第十九話 シフの過去
小さな街道を馬車で進みながら、陸虚は揺れる荷台の上で目を細めた。
空は高く澄み渡り、春の風が頬を優しく撫でていく。
「ねえ、陸先生、さっきの道、絶対間違えたでしょ」
シオンが不機嫌そうに言いながら、地図を広げてじっと睨んでいる。彼女の耳はぴくぴくと動き、明らかに苛立ちを表していた。
「……いや、間違ってない。たぶん」
陸虚は気まずそうに視線を逸らした。どう見ても、同じような林を三度は通った気がする。
「“たぶん”じゃないでしょ! 魔法教師のくせに方向音痴ってどういうこと!?」
そのやりとりを聞きながら、ドック会長は大きな声で笑った。
「はははっ、いいねぇ、若いってのは! こういう旅も悪くない!」
馬車の後ろでは、商会の荷物係たちが昼の準備を始めていた。香ばしいパンの香りが風に乗って漂ってくる。
「シオン、お腹減ってない? パンあるけど」
「……別に、ちょっとだけ。いただくわよ」
シオンはそっぽを向きながらも、手はしっかりとパンに伸びていた。陸虚はふとドックに尋ねた。
「そういえば、ルルファさんって今回は来ないんですか?」
「ああ、ルルファな、本当なら今回も来るつもりだったんだが、嫁さんがもうすぐ出産なんだとさ。さすがに今回はそばにいてやらなきゃってな」
「本当ですか、それはおめでとうことだ」
「まあ、今回は仕方ないけどさ。他がどんなに重要な用事でも断って来るのに……シフ殿と一緒に動ける任務なんて滅多にないからな」
「シフ教頭は、どんな人なんですか?」
陸虚は少し躊躇いながら口にした。
「ああ、シフ殿か」
ドックは肩をすくめて笑った。
「見た目は堅物で、いつもピリピリしてるだろ? でもな、実際に一緒に行動してみるとわかったけど、あの方、ただ無口なだけで、本当はすごく優しいんだよな、ルルファが魔法のことで相談した時も、嫌な顔ひとつせずに、丁寧に教えてくれたらしいよ」
「あのシフ教頭が?……ちょっと意外かも」
「でしょう?俺もちょっと驚いたよ。シフ殿のような貴族って、もっと距離のある存在だと思っていたけど、あんなふうに俺たちみたいな平民にも普通に接してくれるなんて」
「ちょ、待って。シフ教頭って、貴族なの!?」
シオンは最後の一口のパンを口に入れ、もぐもぐと咀嚼しながら言った。
「そうよ、知らなかったの?シフ教頭はただの貴族じゃないわ。炎獅公爵家の出身よ。現当主は彼のお兄さんなんだから」
「そんな家柄の人が、どうしてこのオレリスで教えているんだろう」
「シフ教頭は若い頃、貴族たちの弱い者いじめや権力の横暴が我慢できなくて、家を飛び出したらしいわ。そしてライフタリンで校長先生に出会って、その人柄に惹かれて、オレリスに残って教師になったんですって」
「あれ? それって、どっかの金髪エルフと同じじゃないの?」
シオンは鋭く陸虚を睨みつけた。
「私は最初からシフ教頭の魔法知識を学びたいと思ってたわ。でも、あの人が貴族だから、変な誤解されたくなくて……遠慮してただけよ」
「……それはどういうことだ?」
今回はドックから応えた
「なんだ、陸先生は知らねぇのか。精霊族ってのはよ、ここじゃよく見かけるが、貴族とはずっと仲が悪いんだよ……」
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