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魔法学校の方士先生  作者: 均極道人
第八章 砂漠
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第一百三十九話 光陰長河(こういんちょうが)

アモロンの声には確信があった。


 彼の科学者特有の狂気と、どこか哲学的な冷静さが同居していた。


アモロンは計器のスイッチを軽く叩き、


 光を帯びた観測室の中央――時間加速装置を見やりながら言った。


 「……どうです? 試してみますか?」


 静寂が数秒流れた。


 陸虚は目を閉じ、息を整えたのち、小さく頷いた。


 「……他に道がない。やるしかないでしょう。」


 その声には、覚悟の響きがあった。


 アモロンはうれしそうに笑い、手を打った。


 「それでこそ、時を超える探求者だ!」


 だがすぐに、何か思い出したように首を傾げた。


 「……そうだ、エマさんには伝えておかなくていいのですか?あなたがこの実験に入れば、しばらくは戻れませんよ。」


なぜだか、アモロン校長の声には少しばかりの気まずさが混じっていた。


 陸虚は少しだけ視線を落とし、


 それからゆっくりと首を振った。


 「いいえ。もう、あの世界の僕が“干渉”するべきじゃない。」


 静かに、しかし確固たる声音だった。


 「僕がいなくなった後、きっと“本来の時間線の僕”がエマのもとに戻るはずです。この僕は――その因果から離れなくちゃいけない。」


 アモロンはその言葉に一瞬だけ沈黙し、


 やがて満足そうに微笑んだ。


 「……なるほど……」


 室内の照明が落ち、装置の周囲に青白い光が渦を巻く。


 陸虚の顔に、決意の影が落ちた。


陸虚は深く息を吸い込み、静かに言った。


 「――始めよう。」


 アモロンは満足そうに頷き、手元のスイッチを押した。


 瞬間、観測室全体が青白い光に包まれ、


 陸虚の体を中心に、無数の時計の針のような光が回転を始めた。


 「時間加速、最大倍率――起動。」


 轟音が鳴り響き、世界が一瞬で伸び縮みしたように見えた。


 陸虚は目を閉じ、自身の体の内側で何かが変化していくのを感じる。


 ――霊力が、圧縮されていく。


 ――金丹が、極限まで凝縮し、円満の形を成す。


 その境地に至った瞬間、通常なら“雷劫”が降り注ぐはずだった。


 だが――何も来ない。


 代わりに、空気がゆらぎ、彼の周囲に幻のような光景が広がった。


 砂の上に、花のように現れる女たち。


 薄衣をまとい、艶やかな笑みを浮かべ、


 「ねぇ、休んでいかない?」と甘い声を響かせる。


 陸虚は眉をひそめた。


 「……幻境の試練か。」


 彼女たちがゆっくりと近づいてきた瞬間――


 時間加速の波が再び走る。


 ズレた時の流れが、幻を一瞬で置き去りにした。


 「えっ、えええっ!?」


 驚愕した美女たちの姿が、スローモーションのように空中で吹き飛び、


 そのまま時の残滓となって消え去っていく。


 陸虚は片手で額を押さえ、ため息をついた。


 「……」


――時間の流れが、止まった。


 いや、止まったのではない。


 すべての時間が、彼の内へと吸い込まれていた。


 加速装置の中心で、陸虚の金丹が極限まで圧縮され、


 内側から光の奔流があふれ出した。


 霊力が、精神が、存在そのものが――“8級”の扉を叩く。


 アモロンの計器が一斉に悲鳴を上げた。


 「出力が……! 時空振幅、限界突破!? いける……! いけるぞッ!」


 陸虚の瞳が静かに開いた。


 そこには、現実を越えた光景が広がっていた。


 果てのない金色の河――


 流れるのは光でも水でもない、“時”そのもの。


 「これが……光陰長河こういんちょうが……!」


 胸の奥で、何かが確かに呼応した。


 無数の自分が、過去と未来を超えて重なり合う。


 陸虚は、迷いなく呟いた。


 「――今だ。」


 彼の体から閃光が走り、時間加速装置の中枢と河が直結する。


 次の瞬間、轟音と共に陸虚の身体が加速器から弾き出された。


 精神体は逆流するように飛翔し、


 周囲の景色が後方へ――否、過去へと流れ去っていく。


 「時流に……乗った! 」


 アモロンは目を見開き、モニターにかじりついた。


 「成功だッ! 私の理論は正しかったッ!!」


アモロン校長の口調には、どこか肩の力が抜けたような安堵が滲んでいた。


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