第一話 陸虚
「……これは数滴、こっちは少々……」
巨大な鼎の前に立ち、青い道服をまとった青年が、集中した様子で薬材を投げ入れていく。最後の「赤龍根」を加えた瞬間、鼎が激しく暴れ出し、溶けた薬材と霊力が混ざり合い、まるで爆発のような熱気が周囲を焼き尽くしそうになる。
「落ち着け──『導霊』!」
青年――陸虚は右手を振ると、指先から淡く赤い霊力を放ち、鼎の中へと注ぎ込んだ。暴走する霊力はその導きに従い、次第に玄妙なリズムで循環し始める。
やがて、静けさと共にほのかに香る丹の匂いが広がった。
一時間後、鼎の中の液体は完全に融合し、数十粒の丹薬へと変化する。それらはうっすらと輝き、霊力を帯びていた。
「極上品三枚、上品七枚、一般品十五枚……うん、まあまあだね」
陸虚は独り言をつぶやきながら丹薬をひとつ手に取り、光にかざした。これ一粒で、修行の効率は数十日分に匹敵する。丹薬は方士たちにとって非常に貴重な存在だが、それを作れる錬丹師は極めて少ない。
そして、この青年こそ、その稀有な錬丹師のひとり――いや、それどころか、異彩を放つ天才中の天才だった。
名は陸虚。
使用している修行法は、仙界より伝わった秘蔵の遺典『陰陽混沌両極妙法』。
二十七歳にしてすでに金丹の境地に達し、修行の速度、戦闘能力、あらゆる面で並外れている。
彼の専門は雷の方術(雷術)。
中でも「太清神霄雷法」を極めており、その名を聞いただけで多くの魔物が震え上がるほどだ。錬丹術と符簶術も自在に操り、今の時代において「全能」と称されても決して大げさではない。
──ただ一つ、天を越える「天劫」をまだ乗り越えていない。
その理由は、ある“欠落”にある。
「感情、か……」
仙になるには、天劫の試練で“幻境の誘惑”に耐えねばならない。しかし陸虚は、感情の経験が圧倒的に足りなかった。
彼は赤子の頃、師匠に秦国の片田舎で拾われ、二十七年間、山の中で修行漬けの日々を送っていた。
三年前、師匠は仙界へと飛昇し、現在、陸虚は完全な独り暮らしである。
「今の生活は嫌いじゃないけど……そろそろ外に出る時だね。他の宗派の方士、奇妙な遺跡、凡人の国――うん、ちょっとワクワクする」
陸虚は書庫へと足を運び、あるものを探し始めた。
「ええと……これは違う。あった、これだ。転移用の符簶、『大乾坤転移符』!」
巻物を開いた彼の指先が微かに震える。
「これを使えば、どこかランダムな場所へ飛ばされる……まあ、どこでもいいけど。一応護身術を展開しておこう。氷山やマグマの中に転送されたらシャレにならないし」
金色の陣が彼の体を包み込む。護身の術式が展開され、全身に霊力の膜が張られた。
「よし、行こうか」
符簶を起動すると、周囲の空間がぐにゃりと歪み、陸虚の身体はゆっくりと、しかし確実に次元の裂け目に吸い込まれていった。
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