第二十一話 戦闘
木々が揺れ、枝が砕け――
次の瞬間、それは姿を現した。
それは、まるで異形の狼人だった。
濡れたように全身を覆うのは、ねっとりと光る紫色の液体。
舌は異様に長く、だらりと垂れ下がり、涎と毒が地面に滴っている。
その両腕は、腕というより蠢く触手だった。
肉がねじれ、無数の先端が地面を叩きながら、獲物を求めるようにうねっている。
「やはり5級……」
異形の怪物は、じっと陸虚を睨みつけていた。
だが次の瞬間――まるで“本能”が危険を察知したかのように、素早く視線を逸らし、商隊の後方へと跳ねるように突進した。
「くっ、後ろか――!」
だが、陸虚の反応はそれより早かった。
右手を掲げ、天へと雷を呼び寄せる。
「――神霄雷槍!」
轟音と共に、雷光が槍の形を成し、空間を貫いて怪物の背中に直撃した。
ズドンッ!!
怪物の身体が宙を舞い、木々をなぎ倒しながら吹き飛ぶ。
その体には、雷槍によって碗の口ほどもある巨大な穿孔が残されていた。
焦げた肉片と毒の液体が地面に飛び散る。
だが――
「……回復してる……?」
怪物の傷口は、粘液とともにじわじわと再生し始めていた。
肉がうねり、破れた皮膚がぬるりと閉じていく。
陸虚は眉をひそめ、短く息を吐いた。
「……あいつを生かしておくわけにはいかない。一気に決める!」
地面を蹴り、雷光をまといながら前線へと飛び出す。
その手には、黒き雷が渦巻いていた。
「――陰雷龍!」
空に黒雲が渦巻き、雷鳴が轟く中、巨大な黒雷の龍が姿を現す。
雷の龍は咆哮と共に空を駆け、怪物めがけて牙を剥いた。
それに応じるように、怪物も吠え声を上げながら膨張する。
筋肉が膨れ上がり、紫色の触手がうねり、体表の毒が蒸気となって吹き出す。
「グアアアアアアアア!!」
黒雷と腐毒の魔獣――空間を割るような激しい衝突が始まった。
雷と毒が交差し、森が震え、地が裂ける。
戦況は――明らかに陸虚が優勢だった。
だが、その瞬間。
怪物の瞳がぎらりと光り、頭を僅かに傾ける。
その口から、信じられないほど濁った叫びが漏れた。
「キィィィィィ……!」
地面のあちこちが膨れ上がり、無数の小型魔獣が地中から這い出してくる。
腐った狼、目のない蛇、膨張した鼠――それぞれが毒をまき散らしながら商隊へと突進する!
「まずい……こいつ、考えて動いてやがる!」
陸虚はすぐに魔力を分散させ、防御結界を展開。
紫の障壁が商隊を包むが、力の一部を裂かれた彼の雷龍は次第に薄れていく。
怪物は笑うように吠え、再び陸虚に飛びかかる――
「陸先生、気を取られないで! 私たちだけでも、これくらいは何とかなるわ!」
シオンが鋭く叫びながら、次の矢を弦にかける。
その矢尻には、特別に加工された魔力爆薬が装填されていた。
「――撃ち抜くわよ……!」
ズガンッ!!
放たれた矢が小型魔獣の群れの中で爆ぜ、轟音と共に周囲の敵を吹き飛ばす。
一方、商隊の傭兵たちも負けてはいなかった。
剣士、斧使い、盗賊、弓兵――それぞれが武器を手に、小型魔獣たちをまるで草を刈るように次々となぎ倒していく。
「こっちは任せろ! 陸先生はデカいのを頼む!」
血気盛んな傭兵が叫ぶ声に、陸虚はほんの一瞬、口元を引き締めて頷いた。
「……これで、お前の手の内も大体わかった」
陸虚の目が細く鋭く光る。
その瞬間――彼の両腕から、怒涛の雷が放たれた。
「神霄雷槍――四連発!!」
バチィィィィ――ッ!!
雷光の槍が次々と放たれ、怪物の身体を地面へと四方から貫き、磔のように固定する。
呻き声をあげる暇もなく、雷の渦がその身を包む。
「――陰雷龍・純陰解放!!」
上空から雷雲が裂け、黒き雷龍が現れた。
吠え声と共に、雷龍はその巨体を振るいながら、怪物を丸ごと呑み込むように襲いかかる――!
眩い閃光と轟音が世界を支配し、そして……沈黙が訪れた。
地面には、焼け焦げた土と、ただ一つ。
淡く紫に光る、純粋な魔力を宿した水晶が、静かに転がっていた。




