第一百四十話 定められた運命
その歓喜の叫びの直後――
装置の周囲に残された陸虚の肉体が、徐々に透明になり始めた。
――光陰の長河が、無限に広がっていた。
過去、現在、未来。
無数の流れが交錯し、まるで銀色の枝葉のように、幾千万の道が果てしなく延びている。
陸虚の意識はその中心に漂い、息を呑んだ。
「……これが、時間そのものか……!」
目を向ければ、自分の“選択”ひとつひとつが光の糸となって分岐し、
それぞれが“可能性”という未来へと続いている。
あの時、立ち止まった自分。
あの時、戦わなかった自分。
そのすべてが、今ここに“同時に”存在していた。
圧倒的な光景に、陸虚は一瞬、思考を奪われる。
だがすぐに、唇を噛み、己を叱咤した。
「――今は、感嘆している場合じゃない。」
深く息を吸い、目を閉じる。
思考を研ぎ澄ませ、無数の流れの中から“たった一つ”を探し出す。
――見つけた。
そこにいたのは、“背にエマを抱えて城門へ飛ぶ”自分。
まさに“因果が交錯した瞬間”の映像だった。
「……ここだ。」
陸虚の瞳が、雷光のように輝く。
全身の霊力が沸騰し、右手に一本の剣を形づくった。
陰陽の力が絡み合い、刃は白と黒の光を放つ。
「――斬!」
閃光。
光陰の長河を裂くように、
一筋の斬撃が奔った。
刃が時の流れを裂き、眩い閃光が長河全体を駆け抜ける。
――静寂。
世界が一瞬、呼吸を忘れた。
「……違うッ!」
陸虚は叫んだ。
光陰の長河の中、斬り裂かれた時の流れが再び繋がり、
世界はゆっくりと形を取り戻していく――
だが、彼の身体は戻らない。
「なぜだ……? 因果は――斬ったはずだ……!」
次の瞬間、陸虚の体内で何かが弾けた。
霊力が爆発的に膨張し、周囲の時間がねじ曲がる。
――6級、7級……
その全てを、一瞬で越えていく。
「……っ、これは……!」
雷鳴のような鼓動が鳴り響く。
陸虚の魂は燃え上がり、
やがて黄金の光を帯びた“陽神”の姿へと変わった。
8級。
――この世界に存在する、最も高次の存在。
その瞬間、無数の記憶が脳裏に流れ込む。
この時間線に死んだ自分
怒りに震えるエマの叫び。
アモロンの忸怩。
そして、光の戦場で散った8級の存在。
すべてが一本の線で、繋がった。
「……そういうことか。」
陸虚は静かに目を閉じ、
どこか遠く――観測室のアモロンを思い浮かべた。
「アモロン校長……あなたこそが、あの“8級”の分身だったんですね。そして、僕をこの時流に引き込んだのは……そういう目的だ……」
彼の声は、長河の中に静かに溶けていった。
アモロンの声が、遠くから響いた。
『―ごめんなさい、陸先生、これは私の宿命だ……………….。』
陸虚はしばらく黙っていたが、やがて――ふっと笑みを漏らした。
「……なるほど、やっぱりそういうことか。“陽神”に至らなければ、この真実には触れられないんだな。」
彼の周囲を流れる光陰の長河が、静かに脈動する。
その全てが彼を祝福するかのように輝いていた。
「アモロン校長、あなたの覚悟も理念も……心から尊敬します。」
陸虚は柔らかく呟き、目を閉じる。
「けれど、申し訳ない。僕は――戻ります。」
黄金の瞳が静かに開く。
「もし向こうの世界で僕も“8級”に至れたなら、その時は……この時間線のあなたにも、手を貸しますよ。」
そう言い残し、陸虚は振り返った。
時の流れの底から、ひとつの小さな“光球”を掬い上げる。
掌の上で淡く輝くそれは――
この世界に落ちてきた瞬間の“自分”。
「……そうか、最初から決まっていたんだな。」




