第一百三十四話 魔法?科学?
陸虚が警戒を込めて後ずさる。
女は腰をさすりながら、きょとんとした顔で陸虚を見上げた。
「何って……私、エマだけど?もしかして寝ぼけてるの? “植生の調査”に出るって言い出したのは、陸でしょ?」
「は……?」
突然、“研究院”“調査”“都市内”という単語が、陸虚の脳裏に浮かぶ。
頭の奥で、誰かが書き換えたように――
**「城内の研究院で、エマを誘い、共に緑化エリアを調べていた」**という記憶が流れ込んでくる。
「……ちがう、これは――!」
陸虚は額を押さえ、めまいに似た感覚と共に、自分の中で二つの現実が交錯していくのを感じていた。
「……おかしい。エマ、お前……男じゃなかったか?」
陸虚がそう言うと、目の前の女性――エマは一瞬だけ考え込み、すぐに手を打った。
「あぁ~なるほど! またその話か。十年前、あなたが私を助けて“実は女だった”って気づいたあのシーンね? わかった、わかった、今日の仕事が終わったらまた“あのごっこ”してあげるから、ね? いい子にしてて?」
「……え?」
陸虚は完全に混乱していた。
十年前? 今、城門へ向かっていたはずじゃ――。
だが、頭の中では新しい記憶が次々と“生成”されていく。
――城門での激闘。
――荒野のボスを打ち倒し、星髄を取り戻す。
――都市への入城。
――そして、アウロラ錬金科学学院への加入。
(……待て。アウロラ錬金科学学院?魔法じゃなくて、科学……?)
陸虚は息を呑んだ。
“問題”はそこにある。
この歪んだ記憶の起点――それこそが、アウロラ錬金科学学院なのではないか?
陸虚はしばらく黙り込み、深く息を吐いた。
(……よし。まずは流れに乗るか。)
目の前では、相変わらずエマが笑顔を浮かべていた。
“任務を終えたら食事”“そのあとにまたごっこ遊び”――
彼女の口から出る言葉は、どこか現実感が希薄で、それでいてあまりに自然すぎた。
「……ああ、わかった。まずは任務を終わらせよう。」
陸虚は自分の思考を整理し、ひとまず現実を受け入れることにした。
二人は都市の外縁部に向かい、植物サンプルの採取と環境データの測定を始める。
エマは奇妙な道具を次々と取り出した。
歯車のような円盤、浮遊する金属球、光を記録する水晶板――。
陸虚がその一つ一つに視線を向けるたび、脳裏には新しい**“記憶”**が流れ込んでくる。
――この装置の調整方法。
――研究データの数値。
――エマと共に過ごした幾つもの日々。
やがて作業を終えると、二人は学院へ戻った。
夕暮れの赤光に包まれたアウロラ錬金科学学院の塔が、金属のような輝きを放っている。
「陸、後で私の部屋に来てね。ご飯用意してるから。それから……“おままごと”の続きもね?」
「は、はいはい……」
彼は内心でそう結論づけると、軽く手を振り、校長室の方へと歩き出した。
夕陽の光を反射する自動扉の前に立ち止まり、陸虚は深呼吸をし
手を伸ばし、静かに扉をノックした――。
「――失礼します。陸虚です、アモロン校長に用があって来ました。」
扉越しに名乗ると、すぐに中から穏やかな声が返ってきた。
「おや、陸先生じゃないですか。どうぞお入りください。」
……その声には聞き覚えがあった。
間違いない、アモロン校長の声だ。
だが、陸虚は足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。
――そこに広がっていたのは、まるで未来都市の研究所だった。
壁一面を覆う光るパネル、宙に浮かぶ投影モニター、
幾何学模様を描きながら回転する演算機。
空気そのものが、どこか金属的な匂いを帯びている。
その中心で、便服姿のアモロン校長がコーヒーを片手に座っていた。
以前の、古びた白衣姿とはまるで別人のようだ。
アモロン校長の机の端には、懐かしい茶虎猫が丸くなっていた。
……いや、正確には「猫のようなもの」と言うべきだろう。
その毛並みはまるで生き物のように柔らかく、
光の加減によって微細な金属の粒子がちらちらと反射する。
尻尾の先には細いアンテナのような装置があり、
周期的に“ピッ”という電子音を発していた。
茶虎猫はゆっくりと顔を上げ、
琥珀色の瞳――いや、光学センサーが陸虚をじっと見つめた。
何かを確認みたいな後、陸虚に
「……ハ!!!!」
「……」
見た目は違いが確かにアモロン校長の猫だ




