第一百三十三話 異変
エマの胸中には、複雑な感情が渦巻いていた。
しばし沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「……この荒野で生き残るには、庇護がなければ無理なんだ。
俺たちのキャンプも同じでな、生きるためには任務で得た報酬の半分を“ボス”に差し出さなきゃならない。
あいつは普段から強欲だったけど……一応、掟だけは守っていた。
だが今回は違う。砂漠の暮らしに飽きたのか、街へ行くつもりらしい。
本来なら、与えられるはずだった二つの入城枠、そのうち一つは俺に回るはずだった……
――けど、俺は結局、あいつの強欲を甘く見ていたんだ」
陸虚が問いかける。
「……奴は誰かを連れて街に入るつもりなのか?」
エマは首を横に振った。
「いや、誰も信用してない。あいつは自分ひとりで行くつもりだ」
陸虚は眉をひそめる。
「じゃあ、一人で二つの枠なんてどうするんだ?」
「……さぁな。誰かに売る気なんじゃねぇか」
エマは吐き捨てるように答えた。
その直後、鉄格子に雷光が走り、轟音とともに錠が焼き切られる。
突然の閃光に、エマは目を見開いた。
「な、何をする気だ!?」
陸虚は振り返りもせず、淡々と答える。
「決まってるだろ。お前のものを取り戻しに行くんだよ。それに……僕ひとりじゃ、この街で土地勘もない。案内役がいなきゃ困るからな」
エマは呆然と陸虚を見つめ、その胸に押し寄せる感情を言葉にできなかった。
二人が大広間へ戻ると、そこはすでにもぬけの殻だった。
エマが顔色を変える。
「やばい……! 奴はきっと城門に向かったんだ。あいつの得意なのは速度だ、追いつけねぇ……!」
陸虚は落ち着いた声で応じる。
「まだそうと決まったわけじゃないだろ」
そう言うや否や、彼は一瞬でエマを抱え上げた。
「うわっ!? お、お前、何する気だ!」
突然のことにエマが悲鳴を上げる。
陸虚は僅かに笑みを浮かべ、短く言い放つ。
「しっかり掴まってろ」
次の瞬間、轟く雷光が彼らを包み込み――
陸虚は稲妻と化し、まっすぐに城門へと突き抜けていった。
城門が見え始めたその時――
陸虚の胸の奥に、ぞわりとした違和感が走った。
(……なんだ?)
視界の端が揺らぐ。
ついさっきまで共に遺跡を駆け抜けた記憶が、まるで砂のように指の間から零れ落ちていく。
腕の中のエマの輪郭も、ゆっくりと――透明になっていった。
「……ちがう!」
陸虚はすぐに異常を察し、目を見開く。
(幻覚……?)
周囲を見渡すと、先ほどまで果てしなく広がっていた砂漠が、どこか縮んでいる。
そしてありえないことに、地平の先には緑の草木が揺れていた。
「……くそっ」
陸虚は即座に陰陽金丹を回転させ、真実を見通そうと意識を集中させる。
その瞬間――
「ちょ、ちょっと! 降ろしてよっ、まだ昼間から!恥ずかしいじゃない!」
耳元で聞こえた声に、陸虚は思わず動きを止めた。
――その瞬間、彼の腕の中にいた少女の姿が、まるで蜃気楼のように変わりはじめる。
「……なっ!?」
さっきまで少年のようだったエマが、いつの間にか成熟した大人の女性になっていたのだ。
艶やかな金の髪が肩を滑り落ち、瞳には穏やかな光が宿っている。
驚きのあまり、陸虚は反射的にそのまま抱えていた彼女を地面に落としてしまった。
「いってぇ……! ちょっと、何すんのよ!」
「お、お前……誰だ!?」




