面に転がる紫色の水晶を拾い上げた。


 微かな魔力の振動――それは、さっきの怪物が放っていたものとまったく同じ波長を持っていた。


 「……こいつが、核か……?」


 眉をひそめながら水晶を見つめていた、その時だった。


 ――ずん。


 空気が震える。


 まるで、悲しみに満ちた獣の慟哭のような気配が、森の奥から現れた。


 「……!?」


 霧が割れ、第二の魔物が姿を現す。


 その身体は先ほどの個体よりも一回り小さいが、その魔力は――同等。


 否、それ以上に感情的な怒りと哀しみを纏っていた。


 「……つがい、だったのか」


 陸虚は静かに目を細め、魔力の流れを探る。


 (霊力残量……約六割。十分対応できるはず――)


 だが――次の瞬間、その考えは破られた。


 魔物が突然、視線を陸虚に向けたかと思うと――


 バッ!!という音と共に、その身体が紫色の水晶と入れ替わった。


 「――なっ……!」


 気づいた時には、怪物の身体が目の前にあった。


 そしてその腹部には、膨張した魔力が収束し始めていた。


 (――自爆!?)


 判断に迷う暇など、なかった。


 ここで避ければ、後方にいる仲間たちが――全員、巻き込まれる。


 「ニマ!」


 元世界の悪口を言い、陸虚は反射的にその巨躯を抱きかかえ、空中へと跳躍した。


 そして、光が弾けた。


 ――ドガァアアアアアアンッ!!


 凄まじい爆発が森を焼き尽くし、空を赤紫に染めた。


 その光景を見た全員の動きが――止まった。


 「…………っ」


 誰もが、言葉を失っていた。


 「……陸先生……?」


 最初に声を発したのは、シオンだった。


 彼女の顔から血の気が引き、目が大きく見開かれる。


 そして、次の瞬間。


 「陸先生ッ!!」


 絶叫と共にシオンが走り出そうとした――


 だが、その腕をドックが強く掴んで止めた。


 「バカ野郎、行くなッ!! 今突っ込んだら、お前も死ぬぞ!!」


 シオンは振り払おうとするが、ドックの表情は本気だった。


 彼女の動きが止まり、歯を噛みしめながら爆風の中を見つめる。


 ようやく、紫煙が晴れ始める。


 焦げた草、裂けた大地――


 そして、その中央の瓦礫の中に。


 一人の男が、ぼろぼろの状態で座り込んでいた。


 「……陸先生……!」

 

 仲間たちが駆け寄る。

 

 彼の傍らには、かつて校長から託された魔導具の眼鏡が落ちていた。


 そして、顔を伏せたままの彼の瞳が、ふと見えたその時――

 

 それは、深い紫色に染まっていた。


 「……嘘だろ……」


 「まさか……感染、したのか……?」


 誰かが呟いたその瞬間、


 全員の顔から希望の光が消えた。


 絶望の静寂が、辺りを覆っていた。


 シオンは震える手で陸虚を抱きかかえながら、振り返って叫んだ。


 「……一番高級な回復薬、荷の中にあったはずよ! 今すぐ持ってきて!」


 だが、すぐに周囲の商人たちから戸惑いの声が上がる。


 「ま、待ってくださいシオンさん! あれは……エルフ領への納品分で――勝手に使ったら……」


 「しかも……この毒に効くかどうかも分からない。効果がなかったら……渡す分が足りなくなります!」

シオンは怒りと焦りに満ちた瞳で叫んだ。


 「だったらどうするの!? 効くかどうかなんて、試さなきゃ分からないでしょ!!」


 「……エルフ側への説明は、私が責任を持つ。だから……今は彼を助けるのが先よ!!」


 一瞬の沈黙――


 そしてドックが、ふっと笑って肩を叩いた。


「ったく……言ってくれるぜ、お嬢さん」


「使え。あの人がいなかったら、今ごろ俺たちは全員死んでた。命があるだけでも十分、儲けもんだ」


彼は手を上げて叫ぶ。


「おい、薬出せ! 最上級のやつだ! 商会の在庫ごと売ってでも、後で精霊に頭下げりゃいい!」


誰かが驚いたように声を上げた。


「そ、それじゃ……損失が……!」


「うるせぇ! 命の値段と比べりゃ安いだろうが!」


 シオンは震える手で薬瓶を握りしめ、陸虚の元に駆け寄った。


 「……陸先生、今、すぐこれを――」


 その瞬間、陸虚の口からドロリとした紫色の血が溢れた。


 「っ……陸先生!!」


 シオンは迷わず瓶の栓を抜き、そのまま薬を口元に運ぼうとした――

 

 だが、わずかに意識を取り戻した陸虚が、かすれた声でそれを止めた。


 「ま、待って……それ、今は……ダメだ。浪費は…禁止……」


 「はあ!? こんな時に、何言ってるのよ!! バカなの!?」


 シオンの目にうっすら涙がにじみ、怒鳴りながら薬を無理やり飲ませようとする。


 「……マジで、大丈夫だって。爆発後の毒霧……あれ、放っておいたら、全員やられてた。だから――」


 陸虚は微かに苦笑しながら、指で自分の胸元を叩いた。


 「全部、僕の…特殊な……魔力核心の中に“毒を浄化する術式”を組んでたんだ。念のためにな」


 「……っ」


 「でもな、今体の中は毒と魔力が拮抗してる。今このタイミングで回復薬なんて入れたら……毒素まで一気に活性化する。死ぬ確率の方が高い」


「じゃ、じゃあどうするのよ……!?」


「……養生するしかない。時間をかけて、少しずつ毒を分解する。回復には……ちょっとかかるな」


陸虚の言葉を聞いた瞬間、シオンの目に溜まっていたものが、限界を超えた。


「……よ、よかった……っ、ほんとに、よかった……っ!」


そのまま、彼女は陸虚の胸に顔をうずめて、子どものようにわんわんと泣き出した。


「お、おいおい……! ちょっ、苦しいって……! マジでやばい、肋骨、肋骨いってるからっ!」


「うっ、うそ……?」


「ほんとだよ……あのクソ化け物、死ぬ間際に最後の一撃かましてきやがって、思いっきり腹に蹴り入れてきた。……多分、三本は折れてるな……はは……」


シオンは顔を上げ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま――


「バカ……!」と一言、泣き笑いしながら叩いた。


そのやりとりを見ていた仲間たちも、ようやく張り詰めた空気から解放されたように、笑みを浮かべる。


「おい、こっちに包帯あるぞ!」


「陸先生、動くな、マジで! 肋骨は笑っても痛いんだから!」


ドックも苦笑しながら薬箱を抱えてきた。


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